16.花鳥園のディーン先生と、転移石を持つ娘
ディーン先生。女子人気が高い。本人、その気がない。ただの普通の大人です。
アン、お前は以降、普通の平民の顔しちゃいかんw
しとしとと降る春の雨は、自然界のあらゆるものへ恵みをもたらす。
とはいえ、農業をしているわけでも花を育てているわけでもない学生の身には、ただ少しうっとうしいだけだ。
寮と校舎は別々に建ち、つながっていない。広大な敷地の隅っこの寮と、中央近くの校舎を行き来する間に足元はぐっしょり、制服にシミ、髪はまとまらない──全部、面倒くさい。
一応、水か風魔法が使える子なら、うまく濡れないようにできるけど、それができるほど魔法をコントロールできるのはだいたい二年生くらいから。
一年生でできたら、ちょっと目立ってしまう。
だから、今日が休日だったのは個人的にありがたかった。
寮の部屋で、窓の水滴を眺めながら、机上の小さな丸石を握ってころりと回す。
次の瞬間、風を切る音。私は、まるでジャングルが詰め込まれたようなドームの入り口の前に移動していた。
中からは幾種類もの鳥の声と羽音。ずぶ濡れになる前にと、素早く駆け込む。
中は外より温暖だ。高く透明な天蓋のおかげで雨は降り込まず、鮮やかな緑の草木の間に、人の顔ほどもある花がちらほら。
まるで南の国だ。
上空を飛び交う鳥たちは色とりどり。かあかあ、くえくえ、ぎゃあぎゃあ、ぴーぴー──鳴き声のオーケストラ。
けたたましいと思う人もいるだろうが、私は嫌いじゃない。異国にいるみたいで楽しい。
ちょうど、赤と青の混じった羽の鳥が近くの木から緑の奥へ飛ぶのが見えたので、その後を追う。ここは図書館以上に景色が右も左も似ていて迷いやすい。何度か来ていても同じだ。
ようやく開けたところに出て、鳥たちに囲まれた男性を見つけた。
ほっと息を吐いて呼びかける。
「先生」
彼の肩がぴくりと揺れ、全身を枝代わりにしていた鳥たちが一斉に飛び立った。散る羽の向こう、こちらを振り向く深緑の長い髪が揺れる。
羽が入らないように目を細めて近づく。
「ディーン先生、こんにちは」
「ああ、君か……」
すらりとした細身、切れ長の翠の目、白衣の肩にかかる深緑の髪の尾──ディーン・ウィンディ。私たちの担任で魔法生物学の先生だ。
歳は二十五、六。若いが魔法生物学では有名らしい。整った見た目もあって学園の女生徒の間ではひそかな人気。
そして、過去周回ではソフィアと結婚にまで至ったことのある──つまり今の彼女の秘かな“ハーレム攻略対象者”。
彼のことを簡潔に言えば“人嫌い”。魔法や生物には興味があるが、生身の人間にはあまり興味がない。物静かで無駄を言わず、ブルーノよりよほどクールというのが似合う人だ。
ではなぜ、生徒のソフィアと恋に?というと最初のきっかけは、学園に迷い込んだ猫又の子猫を彼が見つけ、保護しようとしていたこと。
ケガをしていた猫又ちゃんは大人しく捕まらず逃走。
偶然居合わせたソフィアが捜索と確保を手伝い、その回復を心配して足繁く生物小屋に通ううちに仲が深まった。
授業中は鉄仮面だが、生き物には愛情を向ける先生を見て、「優しい人だって思ったの」と、過去のソフィアははにかんでいた。
(まあ、あれよね、ギャップ萌えってやつ)
一応先生なので、在学中の付き合いは健全。「お付き合いしましょう」もなく、手を繋ぐのも最小限。授業やイベントの買い出し名目のデートを重ね、卒業前にようやく「恋人」を飛ばしてのプロポーズ──と、卒業式の前日に聞いた。正直、それ自体は、少しうらやましかった。まるで小説みたいだと思って。
──そして、その最初のきっかけが起きるのは、この花鳥園ではなく、別の魔法動物の飼育小屋近く。だが現時点では、たぶんまだ、先生とソフィアの一対一の出会いは起きていない。
というのも、早めに私が対策を仕掛けていたからで──
「休みの日だろうに、わざわざ、どうかしたのか」
いつも通り変わらない無表情で先生が問う。
ふっと息をついて、私は首を振る。
「いいえ、特に理由はないんですが、暇だったので。例のモノの使用感について、直接お聞きしようかと思いまして」
「ああ、それか」
先生はわずかに目を見開き、白衣のポケットを探る。翡翠のように光る丸い小石が掌に出た。
「なかなか良い質だと思う。ひとつで何度も転移できるのも助かるし、クールダウンも短い。なにより、独特の酔いが少ない。この大きさでこれなら上出来だ」
「それはよかったです。使い心地が良いのが一番ですから。ただ、建物から別の建物の“中”とか、同じ建物内でも部屋から部屋には直接飛べないのが難点ですけど……」
「いや、結界が効いているこの学園のような場所では、どうしてもそうなる。それを超えて“中”まで直接入れてしまっては、今度はセキュリティ面で普及しづらい。今の程度で十分だろう」
「なるほど、確かにそうですね」
私はふむふむと頷く。
「他にも何個かお渡ししていたと思いますが、そちらはどうなりましたか?」
「ああ、私が安全性を確認したあと、同僚に渡したところ、生徒の中でも生徒会役員など、忙しくしている者がいたのでいくつか配ったらしい。実証実験として、使用感をレポートで回収する。また後日まとめて渡そう」
「わあ、ありがとうございます! それは父も喜びます」
にっこり笑ってお辞儀。
「いや、こちらこそ。この石をもらってから助かっている。ひとりでいたいときに誰かが来ても、すぐ別の場所に飛んで逃げられるようになった」
ちょうど先生の肩に戻ってきた白い鳥。嘴のよこを指の横腹で撫でながら、先生の目が柔らかく細まる。
「……先生、人気者ですからね。ご苦労お察しします」
やめてくれ……と苦虫を噛み潰したような顔でうつむくディーン先生。私は冗談めかして笑い、「それではまた、ご贔屓に」と踵を返した。
──転移石。この国の魔道具の一つ。それをこうして他人に惜しみなく渡せるほど、私が持っているのには、理由がある。
といっても、あまり大きな声で言うことでもないけど……私の家はマークス商会。国の流通を支える企業のひとつ。
その関係で試作品がごろごろ家に転がっている。それを「どうせなら」と学園で配ってみたのだった(父からは了承済み)。
過去の周回ではソフィアのためになればと思い、彼女にこれも含めて他にも色々融通していたのだけど……
(まさかゲームでは、便利アイテムとその提供者扱いをされていたとはね。別にいいけど)
なんとも言えない笑いがこぼれる。
「それよりも、生徒会にも転移石が届いたことが重要よ。計画は順調ね」
生徒会役員──現時点でソフィアの恋人候補が二人いる。私は拳を低い位置で握り、小さくガッツポーズ。先生のように“人除け”に使ってもらえるのが一番だが、単に移動を転移石に置き換えるだけでも、ゲーム知識でしか彼らの行きやすい場所を知らないソフィアを翻弄するには十分だ。
ソフィアの邪魔を徹底すると決めた私。最初に恋小説とミステリを読んで研究した結論は、“全員を回って恋愛フラグを折る”のは難しい、ということだった。
だからまず、先生へ試作品のお試しと称して転移石を渡した。
さすがに魔法があっても自分の数は増やせない。すべてに一気に手を回すことはできない。
その間、少しでもソフィアと殿方たちの接触を遅らせ、仲良くなる機会を減らせれば──という策。
(急いでいたから、綿密な計画ではなかったけど、ひとまず第一の狙いは達成できたわけよね)
とはいえ、気を緩めるゆとりはない。
ほっと息を吐き、花鳥園から寮の前に転移で戻った──ちょうどその時。
「あっ、お嬢」
「ん?」
そう呼ばれ、建物の中へ走ろうとしていた足を止めた。
「あら、リックじゃない」
「会えてちょうどよかった。また会長から、あんたに届け物っすよ」
雨の中で木箱を抱えた青年に、私は駆け寄った。
次回【“お嬢”呼びの幼馴染、登場w】




