3-22.決勝と後夜祭の外
決勝は午後に始まった。
東の中段、ロイヤルボックスの殿下は肘を手すりに預け、嬉しそうに身を乗り出していた。
フィン先輩は……と探すと、私たちの真後ろにいて「やあ」。
両手に串やカップをふんだんに抱えている。
「とっても楽しまれてるみたいですね」
「うん、楽しい」
言いながら、何個か私たちにも分けてくれる。それぞれ両手に乗るぶんだ。
「リック君、久しぶり」
「お久しぶりっす、元気そうっすね」
「おかげさまで。ありがとうね。あ、そのチュロスはソフィアちゃんと分けて」
「はいはい、どうも」
リックは素直にはんぶんこし、ソフィアが受け取る。フィン先輩がにこりと笑う。
「試合、もう始まる?」
「はい。」
「サーチェス君、頑張るねえ。相手は、北境の主将君か。強そうだ」
「風を使うタイプです」
「相性は微妙だね。土は風に削られやすい」
私は頷かずに、砂のフィールドを見る。勝負は二本先取だ。
真正面に並び合った二人が礼。
笛の短い合図。——開戦した。
最初の一合、風が砂粒を撫で上げ、視界を奪うような砂嵐が起こる。
サーチェスは踵を落として、白線から内へ重心を戻す。
土が一寸だけ「かさり」と盛れて、足裏に縁が生まれる——踏ん張るための芯になる。
審判の旗は動かない。
相手の二度目の押し。
サーチェスは前足を斜めに切り、風の向きに肩を乗せて「受ける」。押されているように見えて、胸の位置が下がらない。
内側で“砂を落ち着かせ続けて”いるのが、ここからでもわかる。
「砂がよく“聞いてる”」とフィン先輩。
「使うというより、“土”に好かれるタイプですから」
私は一年次の鏡判定を思い出して言う。
半拍遅らせて、肩を小さく回す——砂嵐の中をサーチェスが抜けて押しきり、後ずさった相手の踵が白線に触れた。
角笛が短く一音。一本。
間合いが詰まる。
北境はここで変化、横風の切り返し。サーチェスが前へ半歩、わざと滑らせて見せる。
客席が「っ」と息を呑んだその瞬間、土の縁がすっと立ち、彼の軸足だけが止まった。流れた上半身を、腰で折り返す。
肩と肘が連動し、相手の胸元がふわりと浮く——風より軽く。
相手を白線の外へ、そっと降ろすみたいに、一本。
——しん。
角笛、二音。審判の旗が同時に上がった。
観客席のどよめきが、石壁で丸く広がった。
斜め前のブルーノが「決めた」と息を漏らし、アレスが拳をひとつ。ソフィアとリックがぽつりと「締め、完璧」。
サーチェスは両手を軽く下げたまま、深呼吸をひとつ。派手なガッツポーズはないまま、土の縁をすぐに撫で消して、砂床を“元の平ら”に戻した。
ロイヤルボックスでは殿下が身を乗り出し、嬉しそうに頷いている。
スコア板の数字が反転し、名前の横に金色の印がついた。
サーチェスは深く礼をして、砂を踏みしめ戻ってくる。
派手さはないのに、誰もが“勝ち方”を見た顔をしていた。
ローゼリアは微笑み、サシャはパチパチと満面の笑みで拍手。
サーチェスが一度だけこちらを確認するみたいに、顔を上げた。
私もそっと拍手を置く。
フィン先輩がにんまり。
「顔がうるさいです」
「何も言ってないよ。ただちゃんと見てたねって」
「まあ……それは。ええ。勝ちましたね」
ほっと胸を撫でる。仲間のまっすぐな勝ちを見れたのは素直に気持ちいい。胸の内側をすっと風が通った。
——決勝、完了。
すぐに表彰と閉会式。
殿下が「舞い、術、礼節——三つとも見事」と短く祝辞を述べ、優勝旗が掲げられる。それから、全体の締めとして、委員会へも褒めの言葉を賜る。
拍手が収束すると矢印は夜色に切り替わり、人の波は乱れず回廊へ流れた。
ぽつりぽつりと帰宅の線。残る生徒と来賓は後夜祭行きだ。ランタンが石畳の端に点々と灯る。
ローゼリアやサシャたちもそれぞれペアで別れで後夜祭へ向かった。
ソフィアも殿下のところへ。
あともう少し、彼女には“外交”のお手伝いがある。
そこが空気の変わり目になってくれるように、そう願う。
リックは「あいつそんなんできんのか」と別れ際まで心配していたけど。
「あなたは撤収作業よね?」
そう尋ねるとため息混じりに頷く。
「まあな、もう行く。……目回したら砂糖噛ませろ。あいつ、平気な顔して無理すんだよ。またなんかあったら呼べよ」
「ええ、ありがとう。帰り道気をつけて」
「そっちもな。先輩、そいつのこと…」
「オーケー。まだそばにいるよ」
フィン先輩がリックに向けて、ひらりと手を振った。
私は驚いて顔を上げる。
「私は片付けに回るだけですよ」
「アンちゃん知らない? これくらいの時間が一番お渡りが増えるんだよ。サーチェス君はもう会場に引っ張られちゃってるだろうけど」
思わず瞬きする。無意識に胸元のメリッサに伸びた指で、二、三度、袋を弄ってから呟いた。
「……波風は立てたくありません。じゃあ、そばで片付け手伝ってもらっていいですか」
「もちろん」
ふたりでコロシアムの周りを一巡した。
対抗戦は終わった。
けれど、賑やかな校舎はまだしばらく続く。
片付け表にマルをつけながら、メモの端を見る——次は《秋の舞踏会》




