29.貴族社会の傘
「勝つ」を具体的に言いますと
「次の期末試験、ローゼリア様には、一位を目指して頂きたいんです」
「い、一位!?」
「無謀じゃねえか?」
グラスハウスから出て、ある方向へ向かいながら自分の考えを説明したところで、驚いたローゼリアと、後ろをついてきてくれていたリックに、私は言い直した。
「一位じゃなくてもいいですけど、せめてアレス様と並ぶか抜いてください」
「それは実質、一位ということですわね」
ローゼリアは、額に片手の指先を当てて困った顔で溜息を吐いた。
「目的は? どういう理由ですの?」
「それは……ローゼリア様の方がお分かりでしょう? アレス様の性格」
「……そう、ですが……」
質問に質問で返してしまったが、ローゼリアは、私の言葉を聞くと、まるで噛みしめるように唇を結んで考え込んだ。
私は、決して、この内容が無謀なことだとは思っていない。けれど、貴族の世界で、それはどう見られるのか、そこまでは私には深くわからないから、彼女の意志に任せたかった。
(……だけど、この条件が達成できれば、アレスの関心は間違いなく引けるはず)
だから、できれば覚悟してほしいところではある。もちろん、嫌だといわれるなら他の手だって考えるけど……。願うような気持で私は待つ。
やがて静かに視線を戻したローゼリアは言った。
「……わかりました、努力いたしますわ」
「よかったです」
私はほっとして、リックは少し意外そうな顔をして呟いた。
「え、自信……あるんすね」
「確かに無謀ですが……全力を出せば、今の順位を上げることくらいはできると思いますわ」
「普段は、全力出してないってことっすね」
純粋に不思議そうなリックの質問に、ローゼリアは少しだけ困ったような笑みを浮かべ、私は小さく言った。
「本当に、貴族の社会って大変ですよね…」
「さっきも、ちょっと言ってた、男を立てなきゃってやつっすか」
「それは当然のことですわ」
毅然として答えたローゼリアに、リックは歯噛みする。
私もそのリックの気持ちはわかった。
平民の間でも、女が出るな、男がそんなことするなとか言われることもある。だけど、能力さえあれば仕事でもなんでも男女関係なく扱われるのが普通だ。少なくとも、試験の成績が他の男性より良かったからと言って「慎みがない」とは言われない。
「——でも、だからこそ、いま“外し”てみせれば、彼は必ず驚く」
「まあ、それはそうかもしれませんわね」
「それこそ幼い頃から知っている分、ブルーノ君に抜かれた時より驚かれるのではと」
「ああ、さっき言ってた、足りない新鮮さの演出ってことっすか」
私は頷いた。
「最初の興味さえ引けば、ローゼリア様は十分にアレス様を魅了出来ると思います。見た目も振る舞いも、能力も家柄も、何もかも、婚約者としてふさわしいのはローゼリア様のほうですから」
ローゼリアがぽっと赤くなる。
そういうところも可愛らしいですし、とか言ったらさらに真っ赤になりそうなので黙っておく。
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──私が、ソフィアと過去に恋人になったことがある男性たちへの対策として、とったのは基本的に二つ。
①ソフィアとの接点を減らす/遅らせる。
②“ヒロイン役”を、別の女性に差し替える。
②はブルーノはサシャで成功。サーチェスは事故になるといけないため私が代わりに立ち位置を変わった。
アレスは違う。関心の起点が“全属性適性もち”かつ“けれど魔法の扱い自体は下手”というソフィアの歪さに目をかけるようになる彼には、単純な差し替えが効かない。
だから、他の方法を考えた。
アレスは傲慢な性格ではあるが、意外と、貴族と平民を分けて見ることはしない。彼にとっては、貴族でも平民でも自分より下の者であるという認識に違いはないからだ。だからこそ、自分が気になったら、相手がどんな者であろうと、関わりに行く。それだけ。ある意味、平等な人物ではある。
そんな彼の視界に入ろうとすれば──方法は簡単。
ただ、彼よりも、“上”か“横”に立てばいい。
今まで控えめだった婚約者が急に頭角を表したとなったら、彼は性格的に放っておけなくなる。プライドを傷つけられて激昂する可能性も僅かになくはないが、少なくとも放置はしないはずだ。
それに、これはほぼ確信に近い憶測だが──彼は“持ち上げる者”より、“並ぶ者”が好みな気がする。
『横に立て』——過去に、彼の口癖を、ソフィアが笑っていた。
というわけで、今度の期末試験、他の貴族連中から鼻白く見られようとどうなろうと、トップを取ってもらうことにする。
「ではさっそく、勉強にまいらないとですわね。貴女は、なにか良い勉強法でも知っていて?」
「ええ、“現時点で成績トップの人物と”、一緒に勉強することです」
「は?」
その瞬間、あからさまに顔をしかめたローゼリアに、私は、「有無は言わせません」とにっこり笑った。
「平民と一緒に? とか言わないでくださいね。“彼”の知恵、知識をすべて吸収する気で行ってください」
「ばかなことっ」
「文句は結果が出るまでは聞かないと言ったはずです。はい、行きますよ」
そう言うとすかさず彼女の手首をつかんで、私は、ポケットから出した転移石をタップした。
転移する刹那、「おい」と言ったリックの声に振り返る。
「あまり無茶すんなよ」
私は「任せて」とその胸を小突いた。
その後──
「……『任せて』っつっといて」
二人の少女が図書館塔へと飛んだあと、その場に残されたリックは、自分の胸に押し付けられた紙をくしゃりと握り潰した。
「結局、こき使うのかよ」
はあ、と大きなため息をつくリック。
紙には、《アレス・プロミネンスの過去の交際相手の洗い出しお願い!》
「そういうのは管轄外なんだが……。ま、頼られねえよりはマシか……」
そんなことをぶつぶつ言いながら帰路についた。
次回【勉強会発足】




