22.見えない手、盤面に指をかける〜ソフィアside〜
アンがブルーノを押さえディーンに転移石を回し、サーチェスのイベント席をかっさらっていったその裏で。
フラストレーションを溜めていたソフィアも動いていました
──また、ずれた。
ディーンが、いるはずの飼育室にいなかった。
“ヒロイン”は絶対じゃない。前世のゲームでは、選択肢が出れば押せたし、押せば画面が切り替わった。
でも現実は、立つ位置、風の向き、一歩の遅れ──そんなちょっとした差で、イベントは別の人に“落ちる”。
このまえブルーノが私じゃない他の女子生徒と図書館の外で魔法の練習をしているのを見たように。とられてしまう。
急がなくちゃ。でも、足が間に合わない。
前世のゲームにあった“転移石”は、こっちには存在しない……はずだった。
少なくとも、購買には見当たらなかった。そりゃそうだ、一般生徒が気軽に持てる代物じゃない。そう自分を納得させた。
──なのに。
ある日、またディーンが飼育室にいなかった──その足で回った花鳥園で彼を見かけたとき、空気が一瞬だけ変わった。
というか、風が吹いたみたいだった。
駆け寄ろうとしたその瞬間、彼はふっと消えて、次の瞬間、出入口の外の通路にいた。目をこらせば、ゲームでは何度も利用した翡翠色の小石を掌に乗せている。
(ある。持ってる)
気になって、エルヴィスやフィンを探してみた。向こうにいると聞いたと思えば、こっちに見かけた、みたいなことが何度か起きた。
それから地味に、噂の断片も拾った。
生徒会に、何かの“実証試験”が来たらしい、と。転移石。もしそうなら、足の速さの理由が説明できる。
(誰が配ってるの?)
考えれば、思い至る人物はひとりいる。
ゲームでは、購買とは別の《ショップ画面》(この世界では購買経由で“取り寄せ購入”という扱いらしい)で課金するか、“彼女”から鍛錬後やレベルアップ時のギフトとして受け取るかだった。
(“彼女”──マークス)
アンジェリク・マークス。アン。
“親友ポジ”だった彼女。
どうしてあんなに“アイテム”を持っているのか、ゲームをしていた当時は考えたこともなかったけど、この世界に転生してチラチラと“マークス商会”の名前を見るようになって、ようやく腑に落ちた。
でも、今のアンは、私から距離をとっている。
演習でサーチェスの吹っ飛ばした生徒が掠めるイベント。あれも“位置”が入れ替えられて、私のはずが彼女になった。
(……やっぱり、邪魔してるのね)
胸の奥で小さな怒りが湧く。でもそれだけじゃない。あの言葉はまだ刺さったまま。
『“設定”だからって、当たり前みたいに言わないで』
──それでも私は、私の欲しいエンドを取りに行く。ハーレムでも後宮でも森の家でも、形はどうでもいい。
私はそれを“見たい”。“叶えたい”。
前世で届かなかったその先を。
だから、動く。
✳︎ ✳︎ ✳︎
計画を練り直さないといけない。
まずは足よ。目標は転移する。こちらも足を持たないと、盤面にも乗れない。
ノートをペン先でつついて書きはじめた。
選択肢A:《ショップ》で買う。
選択肢B:アンからもらう。
選択肢C:配布元をあたる。
Aは一応、可能。だけど、今の私の“収入”は月イチの奨学金だけ(ゲームの画面上ではお小遣いって記載だったけど)。
“課金”は避けたい。だからナシ。
Bは不可。てか無理。今のアンが渡すわけない。
Cの線。大きな配布元は“商会”。だけど狙い目は“実証試験”中の生徒会。生徒会はどうせいずれ入ることになるけど……ほんの一歩分、先回りしたっていい。
C案のところに⚪︎をつける。
「次、攻略対象について」
ブルーノ。ここはなんだか、すでに厳しい気がする。とりあえず保留。
アレス。向こうから来るはず。ここの婚約者は、階段事件を起こすから厄介だけどメインストーリーを進めるうえでは必要な存在だし、対象者との親交を深めれば突破できるから気にしない。
まずはきちんとゲーム通りのシナリオに乗ることが重要。
戦術:からかいすぎない。日中の挑発には乗らず、だけど、きちんと“素直な言葉”で言い返す。
サーチェス。一度“位置”を奪われた。けど、彼は毎日と言っていいほど訓練場にいるし、接点は作れる。
それに、アレスとサーチェスとの同時イベント……アレスが誰かに当たろうとした時に私が止めに入れば、アレスの幼馴染のサーチェスは見逃せずに割って入ってくる。必ず。
アレスルートでもサーチェスルートでもあった。そのタイミングを逃さなければいい。……だから、アレスのそばを保つのがいい。
ディーンは……迷ってる。猫又イベントの“前倒し”は手っ取り早い。けど、動物に怪我をさせてまで彼と会うのは流石に……。とりあえずここも保留。今は授業で良い子アピールを継続する。
上級生(王子&副会長)。王子は顔を合わせるだけで噂が燃える。紫の先輩も火種にしやすい。そして、ちょうど、ふたりとも生徒会。転移石と攻略者。ふたつの目標を同時に突ける。行く価値あり。
ノートを閉じて立ち上がる。生徒会室は寮からそこまで遠くはない──はずだけど、広い学内で二十分は遠足だ。そこで、わざと大きくため息をつく。
「転移石、欲しいわねぇ」
それをとりに行くのに、もう欲しいなんて言ってる。矛盾? いや、言霊狙いよ、これは。
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私は、生徒会顧問と役員の顔ぶれをざっと頭に並べ、とっかかりの入り口を決めた。
まずは職員室。生徒会室に直接行くなんて野暮だし、警戒を呼ぶだけだ。
用件はシンプル。
「雑用、なにかありませんか?」
書類の束、連絡の伝言。こういう地味なやつがいい。
二往復目を終えるころ、顧問がぼそりと『手の早い子だ』と生徒会室へ声をかけてくれた。
✳︎
生徒会室に出入りできるようになっても、直接すぐには目標を狙わなかった。最初は周りのモブの生徒会員たちから。小さな雑用を聞いては叶え、ふんわりと微笑むだけに。おつかいクエストってやつだ。
そうしているうちに、一人目の目がやさしくこちらを向いた。
「ありがとう。助かるよ」
橙の瞳。エルヴィス・アドリフィス。この国の王太子。生徒会長。ゲームで見慣れた立ち絵より、現物のほうが綺麗な顔だなんて、そんなことある?
「いえ、暇でしたので」
私はにこりと笑って、一歩だけ退く。ここではまだ近づかない、そのほうが彼みたいな“キャラ”は安心させられる。そして覚えられる。
「昼、追加で確認したいことがあるんだ。よければ、また来てくれる?」
あっさり誘うなあ、この王子は。
「はい。では、お昼休みに」
まだ表情は崩さない。真面目に。真面目に。
✳︎
二人目は、王子と仲良くなったら、自然とついてきた。
「君、可愛いね」
背後から壁際に手をつかれて、距離を測るみたいに身を寄せられる。触れはしない。けど香りがふっと近づく。
フィン・リゼル。副会長。妖精の血を引いているとかで、イケメンというより美人。本当に美人。そして手が速い。あと、設定的に色々あってゲーム内でもちょっと特殊な枠(だけどそれは今はいい)。
「フィン先輩、驚きますよ」
肩の上すれすれの手を外しながら笑っておく。嫌悪は見せない。けど媚びない。
今は、試されている段階だから。フィンはそういう“キャラ”だ。エルヴィスに近づく女生徒を篩にかける役、みたいな。
だから、あえてこう誘う。
「お昼、会長に書類を渡す用事があるんです。一緒に行きませんか?」
「もちろん、いいよ」
彼の目の奥の警戒が少しほどけたことには気がつかないふりをする。
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三人目は、赤髪の乱入。
「てめぇ、誰に気安く──」
アレス。王子と幼馴染で、生徒会室にもたまに顔を出す。けど、さっそく会えたのは運が良かった。補正が味方をしたかのような感触に口元が緩んだ。
「ソフィアよ。クラスメイトだし、この前、植物園でも会ったよね。よろしく、アレス君」
あえての“君”呼び。舌打ちが一瞬遅れた。よし。
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──とまあ、そんな感じ。地道に、地味に、日毎、言葉を交わす時間を増やしていった。
そして、ついにあの日の昼。食堂。
真ん中ではなくて、端寄り。視線が集まりやすいところに。
私は、先に座って待つ。アレス、左。王子、正面。副会長、背後から。
(見える? みんな、見なさい)
特別なことはしてない。いつも通りに喋るだけ。
役者は揃ってる。周りの視線が導火線みたいに熱を帯びて、花火みたいにあちこちで破裂する。どこかで崩れ落ちるような他の女生徒の悲鳴が聞こえた気がして、私は心の中だけで笑った。
そして、アイツ──アンにも。視界に入れた瞬間、つい、ほくそ笑んでしまう。
「見てたんでしょ?」
トレイの返却口で近づいて煽るように言ってやった。
(ほら、困った顔しなさい。「参った」って。あなたの妨害を上回ってやったのよ、私)
そう胸を張るつもりだったのに。
アイツは私の期待よりずっと素直に、目を瞬かせた。
「凄いのね、あなたは」
心底感心しているみたいな声。喉まで出かかった(なんで)を、次の瞬間には自分の中で、くだらない、と片付けた。
(いいわよ。もうあの三人は私のそばにいる。このまま……進むだけだわ)
──背を向けて、アレスたちの方へ向かった。
次回【アン、茂みから動く】(ちょっと短めです)




