15.サーチェスの暴投とずれたフラグ
土属性の手堅い騎士サーチェス・ブラウン、弱点は——力と責任感が少し“強すぎる”こと
さて、次の目標は──もっと簡単な方法を使ってみることにした。
──ドゴッ。耳の横を何かがかすめ、背後の壁に叩きつけられた。
振り返ると、男子生徒がひとり、壁にめり込んでいる。
「し、死ぬかと……」
瞳孔を見開き、青ざめた顔で呆然と呟く彼へ、別の誰かがものすごい勢いで駆け寄った。
「すまない! 加減を誤った。大丈夫か」
そう言ったのはサーチェス・ブラウン。サーチェスが指を払うと、壁はさらさらと砂になり、彼は地面へそっと下ろされた。
「あ、ああ……うん、だいじょう…ぶ……?」
まだ混乱している様子の彼。サーチェスはすぐさましゃがみ、肩を支える。そこへ追いついた体育教師が短く言った。
「目が回っているな」
そして、よっこいしょ、と男子生徒を抱えあげ、この場にいた全員に聞こえるように声を張る。
「一応、保健室につれていってくる。今日の授業はここまでだ」
その言葉に、それまで固唾をのんで様子をうかがっていたクラスメイトたちは、ほっとした顔でばらけていく。私もその動きに倣い、ペアを組んで魔法の演習をしていたサシャに近づいて声をかけた。
「びっくりしたわね」
「うん、ほんと! でも、それより、アンだよ! 今の人、かなりそばを通って行ったように見えたけど大丈夫?」
「そうなのよ、腰が抜けるかと思ったわ」
心配そうに私の周りをまわるサシャに、ふふっと笑った──その時だった。
「待ってくれ」
背後から声。振り向くと、砂金色の瞳を、ひどく申し訳なさそうに曇らせたサーチェス・ブラウンが立っていた。
そして──そんな彼の背中越しに、ソフィアが憮然とした顔でこちらを睨んでいるのも見えた。
(怒ってる。当然か……本来なら、ここに立っているのはソフィアの筈だったものね)
彼女の言うゲームのハーレムルートが、今周回でどこまで変わっているのか。最初は少し様子を見ていたけれど、表立った違いは見えない。
ならば、と試しに“立ち位置”だけ交換してみたら──うまくハマった。
“ゲーム画面”越しにここで起きることを見ていただけの彼女には、細かな場所やタイミングまではわからないだろうと踏んだのだが、予想的中だった。
以前ならソフィアと組んでいたペアを、先日から仲良くしてもらっているサシャに変更。
そして、そのサシャと私の立ち位置をそっと入れ替えておいた。
──つまり、“ソフィアのはずだった位置”には、自然と私が立つ形になったわけだ。
おかげで、本来ならソフィアが巻き込まれて“サーチェス様に心配される”イベントは、私が引き受けることになった。
(まあ、彼女にしてみれば面白くはないだろうけど。でもこれで、少しはソフィアとサーチェスのコンタクトは先延ばしになったんじゃないかしら)
そんなことを考えながら、私はサーチェスへ首を傾げる。
「はい、私ですか?」
「ああ。さっきの彼が君を掠めていっただろう……怖い思いをさせたかもしれない。すまなかった」
きっちりと腰を折り、頭を下げる彼。私は内心(相変わらずまじめね)と苦笑し、首を振った。
(この人──かなり苦労性。生真面目すぎる性格だものね……)
ため息が出そうになる。
過去周回、彼はソフィアと親しくなると、彼女がつらい目にあうたび「守れなかった」と自分を責めすぎるところがあった。
場合によっては、彼女を守るため自分の身を厭わず飛び出すこともあって……それでソフィアの目の前で命を落としたのも、私は見ている(そしてタイムリープさせられた)。
今思えば、あれはサーチェスルートのバッドエンド。けれど当時は、その後の周回で、ソフィアだけでなく彼が死なないようにするのにも苦心した。
(まあ、彼はソフィアと恋に落ちさえしなければ、その運命は避けられると思うけど……)
とはいえ、この性格のままでは、いつかまた誰かのために身を投げ出すだろう。ずっと心配だったから、ちょうどいい機会かもしれない。
(せっかくだし忠言しておこう)
そう思った。
「いえ、私は大丈夫です」
はっきりと言って首を振る。
「それよりもサーチェス様こそ、青い顔をしていますよ?
サーチェス様がそこまで気を使う必要なんてありません。
お互い未熟な一年生同士なんですから、ここで責任を感じるべきなのはあの教師だけでいいはずです」
「ちょっ、アン?」
伯爵子息に対して、突然ずけずけとものを言い出す私に、サシャがぎょっとする。
(大丈夫よ)
この学園では、同学年同士なら平民も貴族も隔てなく交流できるよう、敬称や言葉遣いは自由とされている。
もちろん内心「ふざけるな」と思う貴族もいるだろうけど、彼はそういう人ではない。
彼の家系は祖父も父も兄も、王国の騎士隊。
騎士道に忠実で、公正で、人を爵位で判断しない良識人——
(だからこそ“誰かを守る騎士”であろうとして、自分より他人を優先しがちになるんだけどね)
ともあれ、自分を心配して言う人間の言葉遣いが崩れたくらいで嫌がる人ではない。むしろ、その言葉自体は素直に受け止めるはず。
「そう……か。そう言ってもらえたなら少しは気が休まる」
(ほらね)
一瞬面食らった顔をしたが、少しして彼なりに飲み込んだらしい。
ほっと息を吐き、瞼を伏せるサーチェスに、私は「どういたしまして」とスカートの裾をつまみ、お辞儀する。
「でも、やっぱり、どこかに怪我をしていたらいけない。一応、君も保健室にいかないか」
「本当に大丈夫ですけど……まあ、サーチェス様がそれで安心されるなら」
「ふっ……。ああ、助かる」
彼が拳で口元を隠し、ふっと笑う。これまで真正面から向き合ったことは殆どなかったが、やはり恋物語のヒーローになれそうな精悍な顔だな、と私はひとごとのように眺めた。
ただその時、頭の隅に引っかかる。
(あれ? この方って、男性ばかりの環境で育ってきた影響で、女性と話すのはあまり得意じゃなかったはず。この時もまじめな顔のまま、腰を抜かしていたソフィアをお姫様抱っこで保健室に連れて行っていたのに)
なぜだろう。ちょっと、昔の彼より笑顔を見せるのが早い気がする。
(ハーレムルートとかいうやつの影響なのかしら……?)
人数が多いぶん、仲良くなりやすくなっているのかもしれない。
サーチェス・ブラウンはまじめな騎士。こういう事故でもない限り、自分から女性に接触することはほとんどない。だから、最初の立場だけ成り代わり、きっかけを無くしてしまえば、ソフィアと話す機会なんてほとんど無いだろう──と軽く考えていたのだけど……。
そこで首をぶるぶる振る。
(まだ、わからない。彼自身の“成長の兆し”かもしれないし)
「とりあえず、ふたりめ……は、これからも注意して見るようにしよう……」
それと、上級生二人の動きにも注意がいるかもしれない。ソフィアが彼らと親交を深めるのは、いつもなら一年生の秋頃・文化祭の準備で一緒になってから。
──けれど、そうとも限らないのかも。
ああ、目と手と足が圧倒的に足りない。
サーチェスの斜め後ろについて医務室までの廊下を歩きながら、私は思った。
(──なんにせよ、早めに手を打っておいて正解だったわ……)
次回【アン、先生を訪ねる】




