34.エルヴィスと転移石とフィンと過去問
珍しくわちゃわちゃしてるアンが見られますw
「エルヴィス殿下!?」
「そんなにかたくならないで」
思わず叫びかけた。床をかさかさとお尻で這って後ずさる。けれど、彼は全く気にせず、引き続き私に向けて、微笑みながら手を差し出している。
ちょっと朗らかすぎません?
(って、言ってる場合じゃない!)
「も、申し訳ありません! 殿下にぶつかるなんて失礼なこと……!」
「いや、今のはしかたないよ。肩の力を抜いていい。今のは私の現れ方が悪かったからね」
バッと立ち上がって、できる限りの低さまで頭を下げた私に、慰めの言葉がかけられる。
(本当に優しい人。…でも、王子にぶつかるなんて絶対的に私が悪いのよ)
「いえ、そんな…」
「いやいや、本当に。ね、気にしないで」
なおも低姿勢を続けていると、殿下が、廊下の床を見つめていた私の視界に、翡翠色に輝く小石をそっと出してきた。
「これで、ちょうど私がここに転移してきたところだったんだ。だから、歩いていた貴女とぶつかったのは仕方がないことだったんだよ」
「そ、それ……」
私はわなわなと震えながら顔を上げた。そして、エルヴィス殿下と、横に“生徒会室”と書かれたプレート付の部屋の扉を交互に見て、状況を理解する。
つまり、ちょうどそれで校舎内の別のどこかからここまで飛んできたところだった彼と前方不注意の私がぶつかった、と、そういうことだ。だから、彼は自分にも非があると言ってくださっているんだと。
だけど、石で転移する際には転移先に閃光が走るような仕掛けがされているため、私は気づけたはずだと思うし……。
(だいたい貴方の持っているそれは、私が提供した転移石なのよ!)
そこに何よりの問題があると思った。屈託なく見せてくださる彼は知らなくても私は知っている。
「やっぱり、私のほうに責任があるかと……」
「そんなことないよ。これまでこんな事故はなかったし。でもそうだね……廊下だと警告光が気づきにくいのかもしれない。この石の“実証試験”のレポートに書き足しておくよ。それでいいかな?」
「え、ええ、はい、それは毎度ありがとうございます、助かります……って──え?」
「?」
私は瞬きを落とした。きょとんとしている殿下。その表情に、さらに困惑する。
いや、え?
「で、殿下……私のこと、ご存じなんですか?」
おそるおそる聞くと、殿下は、当然と言わんばかりの変わらない表情で即答した。
「? ああ! もちろん。この石が、安全に使える物かどうか確認が必要だったからね」
「!」
そうか、と私は脳内で頭を抱えた。
考えてみれば当たり前だ。転移石なんて、製作者の設定次第では、どこかへ連れ去ってしまうことだってできてしまう。教師を間に入れて安全確認はしてもらっているとはいえ、王族の手までそれが回って、なおかつ使おうとするなら当然、最初にそれを配った人物のことも、作り手のことも調べられるに決まっている。
まあ、そのうえで、こうして使ってくださっていたということは、その調査で、私やリックは問題ないと判断されたということでいいんだろう……けど、いつのまにか調べられていたのかと思うと、ヒヤリとする……。
まあ、殿下自身は人のよさそうな感じで微笑んでいるだけで、気が抜けるというかちょっとホッとできるけど。それがまた怖いじゃない。
「直接、会える機会があれば礼を言おうと思っていたんだよ。これのおかげでこの広大な学園の移動も楽をさせてもらっているからね。ありがとう、アンジェリク・マークス殿」
「も、もったいないお言葉です。ありがとうございます」
名前まで呼ばれた私はできる限りの笑顔でお辞儀を返す。が、それがかなりぎこちない態度である自覚はあった。
緊張しながら、足をずりずりと下げていく。
「あの、それでは……」
「ところで、その手に持っているのは、期末試験の過去問かな?」
だが、踵を返そうとした時、殿下が私の手元でめくれた紙の文字を見てそんなことを言った。
「そうですが…」
「偉いね、早くからきちんと対策して」
「あ、ありがとうございます」
私は狼狽えつつ答えた。
だけど、その瞬間、何かを思いついたように朗らかな顔で言った次の殿下の言葉に、くらりとした。
「あ、そうだ。もし時間が許すなら——よかったら、あがってお茶でも飲んでいくかい?」
「は!?」
まさかの、彼が示したのは、生徒会室だった。
「ひ、いえ、そんな」
私は、自分の頬がひきつるのを感じたが、目の前の殿下はのほほんとした笑みのまま。
「別に、遠慮しなくていいんだよ?」
(別に、遠慮はしてませんが)
この方は決して悪い人じゃない。むしろかなり“良い人”。ただ、なるべく気を遣う相手との関りは避けたいのが本音だった。
国の王子とお茶なんて流石に私のキャパシティを超えている。過去周回でも距離は保ってきた。
いや、今更ながら、よくもソフィアは気楽に話しかけられたものだなぁと思った。過去も今も。
それにしてもなぜ、急にこんなお誘い?と思っていると、その答えが置かれた。
「昔、真面目な先輩がいてね、生徒会室に過去の試験問題を全て保管していったんだ。よければ覗いていくかなって」
「え」
それは、少し魅力的だった。
正直なところ、かなり。本当に悩んだ。
(だけど、だからってホイホイ着いていくのもね…。顔を覚えられてるのがわかっただけでももう充分。あまり目立ちたくないし)
そこまで思うと、なるべく失礼にならない断りの言葉を探す。
(えーと、こういう時って、どう下がればいいんだったかしら)
まだ少し緊張しているのか、喉の奥が軽くつかえる。自分でも浮き足立ってるのがわかって苦笑いが出る。
……その時、意外なところから救いの手が舞い込んだ。
「なーにしてんのー、エル」
「おや、フィン」
生徒会室の扉が開いたかと思うと、内側から、フィン・リゼル先輩が顔をのぞかせた。
紫の目が私の手元の過去問の束を一瞬だけ見て、また殿下に戻る。
「いつまで油売ってんの? 会議始めたいんだけどー」
「えっ、もうかい? まだ予定の時間じゃ…」
「うん、でも、みんな揃ってるからさあ」
「そうか、わかったよ」
ふたりでそんな会話をすると、エルヴィス殿下は申し訳なさそうに私を振り向いた。
「申し訳ない。こういうことなので、今の話はまたの機会に……こちらから誘っておいて心苦しいが…」
「いえ、ご厚意、ありがたく! では本日はこれで失礼します!」
渡りに船とはこのことだ、と私はいささか元気のよすぎる返事を返してしまう。
が、それより、もう早くこの場を離れたい気持ちの方が強かった。
お辞儀をし、素早く踵を返してその場を後にしようとしたその時。
「ああ、待って。よければ問題だけでも持っていくといいよ。写しもあるから」
「え、いいんですか」
ピタッと、足を止めた私をゲンキンだと思われたのかはいざ知らないが、紫の瞳からの笑っているのに計るような視線が少しだけ痛かった。
(まあ、この人たちの前で“努力の証拠”が残るのは悪くない)
とりあえず、そういうことにしておいた。
次回【アンの実技試験対策】




