3-21.中日・アプローチラッシュ回
行事は滞りない。
準決勝が終わった日の夕暮れ。矢印は夜色に切り替わり、屋台はまだ起きていた。
委員の私たちは、東帯の角に〈各校代表への贈り物はこちら〉〈メッセージは当番時間内で承ります/時間外は委員がそっとお預かり〉の札を出して長机を二本並べた。
他にも、花瓶、水桶、名簿、封蝋割り禁止の注意札。当番表。
——“贈り物受付ブース”、開店。
最初の波は、きれいにソフィアへ来た。
一人目は砂海の王国から。琥珀房の細紐を持った少年が、ソフィアの前で片膝をつく。
「香の房を。明日の栄光の祈りです。もし良ければ、夜会を——」
「お気持ちは嬉しいです。でも香りは舞台で混ぜない主義。房は受け取れません」
いったん理を通して、ソフィアはやわらかく添えた。
「それと今日は運営当番で個別のお返事ができなくて……よかったら一言メモに託してください。落ち着いて拝見しますね」
少年は一拍で笑って退き、矢印が帰路の角度をそっと押す。
次は海都。ホルンの首席という上級生が言う。
「閉会で一曲ご一緒に——」
「ありがとうございます。私は運営側でもあるので。音はあなたの舞台で最大に。お気持ちは受け取りました」
丁寧なお辞儀。相手は「任せて」と軽く敬礼して去った。断っても空気はやわらかい。
……と、列の途中から“お渡し”の口調がすこしずつ告白寄りに傾く。
「ファンです」「良ければお茶を」「勇気をもらいました」——贈り物と一緒に気持ちが混ざる。ブースの札が、いつのまにか“安全な告白所”みたいになっている。
(まあ、ここなら安全に断れるし、いいか)
私は蛇行する列の流れを整えながら、短く合図を重ねる。
「このまま一歩ずつお願いします。受け取りだけ先に承りますね」「ありがとうございます。いま当番でゆっくり拝見できないので、お手紙を添えてお預かりしますね」
言葉の角を丸くして、気持ちだけは落とさない。
その波が、ふいに私のほうにも跳ねた。北境の青年が花束を抱え、私に向き直る。
「導線、とても見事だ。——ちなみに、あのリックという青年は……君の恋人なのか?」
「ち、違います! 幼馴染です!」
ぶんぶん。首を振ると、青年は「そうか」と笑って花を代表棚へ置き、戻っていった。
「ふぅ」
それからすぐ、封蝋と水桶の補充で戻ったリックが近づいてきて、しれっと言う。
「今さ、“恋人か”って聞かれてたろ」
「聞かれた。……久々」
ため息混じりに頷く。
「俺も久々に耳にした。地元以来だな」
「うん。否定しても噂は湧くから、途中で放置したやつ」
「だな」
そこでソフィアが給水のストローを吸いながら「まあ」とぼそりと言った。
「二人とも距離が近すぎんのよ。私も最初は勘違いしかけ……」
「幼馴染だ」
リックが、珍しくきっぱり。
私は瞬きしてリックを見る。
ソフィアもパチクリしていた。けれどすぐにその目元を緩ませる。
「わかってるわよ」
くすりと笑いながら言うソフィアに、リックは少しだけ苦いものを噛んでしまったみたいな顔をした。
その時、列の端から影が差し込む。
砂色の上着、選手腕章。サーチェスだ。手には「決勝 入場札」の受領票を持っている。
「入場札を取りに来た」
「ええ。一応、所属と名前、確認を」
私は台帳を開く。彼は台帳の受領欄にサインして——ふと、顔を上げた。
さっきの会話が耳に入っていたらしい。視線が私にまっすぐ刺さる。
「……恋人じゃないのか」
喉がひゅっと鳴り、紙片が指で滑った。
横でソフィアが笑いかけて、咳で誤魔化す。リックは小さく「おっと」とだけ。
深呼吸ひとつ。紙束の端をそろえ、入場札を差し出す。
「ええ、違う。——入場札は明朝、選手入口から提示を。遅刻厳禁」
「承知した」
短く頷いて、サーチェスは踵を返す。二歩、三歩。そこで半身だけ戻り、低く。
「明日も見ていてくれ」
「……業務の範囲内で」
無言で会釈して彼は人波に溶けた。
しばしの静けさ。
「ねえ、サーチェスのフラグってやっぱり…」
「やめて……」
ソフィアの囁きに、私は項垂れて咳払いひとつ、受領印をまっすぐに押し直した。
「——次の方、どうぞ」
それから夜が進むほど、“告白めいたお渡し”はゆるやかに薄まり、贈り物だけが棚に残っていった。
片付けの最後、札を裏返して“本日終了”。
ソフィアが小さく伸びをして、あくび。
「甘い波、終わり」
「ん。おつかれさん」
リックがバケツを肩に担ぎながら「ソフィア、揚げパンまだあったら半分こな」と笑う。
パッと声が華やぐソフィア。
「じゃあ、私は飲み物もらってくるわ!」
ふたりのやりとりを横に、私は台帳を片付けながらセイル越しの空を見上げた。
紺色の空に星が並び始めている。
次回【決勝と後夜祭の外




