3-11.世界の正体開示
寮の裏庭のグラスハウス。屋根を風が叩き、葉と土の匂いが混じる中。
「先に名乗ろうか」
ガラスの丸テーブルの前で庭師さんが振り返り、手袋を外して置いた。
「——改めて、私は庭師だ。そして妖精王でもある」
驚きはしなかった。
むしろ胸の奥に、すとんと落ちた。
「……やっぱり」
(というか、この間から隠す気なかったですよね)
少し肩をすくめると、庭師さんの目が少し困ったように柔らかく細まった。
それから真面目な顔に戻る。
「順に話そう」
とん、と指をテーブルに乗せる。
「順に……?」
「うん」
聞きかけて、言葉を引き継がれる。
「“タイムリープの始まりについて”を。」
ソフィアとふたり、ハッと息を飲んだ。
庭師さんは静かに続けた。
「もともと、この世界には“剪定”があった。
力や権が偏ると、未来の葉のため、枝を落として均そうとする力。
——それが最初の夜、“ソフィア”を切ろうとしたものだった」
「!」
「……けれど、アンジェリクさん——君がそれを拒絶した。
強い祈りが、遠くの“この世界と似た台本の世界”をこちらへ呼び込んだ。
それが、きっかけだった」
「な……」
私は言葉を失った。ソフィアが頭を抑えながら「待って」と手を出す。
「似た世界の台本って、つまり、私のやってたゲームのシナリオってこと……よね? それが……えーと、呼び込まれて……?」
「“この世界の上に重なった”。そして、それ以降、台本は『基本的には恋の物語としてハッピーエンドへ連れて行こうとする流れ』を引き、剪定は台本に則ってバッドへ押す形で、やり直しが繰り返された」
ソフィアはあんぐりと口を開け——けれど、すぐにぶるぶるっ、と首を振り、腰に両手を当てた。
「……なるほどね」と、ひと息。「つまり……『補正力』の正体がようやく見えたわ。二つの流れが共存しつつ喧嘩してたんだ。ソフィアを殺すか幸せにするかって」
庭師さんは困ったように眉尻を下げて、頷いた。
私も話を飲み込もうとする。そのために、もう一つ気になったことを尋ねた。
「剪定には意思があるんですか? 妖精市でソフィアの名前が消えたのは……」
「いや、意思も悪意もない」
きっぱりと言い切って、庭師さんは小さく息を吐いた。
「あれは境界が薄くなる夜だったから、目に見える形で現れたみたいになった。けど、消したのは妖精の“些細な”悪戯だよ」
それは身内に対して向ける、小さなため息みたいだった。
硝子の天井を叩く風がほんの一拍、穏やかになる。
「ごめんね、不安にさせただろう」
「……いえ。そうだったんですね、というだけで」
私は首を振った。強がりではなく、納得できた。
庭師さんは目を細めながら続けた。
「つまりね、剪定自体に、直接人に手を出す力はない。人を操っているわけでもないんだ。ただ因果のタイミングを整えてしまうだけ。実行した当人ですら、何かに動かされたとは思わず、“風向きの良さ”を感じるくらいで終わる」
その説明で思い出す。
一年の時、ソフィアを突き落とそうとした女子たちは『(踊り場で)切れ目ができたとき、今だって思った』と語っていた——あれ。
(ああいうことなのね)
「だから、最後の夜は形を変えてでもやって来たんですね。他の学年の危険もそう。私が何をしても恋人しか助けられなかったのも、恋物語の台本っていう補正が働いていたからで——」
そこまで噛み砕いてようやく心の底から腑に落ちた。
「火種は一つでも働く。だから今回、君たちの“作らない”はとてもいい判断だ。
——補正がわずかに急いだほどにね」
庭師さんの説明に、ほっと息を吐く。
(目指すところは、間違っていない)
そう思った時だ。
「ちょっと待って、もう一回待って」
ソフィアの真剣な声が割り込む。
「本当に台本どおりにする力が働いてるなら、今回はどうして違うの? 私、恋人はできてない。けど、アンが助けてくれたことならあったわよね」
庭師さんの肩がぴくりと動いた。
それからごく静かに、でも、誤魔化しのない声で言った。
「それは——端的に言うと、今周回が始まりだしてから台本がもう破綻寸前なんだ」
私は目を剥いた。
「なんで!?」
ソフィアも叫ぶ。
庭師さんは苦笑し、少しだけ視線を床へ落とした。
「理由の全ては……まだ明かせない」
ソフィアがはぁ?という顔になる。私も戸惑った。
「どうして……」
「だけど、一つだけ、伝えられることもある」
顔を上げた庭師さんの翡翠の瞳が、まっすぐ、私とソフィアを見た。
「今周回、早い段階から弱り始めていた台本は、昨年の秋でさらに大きな打撃をくらった」
「秋……?」
「誓灯祭だよ。
ソフィアさん——君、何かを誓ったね」
視線を向けられたソフィアは一瞬とぼけた顔をしたが、すぐに思い至ったようで、「え、あれが?」と頬を赤くした。
「なんなの?」
聞くと、ソフィアは唇をへの字に結び、視線をずらす。私は、首を傾げながら、あの祭りの日を思い出した。
(たしかに、あの時、真面目な顔で何か考えてたみたいだったけど)
「言わなきゃだめ?」
「言おう。声にするのも大事だから」
庭師さんが促す。ソフィアは観念して、両手を腰に当てた、その仁王立ちスタイルのまま、ため息を吐いた。
「札に書いたの。
『私はもうハーレム目指さない!』って。
……バカっぽすぎて、ごめん」
(へ?)
私は瞬きを落とした。
「そんな直球を……」
庭師さんが口に軽く拳を当てて微笑む。
「ふふ。でも、その直球が“台本”の力をものすごく弱めた」
「ものすごく?」
「ものすごく」
思わず聞き返した私にも、またいつもの茶目っ気を含んだ声で答えてくれる。
そして、言った。
「だから——この周回が最後になる」
あまりにも、あっさり。
「衝撃」と言うには、あまりにも静かに。
ことり、と胸の中に何かが置かれた音がした。
「……終われる」
「終われるよ」
私の一言に、庭師さんが優しく、しかしきっぱりと被せる。
「だから、どうか無事に乗り越えて」
「っ……ええ」
考えるよりも先に答えていた。手を見つめ、握りしめる。
かつてのように、この世界に宣言するみたいに。
「——今度こそ」
道筋もゴールも、わかった。
ソフィアと目を合わせて頷いた。
(あとは自分たちを信じるだけ)
次回【殿下の来訪と、避雷板と庭師】




