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親友ポジのタイムリーパーは、転生ヒロインのハーレムを阻止したい 〜台本を閉じる方法〜  作者: 月乃ふくや
三年目の序章・世界の正体〜アンside〜

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3-06.雨だまりの会話



 寮のサロンの隅。


 屋根に落ちる雨の音は遠い。


 暖炉の火は強すぎず、橙が揺れるたび、壁の縁の影がほんの少し伸びては戻る。


 朝の授業まで、まだ間があった。

 人の気配はまばらで、ダイニングの椅子の脚が床を擦る音もここまで届かない。


「アンって、雷、ダメだったのね。管理人さんから倒れたって聞いて驚いた」


「ええ」


 ソフィアの声は、湯気の向こうでやわらかい。私は頷いて、白湯のカップを両手で受けた。


 指の腹が、陶器の滑らかさに落ち着く。


「苦手なものなんてないと思ってた。可愛いとこもあるのね」


「私のことなんだと思ってるの?」


 冗談半分の調子に合わせて、口端だけで笑う。そこでソフィアが顎に指を添え、少し真面目な顔になる。


「“正解を知ってる人”……みたいな? なんでも即決即断、はいできた! ってタイプかと」


 小さな棘が胸の内側に刺さる。


 一拍おいて、私はふぅと息を落とした。揺れる湯気を目で追ってから、手を肋の下へ置き、鼓動の高さを一段下げてから切り出す。


「——少し、私の話、聞いてくれる?」


 ソフィアが、重心をわずかに前へ。聞く姿勢。椅子の背が軽く鳴る。


「私、そんなできた人間じゃない。苦手なものも本当は多いの。昨日の雷もそう。他にも、嵐、銀ナイフ。閃光もあんまり。血は……慣れたほうだけど、それでもあなたが目の前で傷ついたら、多分、取り乱す。特に“三年生”は毎回、脆くなる自覚があるの。……怪我しないでね」


 言いながら、指先がカップの縁をなぞる。陶器のわずかな欠けに触れて、止まる。


「……気をつける。 もしかしてぜんぶ“ソフィア”がらみ?」


「ええ。……あとは、火」


「アレスの火? 一年の時に向けられたって聞いたけど」


「彼の火は対処できる。——違うの。私が火で壊したから」


 雨の打つ音が一拍だけ強まる。


 私は視線を落とし、掌を見つめる。


 過去の煤の匂いはもう残っていないのに、指の節が少し固く思える。


「人攫いの拠点を見つけて、証拠を残して、燃やして潰した。結果、そこは折れた。けど、それで、誰かの運命を歪めたかもしれない」


 言葉を置くたび、暖炉の火が小さく鳴る。


「私ね、いろいろ試したの。その中で“最後の夜”に来る手は三つ見た。誘拐、排除、個人の怨恨。——あなたは知ってた?」


「……知らなかった。ゲームでは詳しく書かれてなかった」


「そう……」


 ソフィアの指が自分のカップの縁を一周だけなぞる。私はうなずき、列挙するというより、順に置く。


「誘拐は、外部の依頼主がソフィアを“使うため”に組織へ拉致を発注して起きる。でも、当夜、抵抗された瞬間に殺害へ切り替わる——口封じ。

 排除は、最初からソフィアを“危険視”した別勢力が、殺すつもりで動いてくる線。

 個人怨恨は、私怨の単独犯」


 ソフィアの喉が小さく鳴る。


「一度、誘拐の手を事前に叩いたら、排除の手が立った。次の周回、攫う手と排除の手を同時に潰したら、個人の犯行になった。

 それ以上は、さすがに断念した。そうしたらあとはまた誘拐の手に戻った。

 補正かもしれない。でも……私が道をいじるほど、無関係でいられたはずの誰かが罪人になるかもしれないって、怖くなった」


 ここまで言って、ようやく呼吸が少しだけ軽くなった。


「……そっ、か」


 ソフィアの視線が私の手元で止まり、それから顔に戻る。彼女は湯をひと口飲み、唇の水気を袖でおさえた。


「じゃあ今回は? ……話したってことは、なにか思うところがあるんでしょ?」


「ええ」


 私は顔を上げ、雨の音と暖炉の音の間に、ひとつだけ言葉を落とす。


「“火種を作らない”だと思ってる。私ひとりでは手が届かなかった。けど、ひとりじゃないなら。……できると思うから。もう一度、頑張りたい」


「十分やってると思うけど」


 いつもの調子で軽く刺してから、ソフィアは短くうなずく。「わかった」


 雨脚が一段やわらぐ。屋根の上で粒が細かくなったのがわかる。


「じゃあ、私は、誘拐のきっかけになるような『利用したい』も作らない。

 危険視されて“排除しよう”って思われるほど、ひとりで背負い込まない。

 個人的な恨みも……できるだけ“爆発する前”に拾う。

 あと私の“友だち”にも頼むわ。言ってたの、裏回しは割と得意だって」


 私は目を見開き、すぐに息を整える。


「その友だち……頼もしいわね」


 ソフィアが少しだけ挑む笑い方をする。


「でしょ。大丈夫。ふたりで超えよう。ううん、たくさん借りよう。みんなで、分けて、守るのよ」


 机上でソフィアの指が、私の人差し指にかすかに触れて離れた。短い合図。胸の真ん中の硬さがもう一段、ほどける。


「準備、始めよう」


「ええ。誰にも罪を背負わせない道を敷く」


 暖炉の火が、控えめに、ぱち、と鳴った。


 まだ雨は降っている。けれど、聴こえ方が違う。


 窓の外の石畳にできた小さな水の輪が、ひとつずつ静かにほどけていく。


 椅子の背を押して立ち上がると、布の擦れる音が、さっきより軽かった。


次回【殿下への手紙】と【速い風】

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