10.図書館奥の青 ブルーノ紹介回
片目隠れメガネ男子…
クール系?いえいえ真面目系男子の紹介回。
攻略も邪魔も、まずは相手の人となりを知るところから。
まずは簡単そうなところから行こうと思う。
(たとえば——彼。)
ポケットの転移石を爪先でタップする。ひゅん、と風を切る音。校舎端の塔のような建物の前へ即座に移動し、そのまま扉を押す。
中は古紙とインクの匂い。天井まで届く棚にぎっしり詰まった書物。
湾曲した壁際に沿って棚が並び、通路にも規則正しく列が立つ。
塔の内側に迷路でも作ったみたいだが、私は一気に階段を登り最上階へ。
途中、ひそひそ声の学生が通り過ぎる。
「なあ、あいつ、いつも奥にいるよな」
「あの平民。志望、王宮魔導士だって」
「奨学生のピンつけてたから、単位落とさねえように必死なんだろ」
「いや先生が『知識量は大人顔負け』って」
「アレス様とずっと張り合ってるとか」
最上階のさらに最奥——教師や研究者用の専門書が多く、滅多に人の来ない静域。
天井下で古い掛け時計が薄く刻む音だけが残る。
そこを好む者を私は知っている。
その最たる人物が、ブルーノ・オーシャンだ。
周回ノートを開く。初日の判定で教室を水浸しにしてもしれっとしていた彼だが、一言で表すなら“勤勉”。これに尽きる。
彼は物心ついたころから身の回りの水を操ることができて、両親を狼狽させた。
家は無爵の平民。高位とされる属性魔法をきちんと教えられる大人など身近にいない。
才能は嬉しい。けれど、それにふさわしい教育を用意してやれない——
聡明な彼は、両親のそんな悩みに気付いていた。
それなら——と決めて、誰の目がなくても続けられる努力を選んだ。
たとえば、通っていた学校の書架を、端から端まで読み切った。
水を扱う練習は毎日。失敗すれば拭き、またやる。
試行錯誤の記録は、手の甲の小さな傷の数に比例して増えていった。
やがて彼に気付いた一人の教師が、奨学制度つきの受験を勧め、推薦状を書いた。そうして彼はこの学園に来た。
(——というのが過去のソフィアから聞いた彼の半生。多くの周回で、彼は三年間、自分の夢のために、学園に行かせてくれた両親のために勉学に打ち込んでいた)
その代わり、学業以外には徹してドライ。突っかかるアレスも、廊下の黄色い声も、おおむね無視。眼鏡と長めの前髪で片目を隠しているところもあいまって冷たく見える——それを“クール”と持て囃す声もあったけれど。
(……ソフィアと出会うと、少し変わるのよね)
“出会うと”というか、“恋に落ちると”。
——図書館の最奥。置き忘れた栞を無言で差し出した彼に、ソフィアはノートを指して笑った。
『ここ、式の運びが綺麗。丁寧に考えられてるのがわかる。あなたのノート、好き』
彼は「そうか」とだけ返し、眼鏡を押し上げた。耳の先をほんの少し赤くして。
それ以来、二言三言、言葉が増えたらしい。
彼は整った容姿と頭の良さで称賛も嫉視も浴びる。少し、疲れていたのだと思う。努力を正当に見てくれる相手に惹かれるのは自然だ。
そうして二人の交流は、彼の対人距離にも影響を与える。勉学一辺倒だった視線が、人へ——たとえばアレスへも向く。無視でやり過ごしていた口論を、軽口の応酬に置き換えられるくらいには。
(……見守っていた頃から思っていたけど、安い恋小説並みに“ちょろい”……気もするわ)
まあ、人が恋に落ちる瞬間なんて、案外そんなものかもしれない。ほかの元恋人——攻略対象たちも、きっかけは単純だった。
「……“自分をちゃんと見てくれたから”は、好きになる理由として十分だものね」
ひとり頷く。
「でも、逆に言えば、それは“ソフィアじゃなくても良かった”はず」
——たとえば、初日に水だったあの子、とか。
部屋の端に目をやり、目当ての人物を確認する。私は、口元に悪い笑みが浮かぶのを、自覚した。
次回【水属性女子、凹む】




