24.紅の邂逅Ⅱ 貴族令嬢と商人の娘
アン、ぶっ刺す。
「……恥ずかしいところを見られてしまいましたわね」
口を開いたのは彼女のほうからだった。
私はほっと息を吐いて、ハンカチを差し出した。
「ええ、どうも、ありがとう」
受け取る仕草は完璧な淑女の礼。私も両手でスカートの裾を持ち上げてぺこりと頭を下げた。
「ねえ、聞いておられたわよね?」
そう言いながら切なげに伏せたまつげが揺れるのがよく見えた。
それを、髪も瞳も赤いけど、まつげも赤いのね、なんて的外れなことを思いながら、私は、小さく頷いた。
「そう、ですわよね……。──ああ、申し遅れましたが、わたくしの名前はローゼリア・スカーレットです。それで、貴女は……」
「アンジェリク・マークスです。ローゼリア様」
貴族の彼女のほうから名乗ってくれ、ようやくこちらも口を開けた。
彼女は、ふと、首を傾げる。
「マークス……マークス商会のかたかしら?」
「はい、父が会長を務めております」
「そうですのね」
はあ、と嘆息を吐いた彼女は、少し遠くを見るような目つきをした。
「マークス商会……最近よくお名前を耳にしますわ。購買にも御社の品が増えているとか。いずれ准男爵の名誉も、などと。——いつかお招きしたいと思っていましたの」
ゆったりとした口調なのに、こちらに向けてすっと細められた目の奥は冷たい。
それは——ぞくりとくるほどの“強さ”だった。
「そんな、滅相もありませんが、そう言っていただけるなんて光栄です」
「ええ。それで——いま見聞きしたことは、誰にも言わないでくださると、嬉しいわね」
浮かべているのは微笑なのに、内側から否を言わせぬ圧。
(うーん、怖いわ)
私は、自分の顔に張り付けた笑顔を崩さないように気をつけながら思った。
スカーレット家の発信力は強い。なにせ公爵家だ。彼女の一声で私の実家の商会なんて、冗談ではなく一瞬で足元を掬われるのだろう。
だけど、同時に、私がいま見聞きしたことは、彼女と彼の仲に関する情報だ。
家と家のつながりが大きな価値をもつ彼ら貴族の社会。そこで父の商会が切り込むのに、この情報がどれほど重要な切り札になることか。
私には正直、その切り方なんてわからないが、父ならきっとうまくやると思う。
互いの立場を分かったうえでのこの会話。
(脅し……いや、取引よね、これは。
だって、「黙っていないと痛い目を見せる」ではなくて、「黙っていてくれたらもっと高位の貴族の中に取り入る機会をくれる」と言っているんだもの)
当然、おいしい。私自身は商人ではないけど、さすがに、その意図と利くらいはわかる。
「……私は何も見ていませんので、何のことやら」
そう答えると、ローゼリアは満足そうに頷いた。
「では、また機会があれば家に招待させていただきますわね。気に入るものがなにか見つかれば嬉しいのですが」
(取引成立、という感じかしらね)
けれど、どこか余白を残すような言い方だった。
——たぶん、私がまだ侮られてる。
私は、神妙な顔で頷いて見せてから、丁寧にスカートをつまみお辞儀する。その俯いたときに、一度だけ、彼女から隠れて口角を上げた。
顔を上げながら、あえて自信たっぷりに言ってみせる。
「心配ご無用です。若い令嬢に喜ばれる品、たくさんございますので」
「まあ。たとえば?」
——よし、引っかかった。
そんなものあるものですか、とでも言いたげな、挑発顔になるローゼリア。
そんな彼女に。
私はごくりと唾を飲み込んで、こう言った。
「たとえば──
自分に振り向いてくれない婚約者を振り向かせるような、魅了効果のある“アクセサリー”」
その瞬間、彼女の赤い瞳孔が開いた。
次回【ローゼリア、怒る(当たり前w)】




