21.盤面を読む目
アンが「やられた」昼
──「私も、こうして気楽に接してくれる友人が出来て嬉しいよ」
風に乗せて拾っていた声をそっと解く。
「この雰囲気……まだ恋愛関係ではなさそうだけど」
私は低く息を吐いた。
(──でも、あの人たち、もう少し場所を考えてほしかったわ……)
いや、もしかすると、これもソフィアの狙い通りなのかもしれない。
けれど今は、私の耳に届くのは周囲のざわめきだけだった。
「殿下が、あんなにも親しげに……?」
「フィン様が……抱き着いて……っ」
「アレス様が、あの子のために上級生二人を睨んで……見間違い!?」
「相手の子、誰よ!?」
悲壮感を滲ませる声は、ほとんどが女生徒のものだった。けれど、それも仕方のないことだろう。
何人かは真っ青な顔でよろめき、何人かはその場で膝から崩れ落ちていた……というのは少し大げさだけど、明らかに絶望したような表情を浮かべている。
ここは学園高等部の昼食堂。
王太子エルヴィス、生徒会副会長フィン、今勢いある侯爵子息アレス──
そんな目立つ男子三名が、囲む中心にいるのは、桜色の髪のどこの娘とも知れぬ、ごく普通の少女。
いや、見た目は可愛い部類に入るのだけど。それがなおさら、他の女生徒たちの気持ちを逆撫でするもので……。
(…………してやられた感じ……)
ここまで“揃い踏み”にさせるつもりは、少なくとも私はなかった。
彼らが座ったのは、私が座っていた長机の端から三列並列に並んだ向こうの、同じく端っこ。
動きも表情も、周囲の刺すような視線も、全部よく見えた。
──舌の奥が苦くなる。
「一応、関係性はまだ“好意的な友人同士”ってところかしら。
恋愛感情までは芽生えていない。でも……それでも早い。早すぎるわよ」
本来、殿下やフィン先輩たちとの深い接触は、もっと後──秋以降だった。今はまだ一年目の夏前。
きっとソフィアは、私が警戒していた同級生や担任を避けて、攻略対象を“別ルート”から取りにいったのだろう。
それはまあ、わかる。
けれど驚くのは、その速度だ。
私は常に警戒していた。転移石を渡した後も、彼らの活動場所には一応目を光らせていた。
(なのに、すり抜けて、ここまで仲良くなっていたなんて──)
そこにあった執念を思うと、背筋が少しだけ伸びた。
ため息をもうひとつ落とし、私は食べ終わったトレイを片手に席を立った。
すると、ほぼ同時に、ソフィアも立ち上がる。
返却口まで距離はあったはずなのに、
「ごちそうさまでした」と声をかけて返却したその瞬間には、彼女は私の隣に並んでいた。
「見てたんでしょ?」
感想を聞くような気軽な声。私は少し迷って、素直に頷いた。
「見てたわ。驚いた。いつのまに近づいてたの?」
「そんなこともわからないのね」
ソフィアは鼻で笑う。
「簡単よ。彼らはここの生徒で、生徒会に所属してる。だから顧問や周りのメンバーから近づいていって仲良くなったの。
全員男だったし、下手な気を遣う必要もなくて楽だったわ」
「つまり、地道に仲良くなったってこと?」
「そうよ。今の私はソフィアなんだもの。あなたの誘導がなければ、自分でやるしかないでしょ」
「なっ……」
私は言葉を失う。
「なによ、馬鹿にしたいなら──」
「凄い」
気づけば、声に出していた。ソフィアを見ると、彼女の目がまん丸になった。
「……本当に、凄い」
「馬鹿にしてるの?」
「してないわ」
首を振る。
私は、本気で感心していた。
だって、私が過去のことばかりを参考にして動いていた横で、彼女は私が邪魔しているのに気づいて、自分の力で彼らと交流する道を切り開いたってことだ。
決して、シナリオ通りにいかないことを嘆いて立ち止まるのではなく。
まるで、目からうろこが落ちたような気持ちだった。
諦めてくれないのは困るけど、その気の強さと立ち回りのうまさは馬鹿にするどころか称賛せざるをえない。
ソフィアはたじろいだように目を泳がせたあと、ふん、と鼻を鳴らした。
「……どうせ悔し紛れの言い訳でしょ」
そう言って顔を背けると、三人のもとへ足早に戻っていった。
私は肩をすくめて、彼女と反対方向へ歩き出した。
その刹那──
「行くぞ」と、他の二人から庇うようにソフィアの横に立つアレスの姿と、その向こうの赤い令嬢を目に入れながら。
次回【茂みに戻る…その前に。ソフィアのターン入ります】




