12.ペア練習と透明の花束〜とある女生徒:サシャside〜
水と自信はゆっくり形になる。
——翌日の放課後、図書館の裏手。
水色の空の下、シャボン玉のように丸い水の膜がぐねぐねと動き、バシャンと落ちる。
「落ち着いて。起こしたい現象を、具体的にきちんとイメージするんだ」
「はい!」
責めず、急かさず、落ち着いた声。私は大きく頷く。
ハンカチで指を拭き、もう一度。構えなおすそばからまた、落ち着いた声が言う。
「魔法を使う時に大事なのは、起こしたい現象についての正しい手順と結果のイメージが結びついていること」
そう——だから、魔法士にはあらゆる物事への知識や理解が必要になる。
これは授業で先生も言っていたこと。
けれど、彼は、ただ理屈を説明するだけ……じゃない。
「でも、君の場合、話を聞いた感じだと、知識が足りないわけじゃない。自分の魔法について、イメージがまだ足りていない部分があるだけだろうね」
今、私の目の前にいるのは——ブルーノ・オーシャン君。
さっき申請書にディーン先生のサインを貰った記憶がよぎる。
一年生の単独は不可でも、“見張り”がいるペア練習なら許可される——“ブルーノ君となら通る”って、こっそり教えてもらったとおりだった。
「僕たちの“水”は流動体。風よりは楽と言われているが、最初は捉えづらい」
オーシャン君の指が、空中に水の線を描く。
さらさらと斜めに流れるようだった“線”は、やがて頭と尻尾を繋いで“輪”になる。
それから、その輪の輪郭から滲みだした雫が落ちて……
オーシャン君の掌で、今度はキューブの形に集まった。
思わず「すごい……」と声が漏れる。
「自分の中に“枡”を持って、そこへ魔力を注ぐイメージをするんだ。そこから必要分だけ取り出す、流す——ができれば、扱いは格段に楽になる」
「マス……?」
「まあ、“入れ物”だよ。できるだけ具体的に」
そう言いながら、オーシャン君は掌のキューブ型の水塊を顎で示す。
「入れ物……できるだけ具体的……」
私はしばらく、ぽく、ぽく、と考えて……
「あっ、それなら!」
頭の中にあるものが浮かんできた。
(“これ”なら、実家でいっぱい見てきた……それに、中に溜めた水だって簡単に思い浮かべられる。
——できる)
腕を少し広げる。指を自分の胸の方に軽く向ける。
それから、想像する。
形、重さ、水の色、におい、ガラスの縁についた雫まで……
それをそのまま、現実に出力するように——
「……“水よ”」
指先に、くるくると渦が光り、拳サイズの透明な水の花瓶が現れ——やがて震える球へ。
(ぷるぷるは……してる)
でも——落ちない。割れない。
「……できた……!」
「うん。はじめの一歩だね。震えは息を詰めてるせい。次は呼吸を一緒に」
「はい!」
頷いた瞬間、ぱちん、と弾けて指が濡れた。笑みが先にこぼれる。
「今の壊れ方も悪くない。形を保てた時間も十分。今日はここまで」
彼は眼鏡を軽く押し上げ、それだけ言った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
——数日後、同じ場所。
やわらかな春の風。換気窓から舞い降りた桜が、草の上で止まる。
「同じ要領で、入れ物を大きく」
「……うん」
今度は大きく、両腕で抱える花瓶を胸前に置くことを想像する。
口のかたち、反射、重み。
それと、息を止めないこと。意識して……ゆっくり。
大きく息を吸って——
「“水よ”」
一瞬、渦。
その後に透きとおる丸型の花瓶が空にふわりと現れる。
危うげに震えることもなく、ただ静かに空中に浮かぶそれ。
先日より大きく、震えず、留まって。
「これ……できた……!?」
「ああ」
わっと歓声をあげたいのをぐっとこらえて、振り返る。すると、そこで見ていたオーシャン君は満足そうに頷いてくれる。
「これなら問題ない。補講は不要だね」
「ありがとう! オーシャン君が丁寧に教えてくれたおかげだよ!」
「っ……い、いや、僕はただ理論を言っただけで……」
私が心からのお礼を笑って言うと、ぱっと横を向く彼——
「頑張ったのは……、君だ」
眼鏡を中指で上げる耳が、少し赤い。それを見て少し嬉しくなる。
長めの前髪と眼鏡に隠れがちな彼の目元も、もう“怖い”とは思わなくなっていた。
(ううん、本当にありがとう、だよ。勝手に劣等感で縮こまってた私に、呆れず教えてくれた)
笑みがこぼれ、ふと思いつく。
今さっき作った水の塊に向き直って、指を動かす。
花瓶の口から、するすると細くなった水が、川のように伸びたり滝のように流れたりしながら——私の思った通りの形へ。
「? それは……」
「いま、ちょっと思いついて……どうかな? ちゃんと形にできてる?」
「……」
体をよけて見せると、オーシャン君は一瞬、目を瞠り——ふっと口元に笑みを浮かべた。
「……美しいよ」
「よかった……私からの感謝の気持ち、みたいなものです!」
それは、花瓶に挿した豪奢な花束の形を模した透明の水。
光を受けてところどころ反射して……
それを見つめる彼の青い瞳にまで、キラキラが映り込んでいるように見えた。
「教えてくれてありがとう。私、もう少し、やれる気がする」
「やれるさ。さあ、壊さず片付けるまで」
「はい!」
風が通る。花瓶に向けて指を振ると、水の花束は静かな雨粒に戻って消えた。
粒子がきらめいて水色の空に舞い散る。私は心の中で、もうひとりの顔を思い浮かべた。
(背中を押してくれた——彼女にも、お礼、言わなきゃ)
って。
次回【水属性女子、回想と締め】




