13.サシャの一歩、アンの一手
サシャの一歩の舞台裏と、ちょっと進む関係と、それを塔から見下ろすアン
——数日前、悩みを打ち明けた日のこと。
「そうだったんだ……」
アンは笑わなかった。同情でも軽蔑でもなく、ただ頷いてくれた。
「しんどいわよね」
少し低めの声に、私はほっとして続けた。
「才能がないのに、居続けていいのかなって」
「そんな。貴族はともかく、私たちみたいな平民で魔法が使えるだけでもすごいことでしょ?……それに、素養なんて関係ないわ。今は弱くても、これから鍛錬で身につければいい」
「うん……。でも、私が一生懸命鍛錬しても、きっとオーシャン君やテレーゼさんの半分くらいのレベルしか……」
乾いた笑いがひとつこぼれると、アンは眉を寄せて、遠くを見る目で呟いた。
「まあ……うちのクラス、おかしいくらいレベルが高い人が多いから、比べたら——ね。気持ちはわかる」
「ふふ。うん」
“わかる”と言ってもらえただけで、少し軽くなった。
「んっ……よし。愚痴はここまで! 聞いてくれてありがとう。おかげで、もう──」
大丈夫、そう言おうとしたときだった。
次の彼女の言葉に息を呑んだ。
「無理に『大丈夫』って言わなくていいわ、サシャ」
口調はあっさり。けれど、軽くても、どこか真剣な色も混じった声だった。
「え……」
「ひとつ案があるの。聞く?」
「そんなのあるの?」
「ええ。あのね」
人差し指を唇に当てて、声をひそめる。
「一年生だけでの実技練習は本来ダメだけど、“見張り役”が一緒なら、先生に申請して許可してもらえる場合があるの。
まあ、見張り役にも条件はあるけど……“彼”なら、確実に通る」
私は、そんな抜け穴あるんだ……と思いながら、聞き返した。
「彼?」
「ええ、ブルーノ・オーシャン君に——魔法の使い方を指導してもらえばいいのよ!」
——盛大に一拍、間を置いてから……
「そんなの無理!」
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がってしまった。周囲の視線に気づき、四方にぺこぺこ頭を下げて座り直す。
「で、できないよ……」
「え、どうして?」
「天才に『教えて』なんて頼めないよ……相手にされない」
——もしくは、馬鹿にされるだけ。そんなの嫌。
授業中の冷たく見えた眼鏡の奥を思い出して、肩がすくんだ。
けれど、アンは当然のように言った。
「そんなことないわよ」
って。
「同じ一年、同じクラスよ。雲の上の人なんかじゃない。頼む前から“相手にされない”って決めつけないでさ」
「そ、れは……」
返事に戸惑ったのは、アンの言う通りかもしれない、と思ったから。
噂と印象だけで線を引いていた自分に気づいたからだった。
「言ってみるだけでも、言ってみたら?」
「……うん」
「ちなみに、彼は、だいたいいつもこの奥よ」
最後に、いたずらっぽくウィンクを残して、アンは去っていった。
——そのあと、一晩かけて自分でも考えた。
実家の両親のこと、私自身の焦り、彼に向けていた劣等感と、勝手に引いていた線……。
翌朝、思い切ってオーシャン君に声をかけた。緊張で少し上ずりながら、でも、一生懸命に。
彼は、最初に近づいたときこそ怪訝そうな顔をしていた。けど、きちんと話を最後まで聞いてくれて——そのまま、ディーン先生へのペア練習の申請にも、一緒に来てくれた。
どうしてそこまで、と聞いたら——
『自分も“地元の先生に教えられて救われた側”だから』
その一言で、“怖い”という思い込みが恥ずかしくなった。そして、嬉しかった。
自分の胸の内側をそっと抱きしめるみたいに、視線を落として、言葉を探す。
「──実際に接してみたら、本当だった。
オーシャン君は優しくて、丁寧で……ああ、こういう人だから教え方も上手なんだって。……知れて、よかった」
すると、彼はわかりやすく真っ赤になって、それを見た私もとたんに頬が熱くなるのを感じた。
〜とある女生徒 side 終〜
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——同刻・塔の窓〜アンside〜
「——とりあえず、ひとりめ」
塔の窓から見下ろす図書館裏。遠目にも、突然もじもじし始める二人がわかる。
指先で窓枠をなぞりながら、私はひとり、頬杖をついて呟いた。
次回【ちょっとソフィア】




