3-13.フィンの助言
生徒会室の灯りは穏やかで、紙の匂いが薄く立っていた。私とローゼリア、ブルーノ、アレス、サシャ、ソフィアと他委員の子たちが数人(つまりいつもの面々)。机の上には、通行導線と当日の体制図。
そこに、扉が軽く叩かれて、ふわりと紫の髪が覗いた。
「やあ。戻ってきたよ」
「あ、先輩」
フィン・リゼル先輩。院の課程を進めながら、最近は各地の境界を見に行かされることが多いらしい。半分は仕事、半分は旅の愉しみだとか。
塵を払いながら部屋の縁に立つと、手首のブレスレットが揺れて煌めいた。
「今は何の話?」
「行事中の“出待ち”と贈り物の扱いです」
「ああ、人気者はつらいよね。出待ちが渋滞したら、僕は遠巻きに拍手だけして逃げるよ」
「逃げないでくださいませ。列の整理は手を貸していただいて結構ですわ」
ローゼリアが会釈し、ブルーノが椅子を引き、アレスは鼻を鳴らしながら椅子を移った。
私は机上の案を差し出す。
公式の贈り物受付ブースを作ること、その窓口は三つに割ること、名指しの贈り物は委員会預かりにする——そこまで決めたところだった。
「ふむ」
立ったまま一枚、二枚と目を滑らせ、先輩は紙から視線を上げた。軽い笑みのまま、ひと言だけ落とす。
「個人の気持ち、もう少し汲んであげるといいよ。好意の方が、転じるとあとで怖いから」
軽く笑って、短く置く。
「顔を合わせられる場を。直接一言伝えたい子は多い。当番時間内でいい。それ以外は委員会が“そっと預かる”。……それで十分、角が立たないよ」
「“そっと預かる”……」
ソフィアが復唱し、アレスが小さく唸る。
「柔らかいが、筋は通ってる。相変わらずこういうの得意だな」
「記録する」
ブルーノがペンを動かした。
「当番表をわかるように掲示した方がいいかな」
とサシャ。
「あと導線。噂は人が集まるところで立つ。詰まりをなくしてやるだけでもかなり風通しは良くなるよ。
——エルが言い忘れてたって」
「ふふ」
「助言、感謝します」
「うん、どういたしまして。ちなみに危ない差し入れ、旅先の“ベスト3”は——自家製の強すぎる蜜、巻物みたいに長い恋文、あと人の背丈の花束」
「蜜に巻物恋文……それ、大丈夫だったのか」
アレスが眉を顰めて呆れ顔になる。
「最後のも、もはや障害物だね」
ブルーノも目を細め、
「“飴玉一握り”くらいが平和だよね」
とサシャが続けた。
「では甘味は手のひらに乗る適量サイズで。掲示の文面は私が整えますわ」
最後は、そうローゼリアが涼しくまとめる横で、ソフィアが「角が立たない口上、メモっとくわね」と笑った。
「委員のみんなも可愛いから気をつけたほうがいいよ。この行事中って、たいていみんな浮かれてるから。僕みたいなのが多くなる」
「そりゃ確かに要注意だな」
素早くアレスが吐き捨てる。冗談だとわかっている口調だけど、体の向きがほんの少しだけローゼリアを庇う姿勢になり、ブルーノもほんの少しサシャに寄った。
私は、口端だけ笑ってソフィアの椅子を引く。
「“僕みたいなの”って?」
キョトンとするサシャ。
「爽やかな軽口、そして時々の口説き」
フィン先輩が柔らかく笑うと、ほんの一瞬だけ頬を赤らめた。ついでに下級生の子も何人か反応する。
「冗談でも、ほどほどにしてください。後者は“預かり窓口”行きです」
私が嗜めるように言うと、先輩は「はぁい」と肩をすくめ、横を向いてから吹き出した。
部屋の空気が全体的に緩む。ふぅと、息を吐く気配のあと、椅子の足が床をこすった。
「じゃあ、そろそろ。報告書も溜まってるんだよねぇ」
フィンが扉へ向かいかけ、ソフィアがパッと立ち上がった。
「先輩、下まで送ります。アンも」
呼ばれて、はいはい、と立ち上がる。行ってきますとローゼリアに目配せ。短く、了承の頷きが返ってきて、私たちは廊下に出た。
✳︎
正面玄関へ続く階段を降りながら、ソフィアが先輩を横から見上げる。
「先輩、体調は落ち着いてますか」
先輩は片手で手首のブレスレットを軽く鳴らし、いつもの笑みを少し柔らかくした。
「おかげさまで。院での月次点検でも安定してるよ」
「無茶はしないでくださいね」
「うん、大丈夫」
ソフィアがほっと笑って、段の影が少し軽くなる。私はほんの一瞬、庭師さんの姿が頭に浮かんだのを横に置いて(いま聞かなくてもいい)、私は続けた。
「境界の観察は……どうでした?」
「うん。春嵐で“結び目”が緩んだ所が多かった」
さらりと言って、視線を窓の外へ滑らせる。
「少し気になる話を拾ったよ」
「気になる?」
「対外行事、来賓の顔ぶれね。四方から偉いさんが来るでしょ。みんな“国のために”で、熱が高い」
先輩は指を四本立て、一本ずつ折る。
「いま、北境の学院——小競り合いで人が削れてる。砂海の王国は、渇きと物流に問題。海都の学院は嵐と霧と港の群衆障害。機巧の都——事故の頻発と電力の不安定」
「全部、今年の春嵐の影響なんですか」
「ほぼほぼ、そう。長かったもんね——で、四つ、どこも“過激寄り”の人の声が、立ちかけてる。一人の英雄を欲してる。自分の国にね」
ソフィアの指が私の袖をかすめ、すぐ離れた。
「わかってます。だからこそ、今回は“個人を出さない”。群で見せて、仕組みで返す」
「うん。いいと思う。エルもわかってるからそれで合意したんだろうし」
踊り場で足が止まる。窓越しに、雲の層が薄く揺れた。
「先輩、来てくれて助かりました。助言、ちゃんと生かしますね」
言いながら、ソフィアが蜂蜜飴を三つ出した。手の中で包み紙が小さく鳴る。
「ありがと」先輩が笑って受け取る。「じゃ、僕は報告書。二人も体調には気をつけてね」
「はい。先輩も」
紫の背中が角で見えなくなるまで見送ってから、私は腕を伸ばして息を吸い込んだ。




