25.紅の邂逅Ⅲ グラスハウスの反省会
ローゼリア様お怒り
アンはちょっとリックに怒られて反省しなさいw
──怒らせることは、当然、わかっていた。
『たとえば──自分に振り向いてくれない婚約者を振り向かせるような、魅了効果のある“アクセサリー”』
そんなことを言ってのけた時点で。想定通り、その瞬間、ローゼリアは目を見開いた。
「貴女……!」
ドン!と彼女はこちらに一歩足を踏み出し──なんてしてないはずなのに、一瞬でつま先から全身に立ち上った蜃気楼めいた熱に、気圧されそうになった。
(迫力ありすぎ……!)
冷や汗なのか実際に熱いのかわからない汗が首筋を伝い落ちる。
それでも、背筋を伸ばす。
「さっきのことは誰にも言うつもりなんてありません。ですが、ローゼリア様にこれだけは言わせてください」
私は息を吸い、彼女の目をまっすぐに見る。
「アレス様の態度はローゼリア様に対してあまりにもひどい。あのかたは、きちんと、ローゼリア様のことを見ていません。傍から見ていて残念です」
「なっ……なんですって……?」
彼女の整った顔が、一瞬だけ狼狽えたように崩れたのが見てわかった。
「もったいない話だと言ったんです。あなたという素晴らしい婚約者がすでにいるのに、他の女の子に気を取られるなんて」
「だっ、黙りなさい! たかが商人の娘風情が、アレス様に対してそんな無礼を!」
彼女は怒りで息を乱し、私は無言で頭を下げて退いた。
けれど、去る直前。
彼女の苛烈な瞳の奥で一瞬燃え上がった怒りの炎が、風を受けた蝋燭の小さなそれのように頼りなく揺らぐのも同時に見ていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「──てことがあったわ。父さんに、皺寄せが行ったらごめんなさいって言わなくちゃね」
「お嬢……あんた、鬼っすか」
三日後、久しぶりに学園に様子を見に来てくれたリックが、私の報告を聞いて痛そうに頭を押さえた。
「いや、彼女が下調べどおりの人物ならいきなりは無いとは思うんだけどね……。まあ、本当に彼女が家に言いつけたとしても、うちの父なら受けて立つでしょ、多分」
「“多分”で動くなよ……」
私は、睨んでくるリックから逃げるように、グラスハウスから緑が濃くなってきた庭に視線を向けた。
もうすぐ季節は、あの“化粧室の忠告”をした頃に入る。
現状、ブルーノとサーチェスはなんとか彼女から遠ざけられているけど、先日食堂で見たように、対するソフィアもかなりの強者だった。
対策が及ばなかったアレスの興味をうまくひいて、今や一緒にいるのも当たり前にしてしまっている。
そんなソフィアにローゼリアが憎しみを募らせ、あの階段上での諍いに発展するのを止めるためには、もはやローゼリアとアレスとの関係を円満に立て直すしかない、と私は考えていた。
そのためにまず考えた彼女との出会いの演出がアレだった。
実は、過去周回にも、何度か彼女自身を止めようと説得を試みたこともあったけど、ソフィアの味方側だった私の意見なんて聞き入れられず、結果は変わらなかった。
今回はソフィアの友人としてこそ振舞ってはいないけど、貴族でもない一生徒からの言葉かけ程度じゃ、きっと、ローゼリアは耳を貸さない。
(だから、今回はあえてめちゃくちゃ言った。彼女の中に、私という印象を残すために)
「まあ、言った内容は、割と本音だったんだけどね……アレスはちょっと婚約者をないがしろにしすぎだもの」
ぽつりと呟く。
ただ、正直、賭けだった。怒りだけを買って終わる可能性もある。
でも、もしそうなっても、ソフィア一人に憎しみを募らせて歪んでしまう彼女の苛立ちを“分散”できれば、最悪を避けられるかもしれない、とも思っていた。
……父のことを後回しにしたのは、反省してる。
「やっぱり、父さんには申し訳ないことしたかも……」
「ああ、マジで、勘弁してくれよ……連鎖してうちの工場が潰れたら、お嬢のクビ、俺が掻っ切るからな」
「う。その時は、お願い」
それだけで済ませてくれるなら正直甘いくらいだけど、その時は本当に頼むことにしようと私は心に決めて、外の庭をもう一度眺めた。
次回【アンの残心、ローゼリアの決心】




