26.熱のない手
切ないなぁ……ローゼリア様
(今回も短めです)
彼女のことを調べ直した時、貴族社会というのはかなり面倒な世界だということを、私は改めて感じた。
挨拶ひとつするだけでも、上位の貴族の者に下位の者から話しかけてはいけない、とか地味に幾つも厳しいルールがあったりするらしい。
けれどなにより、一番、窮屈そうだと感じるのはその結婚観だった。
自分にとって出来るだけ利のある相手との婚姻を望み、時にはその役目を、自分ではなく自分の子供たちに担わせる。そういう体制が古くから染み付いている。
そんな世界で、恋なんて子供の時分までに終わらせるお遊戯程度の扱いでしかない。
ローゼリアも十歳で婚約した日から、それを理解していた。だから、相手が傲慢でも奔放でも、役割を果たす限り構わなかった——はず。
彼女が“悪役令嬢”になるのは、アレスが平民の少女に——ソフィアに——目を向けたからだ。
本来の彼女は理性的だ。先日、私と対峙した時のように上手く交渉する口も、証拠も残さず“手を回す”術も知っているはず。
なのに、嫌がらせや直接手を出してしまう拙い方法に出たのは、彼を本当に好きだったから——今なら、そう思う。
(……哀れよね。婚約は破棄され、学園からも家からも糾弾されて追い出されてしまうんだから)
「おい、ソフィア、さっきの授業のへっぽこ魔法はなんだ?」
「痛っ。もう、アレス君!」
高等部の中庭。迷路のように立ち並ぶ生垣の前を横切り、そんなことを言い合いながら次の移動教室へ向かってアレスとソフィアが歩いていく。
そのやり取りを遠い目で見つめるローゼリアの肩が小さく落ちる。
それは、ソフィアの助けになろうと走り続けていた過去には気づかなかった背中だった。
そう思うと、何度も学園から追放してきたのが申し訳なくなってくるから、人って身勝手なものだと思う。
ソフィアの命を奪うこともある彼女を警戒し、過去に彼女の情報を集めたこともあって、私は、彼女の生い立ちや人となりは既に把握していた。
(それでもずっと彼女の気持ちには寄り添ってこなかったのに、今になって彼女の側に立とうなんて……)
「ローゼリア様」
ぽつんとした背中に呼びかける。こんな言い方が彼女に響くかはわからない。だけど、私にも、これ以外の言葉が思いつかない……。
「……大丈夫ですか」
そう呼びかけた私に、ローゼリアは遠くを見たまま、「ねえ」とまるで独り言のように言った。
「先日おっしゃっていた商品について、詳しく聞くことはできまして?」
そして、私を振り返り、名前を呼んだ。
「マークス様」
と。
「アンジェリク──アンで構いません、ローゼリア様」
片手を差し出す。ためらいがちに伸ばされたローゼリアの手が重なる。
触れてはじめて分かったけど、彼女の手のひらは熱をなくしたように冷たかった。
次回【アン、プレゼンする】




