3-03.夢の独白
※あの夜
古い雨の匂い。
音が近い。部屋の灯りが揺れて、窓が白くはぜる。
卒業式まで、あと少し。
荷を詰めた木箱、紐、メモ。私は片付けをしている。時計の針は五時。
食堂に行く前に、ノック。
——コン、コン。
返事はない。ソフィアの部屋。もう一度。コン、コン。
(——だめ)胸の奥で声が跳ねる。何がだめなの?
戻っても、部屋は暗い。
胸の奥で、小さな針が動く。
管理人へ連絡。声は低い。騒がない。
合図。
教師、数人、灯りを抑えた探索。
彼女と近しい人たちが加わる。
足音。
濡れた外套。
私も混ざっている。
雨脚が強まる。匂いが変わる。土と鉄。
冷たい湿気が肺の奥に降りてくる。
(知っている。この先に向かう場所を。ううん、知らないはず——でも、知らないのに覚えている。)
そして、礼拝堂の裏、崖下。
灯りの輪の端に、赤がいる。
桜色は、桜色じゃない。
踏み荒らされた花びらの色。
髪が乱れ、首が歪み、口が半開き。息がない。
「……ソフィア?」
呼ぶと、声が水に吸われる。
膝から力が抜ける。けれど、近づこうとして——
「君、だめだ」
背から腕が回る。
肋の下。
ぴたり、と止まる。
土と青い草の匂い。
抱きすくめられる。動けない。女の私には酷いものを見せないための腕だと、頭のどこかでわかる。
彼らが私の横を駆ける。
濡れた靴音。布が擦れる音。
名を呼ぶ声。
抱き起こされる体。
胸元に銀。尖った線。
事故じゃないと世界が先に知っている。
私は叫ぶ。
水に沈むみたいに——叫びだけが続く。
届かない。
「どうして——!」
爪が、抱きとめる腕に食い込む。
力はほどけない。
雷が落ちる。礼拝堂の尖塔の向こう、白が走る。
暗い天の奥から、音が腹へ突き刺さる。
唇を噛む。
言葉が出る。
(天まで怒るなら、どうして誰も、助けてくれなかったの——!)
「恨むわよ、神様!」
視界が白で弾ける。
直撃。
何もなくなる。
(——そうだ。この瞬間だ。)
白い世界。
この後、入学した日に巻き戻った時から——
(私は世界でひとりきりになった)
胸の奥で湧いた言葉。泥みたいに、息が飲み込まれる。
浮上しない。沈む。
その時、肋の下——指先のような軽いトン。
そこから、息が入った。
次回【寮での目覚め】




