3-04.春の嵐のあと・寮での目覚め
灰色の朝が、まぶたの裏から入ってきた。
最初に気づいたのは喉の渇き。
次に、肋の下に残っている“軽いノック”の感覚——『ここ。息』の合図。
目を開けると寮の天井。毛布は二枚。足元では新聞紙の上に私の靴が伏せられ、傍らにタオルが山になっている。
窓の結露が細く流れ、外はまだ濡れている。
上体を少し起こすと、肩がぎし、と文句を言った。
濡れた生地の匂いはもう薄い。代わりに、麦湯の甘い匂い。
枕元に紙切れ。寮の管理人さんの丸い字で——
〈起きたらこれ飲む。熱が出たら呼ぶこと。雷、怖かったね〉
ゆっくり息を吸う。合図の場所にそっと触れる。吸って吐く。二度、三度。
(大丈夫)
胸の開き方を、体が思い出している。
ノックもせず扉が少しだけ開いて、管理人さんが顔をのぞかせた。
「起きた?」
「はい。すみません、お騒がせしました」
「いいのいいの。嵐の夜は誰だって弱るよ。ほら、麦湯。蜂蜜、少し入れた」
湯呑みを受け取る。温かさが掌に沁みる。
「……昨夜、私、どうやって」
「庭の人がね、びしょ濡れで抱えてきたの。『転ばせずに済んだ』って。寮まで送って、すぐ戻っちゃったけど」
「戻っちゃった」で胸の奥がそわ、と動いた。頷いて、湯をひと口すする。
「今日は休んでいいのよ」
「大丈夫です。朝のうちに少し行きたいところもあるので」
「無理はしないこと。あ、これ、干しといた」
椅子の背に、私の外套。丁寧に整えられ、布の端がやわらかく乾いている。
管理人さんが出ていく。
着替えを出し、短い髪に櫛を入れる。
鏡の中の自分は、目の下にだけ夜の名残を抱えていて、それでも思ったより平らだった。ほんの少し指先に氷を集めてひと撫でするだけで済む。
肋の下にそっと触れて、息をひとつ整える。ここにあった感触がよみがえる。
背中からまわった腕の温度、土と青い草の匂い——そして、あのひと言。
『君、だめだ』
全部、古い記憶と重なった。
(行こう。……聞く)
窓の水滴が一本ずつ細くなり、雲の切れ目から薄い光が落ちた。
襟を正して立ち上がる。
足の力はしっかりしている。
寮の扉を開けると、雨は薄くなっていた。
私は魔法で雨を弾き、そのまま温室へ向かった。
次回【春の嵐のあとの温室】




