3-23.夏終わり・市街の襲撃
体外行事の大きな目玉である対抗戦は終わった。
後夜祭についても、ソフィアによると笑顔で終われたわ、と。
「特に面白かったのはね、機巧の人たちは気難しいかもって殿下が心配してたのに、いざ行ってみたら、あの屋台の子の親御さんが来賓に居てさ。リックの隣にいた子!って扱いで話がスルスルと——」
それはぜひともリックに今度話してやって、と私は言った。
彼、外交みたいなのはさすがに手伝ってやれねぇしなぁって呟いていたから。と。
「ふふ、了解!」
ソフィアは笑っていた。
講堂もテントも撤収を終え、祭りの気配はすっかり去った。
けれど、一部の生徒が学園に残って短期履修に移行。校舎に、わずかな異国の風情の香りが混ざる。
「アン、相談」
そんな折の休日、ソフィアが眉を下げながら部屋を訪ねてきた。
「どうしたの?」
「秋の舞踏会で必要な飾り、学園外の工房に試作品頼んでたのができたって連絡きたんだけど、生徒会のみんな、“きれい”に手が空いてなくて」
「……わかった、一緒にね」
素早く手の埃を祓い、立ち上がる。
「うん、単独行動はフラグ」
ソフィアの脇を肘で小突き、ふっと笑った。
✳︎
城下の職人工房街へのおつかい自体は、さくっと終わった。
けれど、職人さんのお喋りが長くて(リックもそうだけど彼らは語りだすと止まらない)、店を出る頃にはぽつりぽつりと店の灯りがつきはじめる時間になっていた。
帰りを急ぐ。そんな中、風が浅く乱れた。
「——来た」
「……つけられてる?」
ソフィアが袋を抱え直す。
「左の影三、正面に二。そこの角で待ってる。——こっち」
私は表通りから一本外れた小路へ“入るふりだけ”して、暖簾の影に足を止めた。
そして、手の上の風をふっと吹く。
広がり、薄い層になった風が私とソフィアの前を一枚の壁のように塞いだ。
微かな鈍い音が足元に篭る——声と足音を少し丸める効果。
追ってきた二人の男が、気づかず、私たちの前を通りすぎる。小路の先はゴミ捨て場の行き止まりだ。入ったところで気づいてこちらを振り向く前に、小路の入り口に土の壁を立てる。
向こう側で焦る声。私は地面から冷気を通し、彼らの足を氷で地面に貼り付ける。
「なかなか豪快ね」
自分たちの背より高い土壁を前にソフィアが横で薄笑いを浮かべた。
その時、後ろから、腕を掴みにくる気配。
さっき角にいた三人の一人。手首を返し、威嚇の炎を一吹き。
相手の爪が掠めたところで、踏み込みが止まる。その隙に再び氷の足止め。
二人目の手が背中へ——「大丈夫」ソフィアの薄い聖膜がふっと背を覆った。衝撃が柔らかい布みたいに散る。こちらも再度足止め。
三人目が遠くから短杖を投げ、金具を狙う。
私は水の糸を杖の柄に当てて石へ落とした。カン、と乾いた音。
上から吹き矢の気配。ソフィアが風を払って流す。矢は壁の苔へ刺さった。
私は低く言う。
「また増えた。ここで仕留める」
「了解」
一度、すぐ隣の路地に体を潜め、路地の入り口に氷の筋を薄く敷く。
追ってきた二人が同時に滑る。転倒の音。さっき足止めした二人と合わせて四人の怒号が飛び交う。
残りが抜けてくる。
私たちは奥へ行く。ソフィアが路地口へ光をひと瞬、上へ弾ませた。
花火のような印。
この街の衛兵が気づく、小さな合図だ。
「ひと息で仕上げる」
私は積荷の縄を拾い、最前の男の手首へ。
水で縄を湿らせると締まりが早い。ソフィアが風で結び目を私の指へ送ってくれる。
二人の手が重なり、結束が一つで決まった。
最後の一人が懐へ手を入れた。抜きざまの金属光。ナイフ。
それを目視で確認した瞬間、喉がひゅっと鳴った。
ほんの一瞬、足がもつれる。
後ろに一歩ふらつきかけ、揺れた拍子に小袋が胸を擦り、かすかな音がした——それでハッとする。
咄嗟に、紐を引きちぎるようにして薄布ごとひねった。葉を散らし、風で一気に押す。 香りが揺れた刹那、相手の焦点がぶれた。
ソフィアが何かの種を投げ、伸びた蔓が相手の足首を絡める。転ぶ音。静かになった。
路地の入口に、人影がのぞいてすぐ消えた。深追いはしない。
「怪我は?」
「大丈夫。アンは?」
「平気。だけど、手、震えてる。……最後のがちょっと効いたわ。ひとりだったら固まってた」
遠くで衛兵の笛。ソフィアが短く息を吐く。
路地を戻る。氷は溶け、男たちの影は消えていた。土壁を崩した向こうも同じだ。
それでも、二人だけは確保できた。今はこれで十分だ。
「……私だけじゃ、今の結びは作れなかったわ。ありがとう、ソフィア」
「二人だから早かったのよ」
拘束した男の外套の縁には見慣れない縫い印があった。
形だけ覚えて、詳しい調べは後に任せることにする。
拾ったナイフは記憶のものとは、別だった。
「ソフィア、今夜のうちに殿下へ通達して。今夜のことは、すぐ共有したほうがいい」
「うん。アンからもリックと先生たちへ。」
やがて衛兵が駆け込み、手際よく縄を締め直した。
私は簡潔に説明し、路地の奥へ指を差した。
「あと七人はいました」
隊長格が頷く。
「追う。協力に礼を」
人垣の向こうから、店の親父さんが「嬢ちゃんら、怪我はねえか」と声をかけてくれた。私は「大丈夫」と答え、ソフィアを見る。
それから私の指先の震えが収まるまで、ソフィアは距離を変えずにそばにいた。
「ありがと」
「こちらこそ。……帰ろう。寄り道は、今日はなしでね」
うん、と返して歩き出す。
「——きたね、剪定」
帰り道、ソフィアが言った。
街灯の光が、氷が溶けて濡れた石の地面を薄く撫でた。まだ少し恐怖はある。
けれど、胸の内側では“嫌な予感”が形になった実感が、逆に落ち着きをくれていた。
✳︎
往復私信—ソフィア ↔ エルヴィス
1)ソフィア → エルヴィス(薄い青封筒)
殿下へ(友へ)
昨夕、市のはずれで小さな揉め事がありました。詳述は避けますが、狙いは「こちら」だったとだけ。
冬まで、息の整う夜に向けて静かに進めたい。〈呼吸の入る網〉をお願いします。ふだん通り過ごせますように。
追伸:新作クッキーは燃料という名の賄賂です。
ソフィア
2)エルヴィス → ソフィア(深緑の封蝋)
親しい友へ
承知した。冬まで静かに整えよう。“英雄”は不要だったね。各自の持ち場で。
追伸:甘いものの差し入れは控えめに(食べすぎてしまう)
エルヴィス
⸻
職員室にて(放課後)
ディーン先生と養護教諭、当直だけ。
「学外の“人の薄い筋”で狙われました。狙いは、ソフィアだと思います。理由を詰めるより死角を減らすのを優先したいです。帰寮は絶対に二人以上で、とか」
「静かにやろう」先生が頷く。
「はい。あまり大きな騒ぎには」
「もちろんだ」
(すべては語らない。でも、必要な準備はできた)




