28.賭ける
ローゼリアの覚悟、アンの覚悟、同じ盤上へ
「か、勝てるかって、いったいどういうことですの?」
ルビーのような目を丸くして聞き返してくるローゼリア。
「言葉の通りです。ローゼリア様、今まで、アレス様に何かで“勝った”ことありますか?」
「まさか、そんなことあるはずないですわ。 婚約者の殿方相手ですのよ」
「ですよね、そうですよね。フツウ、男性を立てようとしますもんね?」
「当然のことでしょう?」
首をかしげてきたローゼリアに、「本当にお貴族様って大変ね!」と心の中で思いながらも、私は、にっこり笑った。
「ローゼリア様、この前の中間試験の順位は学年でどれくらいでしたか?」
「十五位くらいでしたけれど……?」
「それは、全力を出しての順位ですか?」
ぴくりと、ローゼリアの体が揺れた。
「何がおっしゃりたいの」
「ご自分でも、わかっているんじゃ?」
ローゼリアは少しだけ私から目を逸らした。
彼女の順位は、決して低くない。むしろ普通に高いし、貴族の女生徒の中では一番の順位だ。令嬢として恥ずかしくないようにしていると言っているだけある。
だけど、これは本当の彼女の実力ではないのでは、と私は考えていた。
というのも、貴族令嬢は“男を立てる”。
実は、この学園でも、試験のたびに男子生徒にまじって良い成績を取っている平民の女の子たちは、だいたい、貴族の子息令嬢から「なっていない」と嫌味を言われるのが定番だ。
過去のソフィアも成績は良くていつも十番以内をキープしていたから、よく言われていた。
だから、彼女の十五位も、抑えがかかっているのでは、と。
ちなみに私の順位は、高すぎず低すぎず、目立たない程度のものにしているから、この話で他人から絡まれることはほとんどない。
「別に、ローゼリア様たちの考えを全て否定したいわけじゃないです。だけど、ローゼリア様がこれまでずっとできる努力を尽くされてきて、それでも今、身動きの取れない道に入ってしまったと感じているのなら……」
「……」
「いっそ、横から風穴を開けましょう」
「……ちょっとよくわからないし、野蛮なたとえですわね……」
ふうと溜息をついたローゼリアの声は、すっかり私に呆れているようだった。
──しかし……
「……そうですわね、いくら令嬢として正しく良くあろうとしていても、アレス様が見ていないのであれば意味がありません」
ふっと唇に美しい笑みを浮かべた彼女は、私をまっすぐに見据えた。
「わかりました。あなたの策に乗りますわ。それが上手くいったときには対価もお支払いします。ただし、失敗した時は、私の人生と共にあなたの評判も堕ちていただきますわ」
そのきっぱりとした表情は、最初に出会った植物園で見た強気な貴族らしい彼女を思い出させた。
だけど、覚悟を決めている目だ。
それなら──と私も強く言い返す。
「構いません。それでも、あなたが人前で顔を上げられる未来に賭ける方がずっと価値がある」
「なっ」
私の後ろでリックが声を上げたのが聞こえた。けど、申し訳ないが無視する。
「その代わり、結果が出るまでの不満は聞き入れません」
「いいですわ」
「では、さっそく動きますね。詳しい説明は、移動しながら」
「おい、お嬢っ」
目を細めたローゼリアに笑い返す。席を立つのを促した瞬間、ぐっと腕をつかまれて斜めに傾いた私は振り返った。
怒った顔のリックが、私の耳元で声を潜める。
「なに考えてんすか、そんな約束して」
「大丈夫よ。彼女は、“私の“評判が堕ちると言っただけで”マークス商会”の評判が堕ちる、とは言ってない。リックや父さんには迷惑はかけない。せいぜい私の進路と縁談が消えるくらい」
「っ……そうなってもいいっていうのかよ」
戸惑ったような、呆れたようなリックの声が低くなるのを聞いて、私は答えに迷った。
正直なところ、本当にそんなことは別に良い。
けど、よりも私の将来を案じてこうして怒ってくれているリックには、そんなこと言えないか。
俯いて、彼に聞こえないように小さく呟いた。
「……これは贖罪だから」
「は? なんてった?」
私はにっこり笑った。
階段下の赤、青ざめた顔で走り去った踊り場の悪役令嬢……。
(……私は何度も彼女を“愚か”だと切って捨てた。贖うべきはソフィアにだけじゃない)
「よくはないけど、ローゼリア様には人生を賭けていただくのだから。私も、それなりの覚悟で挑まないと失礼でしょ」
リックに掴まれていた腕をそっと引き抜く。私はすでに前に進んでいたローゼリアを追って出口に向かいながら、振り返る。
「まあ、任せて。私がこの学園で“結ばせた”カップル、何組あると思ってるの」
「ハァ? いつ仲人になったんだよ?」
私はふふっと笑った。
次回【アン、「勝つ」具体案をあげる】




