37.生垣のほころび、庭の人
サーチェス……それ、ゲームならあなたの決め台詞でしたよね……
そして、
これだけ大きい学園なら、そういう仕事してる人もそりゃいるよね。
『剣と名で応える』
その言葉に驚いて振り向いた時には、すでに彼の姿はなかった。
ただ、呆然とする私の顔の上を、冷や汗が伝い落ちる。
「今のって……昔、ソフィアに向けて言ってたのを聞いたことがある台詞なんだけど……、……まさかね」
私は、近くにあった生垣に少しもたれかかる。大きくため息をついてから空を仰いだ。
あれは──彼がかつてソフィアに誓った、そのままの言葉だ。
それを、まさか私に……。
「嫌だなぁ……」
(……でも、まあ……今は考えるのはよそう)
それよりも今は目先のアレスとローゼリアだ。
もう、あと少しなんだから。
ふと、首周りが砂粒でざらついているのに気づいた。さっき咄嗟に庇った時のだろう。
それを手で払いながら、あれは危なかった……と、私はさっきのアレスを思い起こしながらその場を離れようとした。
──その時だ。
「大丈夫?」
柔らかな声が生垣の向こうからしたかと思うと、すぐ近くの迷路の切れ目からひょっこりと顔を覗かせた男性の登場に──私は目を見開いた。
「やっぱり君だった」
「庭師さん!」
呼び返す声が思わず弾んだ。
深緑のエプロンに剪定鋏を差し、橙がかった長髪を後ろで束ねたその人は、長い足でこちらに歩いてくると、優しさが滲む翠の瞳で私を見下ろした。
剪定した枝の青い匂いがする。
「なんだか物騒な声と熱を感じたから来てみたんだけど……アンジェリクさん、喧嘩でもしてた?」
「アンジェリクは仰々しいから、アンって呼んでくださいってば。……あと、喧嘩じゃないです。ちょっと、揉めただけです」
「それ、喧嘩って言うんじゃないかなぁ」
私が苦し紛れの言い訳をすると、その人はあははと笑った。
──庭師さん。
私はそう呼んでいる。彼がこの学園のたくさんある庭を管理している人だから。
最初に出会ったのは何度目の周回だったか、もう覚えていない。
なにかで疲れていたときにこの庭を通って、ちょうど生垣の剪定中だったこの人と出会ったのだけど……。
とにかくそれ以来、いつもおっとりした話し方とやわらかな表情をしているこの大人に会うたび、小さな愚痴や日々のなんでもないことを聞いてもらうのが、私のちょっとしたストレス解消の時間になっていった。
(──まあ、もちろんこの人は、ループのたびにそんな愚痴聞き役にされてるなんて思いもしてないでしょうけど)
そして今回も、またそうさせてもらいたくて、ちょくちょく挨拶を交わして……また、こんなふうに話してもらえるようにまでなっていた。
「まあ、君が大丈夫というなら、大丈夫なんだろうけど。」
庭師さんは私の後ろに手を伸ばし、焦げた生垣の葉をつまんで苦笑混じりに見せた。
「気をつけるんだよ」
からかいも咎めもない声音に、ようやく呼吸が落ち着いた。
──それから幾日か過ぎた頃
次回【化粧室のローゼリアとソフィア】




