17.依頼品、雨の中で グラスハウスのお嬢と幼馴染
※これはデートではありません
お嬢と職人、ただの実務です
「──ここならいいわ」
寮の部屋は男性立入禁止。
木箱は管理人に預け、私たちは雨の中を抜けて寮裏の庭園の端にあるグラスハウスへ向かった。
中は、雨粒が天蓋にあたる音が響いていた。
丸いテーブル席のひとつを選んで座った私に、目の前の青年──リック・ハルトは「本当っすか?」と、声を潜めた。
「部外者の俺がこんなとこまで入って、見つかったら、何か言われないんすか?」
耳朶に小さなピアスを開け、細身の体にラフな開襟シャツと、瞳と同じ藍鼠色のジレ。彼はこの学園の生徒ではないが、私は平然と答える。
「学園の通行札ももらったんでしょ? 配達目的だし大丈夫。生徒である私の関係者だし、今日は雨。
わざわざ誰もこんなところまで来ないわよ」
「んー、それならいいんすけど。
でも、なんとなく落ち着かねえというか……」
そう言いながら、すとんと椅子に座り、テーブルの上に頬杖をついたリックは、足元や天井から吊るされた幾つもの瑞々しい観葉植物のプランターを見回した。
「なんでっすかね。こういう一見ごちゃついてそうで小洒落た空間みたいなの、割と嫌いじゃねえはずなんすけど。
お嬢と来るところではねえって感じがする」
「ん? ああ、リックにしては勘が良いわね。ここ、学園の恋人たちの秘密のデートスポットなのよ」
「どうりで」
私の説明に、リックは訳知り顔で頷くと、座ったテーブルのちょうど真上に垂れさがったヤドリギを指で突いた。
(愛の木や、恋人たちの守り木とも呼ばれる枝を……コイツ)
ちょっとくらい何か反応してくれても面白いのに、まったく興味のなさそうな表情に、私はつい笑う。
お嬢、と呼ばれてはいるけど、私とこの彼との間に、上下とか主従関係とか、ましてや恋愛感情というものはこれっぽっちもと言っていいほどに、無い。
ダークブラウンのさらりとした髪、やんちゃな藍鼠色のつり目。リック・ハルトは、父の商会と専属契約を結ぶ魔道具工房の工房長の息子で、私の同い年の幼馴染だ。
呼び方は、昔、父の背中について仕事場を回っていた時に、職人が「会長のお嬢さんですか」と言ったのを“呼び名”だと彼が勘違いして覚えて以来、ずっとこう。
今は、彼の父親と同じ職人になるべく修行をしている。そのため、一応、会長の娘である私に丁寧語を試みるけど、地が出るのは早い。
「でも、そのおかげで、ここに男女の先着者がいたら、あとから来る人たちは大体黙って退く。
だから、内密な話をするには意外とうってつけなの」
「あー、なるほど。だからか」
続けた私の説明に、またリックは頷くと、今度は、ジレの内側から封の破れた封筒を取り出して、机の真ん中に置いた。
私が数日前に送ったものだ。
「これに書いてた話、本当なんすか」
うなずくと、彼は深くため息をつく。
「“王太子も巻き込んでハーレム作ろうとしてるクラスメイトがいる”って。放っときゃ勝手に失敗するだろ。止める相談って、ばかなんすか」
「そう思うでしょ。でも、彼女は本気。しかも——」
私は、ソフィアが“この世界はゲームだ”と言ったことだけを伝えた。
私のタイムリープの話は、必要以上に心配させてしまうから、しない。
「転生者、ねぇ……それで『ヒロイン補正』ってわけか。でもこの国は一夫一妻だろ。周りが黙ってるわけがねぇ」
「だから、止めたいの。痛い目を見る前に」
「……そんなことも想像ついてねえヤツに、あんたがそこまでしてやる意味がわかんねえんだが」
「……友達、だったのよ」
「……」
私が目を伏せると、既にほとんど地が出ていたリックは頬杖をついていた片手で、そのまま顔を覆った。
「はあ……お嬢さあ……」
「ごめん……自分でも、馬鹿なことを言ってるとは思うの。わかってる。けど」
「とりあえず、これ。頼まれてたやつな。全部、学内で使える許容等級に揃えてる」
そう言ってポンと投げて寄越されたのは、中身が詰めこまれてデコボコとした麻の袋だった。膝の上に乗ったそれを見て、私は目を丸くした。
袋の口を縛っていた紐を緩めると、中からこぼれそうになったのは、翡翠色の“転移石”を筆頭に、一目で魅力増幅効果があるとわかる“アクセサリー”や“化粧品”に、“体力/魔力の回復薬”……昔、ソフィアの応援に渡していた顔ぶれがずらり。
手紙で、できれば欲しいと私が書いていたものだ。
「まあ、馬鹿だとは思ってるけどな。けど、あんたが冗談でそんな馬鹿を言うやつじゃねえのも知ってる」
「リック……」
「本気なんだろ。だったら、本気の奴を、馬鹿になんてしねえよ」
真剣な目でこちらを見据えてくるリック。それを見つめ返して、私が言えたのは、ただ小さく「ありがとう」という言葉だけだった。
次回【ある周回の記憶】




