3-19.屋台と照合
開会式は無事終了。ソフィアの演舞後の選手入場では、それぞれの国が“らしさ”をふんだんに見せつける行進をして、客席は大盛り上がり。
対抗戦自体は、他国からやってきたばかりの代表選手たちの疲労も考えて明日からだ。
今は、彼らも腕章を外して列に混ざり、串やカップを手に笑っている。
(選手たちは楽しそうで良かった。——来賓の一部はそうでもないけど……ね)
フィン先輩が言っていたように、それぞれ国内に問題を抱えているときだ。だから仕方がないと言えば仕方がないのだけど、つい考え込んでしまう。
今はしまいと思っていても、記憶が勝手に貼り合わせを始める。無意識に、見かける人の名前を過去のそれと照合しようとして……
「アン、顔こわいわよ」
その声に、はっとする。
振り向けばいつもの制服に着替えて化粧も落としきったソフィア。両手に蜂蜜レモンのコップを二つ。
気がつけば氷を走らせていた指に、一つを押しつけられて、頬の力が抜けた。
「……ごめん。成功したばかりなのに」
「いいの。調べるのは続けて。けど早撃ちはなしね」
そこへ検品・修理の腕章をつけていないリックが合流し、「よう」と片手をあげた。
「舞台周りは異常なかったぞ。休憩もらったからこのまま——って、顔。固ぇぞ、お嬢」
「二人とも、よく気づくわね」
「そりゃな」
「そりゃね」
リックとソフィア、二人の声が被さり、ソフィアが肩で笑った。
「ほら、もう一回、深呼吸」
リックが紙包みを差し出す。「肉パイ、いるだろ」
「いただく」噛むと熱と胡椒がじんわり。
「おいしい」
もうひとくち蜂蜜レモン。
交互に口に……止まらない。
見上げれば、壁の色帯の矢印がやわらかい。軽音部の口笛が短く鳴った。
「影は——見極めてからよ」
「了解」
私はもう一度だけ外回廊を見渡し、氷をカップの底でコトンと鳴らした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
外回廊の風は甘い。砂糖と香草、焼き粉、油。矢印の色帯がやわらかく灯って、列は優しいまま進む。
私とソフィアとリックの三人で、まずは北境ブースの氷屋台へ向かった。
雲苺×白樺蜜を一口。「ん、勝ち」ソフィアが親指と人差し指で丸を作る。
リックは素朴な牛乳氷で「こういうのでいいんだよ」。
隣の砂海市では手首に一日で消える染め模様をつけてもらえた。「小さめで」私は親指の付け根に星を一つ。通りがかったローゼリアは手首に蔦模様をくるりと。綺麗で格好いい。「気分が上がりますわね」「似合ってます」
海都の露店は音が多い。貝笛を渡されたが——私とソフィアの音はぴ、と細い。
「見た目より難しいわ」
横からリックが奪い、低い一音を通し、職人が潮色の細紐を三人の手首に結んでくれた。
機巧の都では掌大クランク抽選。やってきた時に乗っていた箱がそのまま屋台になっていた。
ソフィアは小当たり、私はチャーム二個。リックはついでに詰まりを直し、屋台の子から銅雀バッジをもらって襟へ留めた。
「職人へのサービス」「似合ってる」「だろ」
屋台の主の少年が、小声で切り出す。
「じつは……この子、夕方になると戻りが鈍くて」
「風が変わる時間だな。羽根の反りがちょっと強い。ここ、半分だけ起こして——油は軽いほうに替えるといい」
リックが紙包みの裏に鉛筆で、ささっと線を引く。串と輪ゴムで簡単な模型を作って見せると、真鍮人形が指先で“こくこく”頷いたみたいに首を揺らす。
「ほら、これで昼風でも夕風でも詰まらない」
「……すご。やってみます!」
話が弾む。羽根の角度、ネジの締めしろ、砂よけの布一枚——言葉が止まらない。
「リック」ソフィアが背中を肘で突く。「列、できてる」
「五分だけ」
「もう十分経ってる」私が咳払い。
「あ、悪い!」
少年が慌てて小箱を押しつけてくる。
「お礼です! 試したら報告するから、また明日も寄ってください!」
「おう。これ俺の連絡先、困ったら呼べ」
三人で屋台の波へ戻る。背後で小さな歯車が、嬉しそうにカチカチ鳴った。
そんなとき——背後から影。
「水、飲め」
サーチェスだ。北境の青年と並んでいる。選手腕章、首にタオル。紙コップを二つ。
(私に?)
「顔に、熱。砂は乾いてもいいが、体は乾かすな」
言いながら、武闘ごっこをしていた近くの子どもたちの襟首をちょんちょんと突き、簡易“足さばき講座”。
「つま先、半歩だけ内だ——そう、押されても倒れない」
子どもが目を丸くして真似をする。
サーチェスは私にだけ視線を戻し、「委員、明日も頼む」とお辞儀をしてから、小さく口角を上げた。
そしてまた子どもたちに向き直る。北境の青年が一言二言サーチェスと話し、私にも会釈した。
その後、リックが串焼きの列に並びに行ってから、回廊の角で庭師さんに出くわした。
交流戦の開始前に渡した安全確認棒を革手袋の手に持って、ご機嫌で石目にこつこつ当てている。
「便利だねえ、これ。目で見えない“緩み”がちゃんと顔を出す」
麻マットを薄く足し、細砂を目地に落として指でならす。どことなくその声が楽しげだ。
(なんだか子どもみたい)
思わずふふっと笑ってしまう。口元を隠すように手を当てると、その手首に、立ち上がった庭師さんの視線が落ちた。
「ほどけかけてるよ」
「え。ああ、ほんとですね」
見ると、さっき着けてもらった組紐の結び目が緩んでいる。
片手で結び直そうとしてもたついていると、頭上から、くすりと笑い声が降ってくる。
「き、利き手のほうに結んでもらったので」
「かしてみて」
庭師さんは手袋を脱ぐと、私の手には直接触れず紐先だけを器用に指でつまむ。くるり、結び目を平に押さえ、きゅ。指先から、葉と土のうすい匂いがふっと香った。
「動きながらでもほどけにくい結びにしたよ——ほどく時は、ここを押すだけ」
「ありがとうございます」
結び目は小さく、角が立たない。走ったり作業して当たっても痛くなさそう。
手首を胸に寄せ、お礼を言った。
「どういたしまして。風の流れも今は心配しなくていいよ。お祭り、楽しんで。」
ひらひらと手を振り去っていく庭師さんの背中を見ていると、ソフィアがそっと近づいてきて他に聞こえない声で囁く。
「あの人、妖精王って肩書きはものすごいのに、やることは地味よね。ちゃんと“庭師”の仕事の手の範囲というかなんというか」
「うん。……変わらなくて安心する」
私は手首を胸に当てたまま頷いた。
ふと、外回廊の列に、わずかなざわめきが起こる。
奥を見ると、エルヴィス殿下だ。紙椀のスープを手に、最小限の近衛を下げて気取らず並んでいる。
人垣から「ほんもの?」「まさか」「いや近衛いるし」なんて声がする。
さらに、その背に近づく人物が現れる。近衛も通す——フィン先輩が殿下の肩を軽く叩いた。
「列に混ざる王太子、健在」
「フィン、君も健在」振り向いた殿下が笑う。
「列は正義だよ」
「それが言える国は、だいたい平和だよね」
殿下が受け取ったばかりのスープにフィンが「いい?」とふっと息を吹き、ひと口。「——熱っ」。殿下は笑いながらハンカチを差し出す。
ただの友達でしかない距離感のふたりがそこに立っている。
私とソフィアは目を見合わせて、小さく笑った。
帰ってきたリックが串だけでなく、もう一つ紙包みを掲げる。「揚げパンあった。半分こな」
砂糖がこぼれて、全員の上唇に白い粉がつく。三人で笑う。
「はい、これ」ソフィアが蜂蜜レモンの二杯目を差し出す。「さっきのより酸っぱめ」
ひと口で目がひらく。「うん、好き」
「そろそろ戻ろうか」
「うん。今日はここまで」
砂床は静か、風は甘い。受信機の窓は青い。
私は胸の奥で息を一つ整えた。
楽しいお祭り回でした
次回【講堂の展示会】




