27.勝つんです
ローゼリア様、肩ポンしてあげたい…
「アレス様との婚約は両家のため。プロミネンス家は、王家の血縁であるわたくしの血統が欲しかったのでしょうし、スカーレット家は、格こそあれど領地を持たぬぶん、確かな“実”を持つ家との縁が必要だったのでしょう。わかっていましたわ。けれど初対面——燃えるようなあの方の瞳を見た瞬間、ひっそり喜んでしまったのです」
脳裏に浮かぶ、可愛らしいドレスと礼服を着た小さな少年少女。
その少女がぽーっと少年を見て呆けている、そんな光景を想像して、私はついほっこりする。
「それからは、彼にふさわしくあろうと努めました。容貌も、振る舞いも」
うんうん、と相槌を打つ私の頭には、もう、目つきのちょっと鋭い少年とその隣でもじもじしている少女しかいない。
「けれど、彼は少しずつ離れて。遊び歩いた時期も……。認めたくはありませんでしたが、最初から眼中になかったのだと」
——残念ながら、現実に戻された。
寮の裏手のグラスハウス。その卓で、私は今、向かい合ったローゼリアの話を聞いていた。
ここ最近、ソフィアとアレスの距離がぐんと近づいているのを見て苛立ちを強めていたが、先日の私の言葉を聞いてからふと我に帰ったと最初に話した彼女。
「テレーゼ様に苛立ったのは、私が“切れない”存在だからこそ。ほかの令嬢は“遊び”と割り切れたのに、普通の平民に、なんて——嫉妬でしたのに、認められなかった。『アレス様は私のことを見ていない』と、あなたに言われた時は憤慨しましたけど、冷静に思い返せばその通り」
そこまで言ってからようやく、大きな嘆息をついたローゼリアは、うつむいて目を伏せた。
「……わたくしに足りないものがあるのは、わかっていますわ。もう認めます。ですから、先日話してくださった魅了効果のあるという魔道具を、見せていただきたいの」
その言葉は、プライドを守るよりも、彼に振り向いてもらいたいという気持ちの強さを表していた。
「お話はよくわかりました」
だから、私は答えた。きちんと。誠実に。
「ですが、残念ながら、あの商品はローゼリア様には勧められません」
「なっ!? どういうことですの!」
目を丸くしたローゼリアが勢いよく詰め寄って来た、その両肩を優しく押し返す。
「落ち着いてください」
「だっ、だって、あなたが! 馬鹿にしているのなら許しませんわよ!」
「馬鹿になんてしていません。単純に話を聞いて、やっぱり、勧められないと思うからそう言ったまでです」
「な、なにかわたくしが、あなたの気分を害することでも言ったというの?」
「いいえ、まさか。商人が、気分云々で売るのをやめたりしません。まあ、私は、商人ではなく、ただの娘ですけど……本当に、あれはローゼリア様には必要ないと思うからそう言っただけです」
「どういうことですの?」
「まあ、試せば、わかります」
そう言うと、私は部屋の隅にいたリックに片手をあげて合図した。
その手にぽいっと麻袋が投げて寄越される。
ごそごそと口を開けたその中から、私は、玉虫色のブローチと、イヤリング、ネックレスを取り出した。
貴族の女性が舞踏会でつけるには小さいが、平民基準でみればサイズ感は悪くないしデザインも可愛らしいそれらを、ひとつずつ、ローゼリアの目の前のテーブルの上に並べていく。
「……これは」
「話にあげた、商品です。試して頂いてもいいですよ」
「……よろしいの?」
「はい」
頷きながら、私は、リックに目配せした。すると、一瞬、む……と唇を歪ませながらも、リックは、私たちのほうに歩いてきた。
「俺で試そうってことっすか」
「仕方ないでしょ。男性の意見のほうが欲しいだろうし、だいいち製作者なんだから」
「そりゃ、そうっすけど」
「あの──どうかしら?」
ふへえ、と舌を出して少し面倒くさそうに顔を背けるリック。
二人で言い合っているうちに、一番近くに置いていたネックレスを取って着けたローゼリアが呼びかけてきて、慌ててそちらを見た。
──瞬間、言葉を失う。
「わっ……」
髪を払いながらこちらを向いたローゼリア。白い首に赤いルビーのようなたっぷりとした長い髪と、鮮やかな玉虫色の配色があまりにも見事で、その美しさに、思わず見惚れてしまう。
──だけど……
「……だめ、っすね。魔道具としての効果は出てない」
「えっ」
「やっぱりそっか」
首を振るリックの言葉に、私も同意した。
ネックレスはきちんと虹のような光沢を玉虫色の表面に浮かべて光り輝いている。
(だけど“増幅”が乗ってない)
ローゼリアが狼狽えたように私たちの顔を交互に見た。
「ど、どうしてですの? わたくしに何か問題が……?」
「問題は大ありっす」
リックが髪をぐしゃぐしゃと掻きながら顔をあげて言った。
「あんた、綺麗すぎるんだ」
「へっ?」
ローゼリアは、とたんに真っ赤になった。
一方のリックは、平然としたままネックレスの説明に入る。
「実はこれ、魅了効果って銘打ってはいるけど、装着者の見た目の魅力を増幅して周囲に見せる効果があるだけなんすよ──魅了とか、魔道具に人の精神に干渉する効果はつけたらダメって決まってるんでね──だから、あんたみたいに元のレベルがカンストしてるヤツがつけてもあんま効果は出ないんす」
「なっ、えっ……あっ」
「そういうことです。つまり、ローゼリア様は、本当に、すでに人を惹きつける魅力は十分におありです。でも、アレス様はそっぽを向いている、と。それに……アレス様って、女性の容姿に対するこだわりってあると思います?」
「え……いえ、昔、仲良くされていた令嬢の方々は皆さまお綺麗でしたが、別にこれといった偏りはなかったと思いますが……」
「ですよね。となると見た目以外であの方の興味を引く策を考えたほうが良いのかと。それが、勧められないと言ったわけです」
「そ、そういうことですのね……よくわかりましたわ。ええ」
まだ少し火照ったような頬を両手で隠しながら、ローゼリアは何度か頷くのを繰り返した。
もしかすると、あまり、人から褒められたりすることに慣れていないのかもしれない。
(綺麗にしているのが当たり前だから社交界とかでは挨拶みたいに言われていそうだけど、こういうところで、リックみたいなやつにさらりと言われるのとでは感じが違うのかも)
「で、では、別のことで、ですわね。令嬢として何事も恥ずかしくないようにしているつもりですが……ほかに、となると、なにかありましたかしら」
なんとかいつものペースを戻そうと姿勢を正したローゼリアが話を再開させた。
「……まあ、昔から婚約者で、いろいろと頑張ってきたっていうなら、もうだいたい何がうまくできたとしても、それも慣れられちゃってそうっすよね」
リックが腕を組む。
「そうね。慣れ……つまり昔から知っているから目を引く新鮮さに欠けるのよ」
「たしかに、その点でみると、テレーゼ様には私は適いませんわね……」
遠くを見るような目をするローゼリア。
「これまで全く経験のないことを始めてみるとかがいいのでしょうか──たとえば……大食いとか?」
やたら突飛なこと言い出した。
彼女の中の“変わったこと”がそれくらいしか浮かばないあたりやっぱり良いところのお嬢様なんだなあと思う。
「急に、んな奇抜なことしても引かれるだけっすよ。そりゃ、それくらい度肝は抜いてやる気持ちで行くのはいいと思うっすけど」
「うん、私もそう思う。……そこで、私からの提案がひとつあるんだけど……」
うーんと唸る声が響く中、私は人差し指を立てる。
「ローゼリア様は“アレス様に勝てる”と思いますか?」
「はい? 勝つ?」
その瞬間、本気で、「あり得ない」みたいな顔をして見てきたローゼリアを見て、私は自分の策の成功を一瞬、確信した。
「はい、勝つんです」
そして、もう一度、はっきりとそう言った。
次回【アン、賭ける】




