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不必要なわたくしは売られました

作者: 満原こもじ

 オークショニアの芝居っ気ある声が響きます。


『お集りの紳士淑女の皆さん、よろしいですかな? 一万からまいります』

「一万三〇〇〇!」

「一万五〇〇〇!」


 フォモール王国では例外を除き、初めて爵位を得る時は準男爵となります。

 準男爵は一代限りです。

 ただし代替わりの際に更新ができるのですね。

 一定以上の金額を国庫に納めれば、次の代も準男爵として認められます。


『一万五〇〇〇などという寝言が聞こえていますよ?』

「一万八〇〇〇!」

「二万五〇〇〇!」


 二代準男爵を務めると、フォモール貴族としての心構えと忠誠心を認められるのですね。

 三代目、つまり二回目の更新からは世襲の男爵になるチャンスがあるんです。

 ただ男爵になるにはかなりの更新料が求められます。

 男爵以上は封地をいただき領主貴族となりますから、当然と言えば当然なのですけれど。


『まだ安い、全然安い二万五〇〇〇、二万五〇〇〇です』

「三万!」

「三万五〇〇〇!」


 うちラップ家は曾祖父の代は羽振りのよい商家だったそうで。

 準男爵号を購入し、上流階級に商売で食い込もうという意図があったようです。

 曾祖父はやり手だったのですね。


 ただし跡を継いだ祖父は、どちらかというと趣味人でした。

 わたくしも祖父には大変可愛がってもらいましたが、商才はあまりなかったようで。

 商いは縮小し、現在の収支もそこそこです。


『三万五〇〇〇が出ました。しかしまだまだ。トリル嬢の天性の麗質を見逃していませんか?』

「四万!」

「五万五〇〇〇!」 


 父はラップ家が準男爵となって三代目になります。

 三代目ともなると、当然男爵への昇爵を見据えるものです。

 後押ししてくれようとする人もいるのですね。

 フィール商会の娘である母が嫁ぎ、代替わりの際の更新では男爵を目指すことになったのですが……。


『さあ、ちょっと値段らしくなってきましたか? 勢いが出てきましたか? 五万五〇〇〇です』

「六万!」

「七万!」


 母が亡くなると、父とフィール商会の折り合いが悪くなってしまったのです。

 フィール商会の援助が期待できないとなると、わたくしに婚約者を迎え、その実家に頼るのが順当な手段だと思います。

 わたくしはよりよい婿を得るために優秀であることが求められ、懸命に学んでまいりました。


『七万結構。当然まだ上がありますよね?』

「八万!」

「ええい、一〇万だ!」


 祖父は実際に富裕な家からわたくしの婚約者を得る方向で動いていたようですが、父の取った手段は違っていました。

 クアーク男爵家から後妻をもらったのです。

 クアーク男爵家は大して富裕な家でもないので、援助は期待できそうにありません。

 方針を巡って祖父と父との対立が目立つようになりました。


『一〇万、大台に乗りました。さあどうだ。まだあるか?』

「一〇万二〇〇〇!」

「一〇万五〇〇〇!」


 継母が言ったのです。


『トリルを売ればよろしいのでは? 美少女ですからかなりの値がつくと思われますよ』


 わたくしを売る?

 継母との間に弟も生まれましたから、わたくしは不必要になった?

 売ってお金に換えればうまくいく?

 優しかった祖父は大反対でしたが、急死してしまいました。

 父が跡を継ぐことになります。


『煮詰まってきたか? ただ今一〇万五〇〇〇だ』

「一一万五〇〇〇!」

「一二万だ!」


 父と継母と異母弟のラップ家で。

 父の前妻の娘であるわたくしは要らない子なんです。

 わたくしを売ったって男爵号を買える金額になんて届きっこないのに。


『一二万! 一二万ないか?』

「三〇万!」

「えっ?」


 いきなり三〇万に跳ね上がった?

 それだけあればかなり男爵号に近付くのでは?

 いずれにせよ売られるわたくしに、ラップ家のことは関係ないですけれども。


『出た! 三〇万! 三〇万ないか? 三〇万で決定だ!』


 オークショニアのハンマーが打ち鳴らされます。

 三〇万なんて高額でわたくしを買ってくれたのはどういう方でしょう?

 娼館や変態親父でなければいいなあと思います。


          ◇


 ――――――――――エイブラハム・ペールバイロン侯爵視点。


 無論、フォモール王国で人身売買は禁止されている。

 が、どこまでが人身売買に当たるのかはグレーゾーンだ。

 極端なことを言えば、金で人を雇うことすら禁止行為になってしまうから。

 結局魔道ないし物理的な拘束を伴わないならば黙認されているのが現状だ。


 今回、準男爵の家格を持つラップ家が娘を売り出すという。

 何でも男爵昇爵のために金が必要なんだそうな。

 理屈はわかるが、仮に男爵になれたとしても露骨に娘を売ったような輩が社交界で相手にされるとでも思っているのだろうか?

 自力で稼ぐだけの才覚もないのに、まともな領経営ができるとも思えんしな。


 わしがオークションに参加したのは暇潰しだ。

 たまたまオークショニアと知り合いで、侯爵様が顔を出してくれれば箔がつくからと誘われただけ。

 まあ人脈は重要だから。


 オークションにかけられた少女の名はトリルと言った。

 ハッとするほど美しい少女ではあった。

 なるほど、高く売れると考えただけのことはある。


 おそらくわしの末の内孫シセロと同じくらいの年齢だろう。

 観察していると、件の少女は美しい以上に落ち着いていることに気がついた。

 自分の運命を諦めきっているわけでもなさそうだ。

 行く末を見定めようとでもしているのだろうか?


 逃れられぬと知りながら、泣くでも騒ぐでもなく。

 ……売られるような子だ、当然ラップ家でも面倒な立場に置かれているんだろう。

 その立場があの少女を精神的に成長させている?

 わしも人を見る目にはそれなりに自信があるが、トリルなる少女には注意を払うだけの価値があった。


 それに対して……孫のシセロに思いを馳せる。

 快活な子であったのに。

 事故で片足を失い、やる気を失ってしまった。

 二人の兄が優秀であるため、ペールバイロン侯爵家としてはシセロに期待することはないということもあるのだが。


 トリルなる少女を見よ。

 彼女は売られる身でありながら先を見んとしているではないか。

 あの姿勢をシセロにも見習って欲しい


 不意に思いついた。

 あの美しい少女を買って、シセロの側に置いたらどうなる?

 不遇な少女を救うと同時に、シセロが意欲を取り戻す助けになるのでは?


 天啓のような気がした。

 従者に指示を出す。


「三〇万!」


 わしにとっても少々覚悟のいる金額ではある。

 しかしシセロのためと思えば惜しくはない。


『出た! 三〇万! 三〇万ないか? 三〇万で決定だ!』


 ラップ家にくれてやる。

 手切れ金代わりだ。

 男爵領にも色々ある。

 三〇万では経営の難しい、安い男爵領しか選べないだろうが。


 ラップ家よ。

 領主貴族として認められたいなら生き残ってみせろ。

 そしてトリルよ。

 君の人生はわしが買った。


          ◇


 ――――――――――シセロ視点。


 ペールバイロン侯爵家当主の爺上が言った。


「シセロよ。そなたのために買ってきた。足代わりだ」


 また義足か。

 いくら訓練しても元の足には戻らないのに。

 と思ったら、予想と全然違うものが出てきたぞ?


「トリルと申します。よろしくお願いいたします」

「えっ……ああ、シセロだよ。よろしく」


 艶のある亜麻色の髪に整った目鼻立ち。

 ちょっと見たことないような美少女で、反応が遅れちゃった。

 買ってきた?

 足代わり?

 どゆこと?


「大事にするのだぞ」

「はい」


 爺上はさっさと去ってしまった。

 えっ? それだけ?

 後はトリルから聞けということか。

 こんなに可愛い子と差し向かいなんて、嬉しいというか恥ずかしいというか。


 でも右足を失ってから、こんなに気分が浮き立つのは初めてのような気がする。

 爺上はやるなあ。

 多分無気力なんてのは、ペールバイロン侯爵家に相応しくないと思ってるんだ。

 発奮しろということだろうけど。


「ええと、座ってくれる?」

「はい、ありがとうございます」

「トリルだったね。悪いけど、君のことを説明してくれる? 僕も状況がわかっていなくて」

「はい。わたくしは……」


 何々?

 ラップ準男爵家の令嬢で?

 男爵昇爵を目指す家の方針と継母の存在で居場所がなく?

 売りに出された?


 ひどい話だな。

 だからトリルは家名を名乗らなかったのか。

 憤りを覚える。


「わたくしもまだ未成年ですから、何かと自由が利きませず。とにかく実力を蓄えて、売られた先から逃げだすつもりでおりました」

「随分率直だね。あれ? うちからも逃げるつもりでいたの?」

「まさかペールバイロン侯爵家に買われるとは思いませんでしたから」


 そうだよね。

 可愛い女の子を金で買うなんて、どんな魂胆か想像はつく。

 爺上はトリルを救うっていう気持ちもあったのかな?


 ……一方でトリルはうちから逃げないとも言ってないことに気付いた。

 でも少なくとも成人年齢まではいるつもりなのかな。


「トリルはいくつなの?」

「おっぱいの数ですか? 二つです。小さくて申し訳ありません」

「おっぱいの数じゃないよ!」


 何これ?

 冗談なのかな?

 あっ、僕を元気付けろって言われてるからか。


 何てことだ。

 うちに来たばかりの子にまで気を遣わせてるじゃないか。

 僕、しっかりしろ!

 

「トリルの年齢は?」

「一〇歳です」

「僕と同い年だね」

「シセロ様は一二歳で王立学校に入学と聞きました」

「……順調なら、そうだね」


 事実上、王立学校卒じゃないと貴族として認められないという現実がある。

 僕は投げやりになって、全てを諦めた気でいたけど……。

 考えてみればまだ入学まで二年もあるのか。

 間に合うな。


 そうか、トリルは僕を王立学校に入学させることを自分の仕事と見ているのか。

 僕が貴族として生きるために必要なことではあるし。


 トリルと目が合う。

 落ち着いた目だ。

 結構な人生の波乱の中にいるはずなのに。

 どうせなら……。


「トリルも一緒に勉強しない?」

「よろしいのですか?」

「ぜひ。君と一緒に王立学校に通いたいんだ」


 とても嬉しそう。

 誘ってよかった。

 そうだ、学校に通うなら義足で歩く練習もしないとな。

 急にやることが増えた。

 でも明るい未来が見えてきた気がする。


 トリルのおかげだな。

 爺上は女一人で単純なものだ、とか言いそうだけれども。

 きっかけなんて単純でいいんだ。


 微笑みながらトリルが言う。


「わたくしも王立学校に通う予定で勉強をしておりましたから。ムダにならなくて嬉しいです」

「そうだったんだ? トリルは真面目そうだから、ひょっとしてかなり試験勉強進んでたりする?」

「一応一通りは終えております」

「えっ?」


 準男爵家の令嬢がもう? 何故に?

 いや、準男爵家だからってバカにするわけじゃないけど、教養や成績によるマウント合戦が激しいのは高位貴族だよね?


「わたくしがともに学ぶからには、シセロ様にしっかりと学力を身につけていただきます。絶対に妥協しません」

「ひっ、ひええええ!」


 思わず悲鳴を上げてしまった。

 トリルから立ち上る初志貫徹オーラが尋常じゃない!

 爺上はここまでトリルの素質を見抜いてたのかな?

 皆怖い!

 

           ◇


 ――――――――――二年後。トリル視点。


「いよいよですね」


 王立学校の入学式です。

 まあ貴族であれば入学試験に落ちるなんてことはまずないのですけれどもね。

 問題はどのクラスに配属されるか、なのです。


 シセロ様は、ついでにわたくしも最優秀クラスに組み分けされました。

 ペールバイロン侯爵家の令息としてまずは合格点と言えるでしょう。

 わたくしも肩の荷が下りました。


「いよいよだね。これからもよろしく」

「もちろんですとも」


 二年前にわたくしがペールバイロン侯爵家の当主様に買われた時に言われました。


『シセロという者がおる。わしの長男の第三子だが』

『はい』

『事故で右足の膝から下を失ってしまってな。以降、何事にもやる気を失ってしまっているのだ』


 もったいない話だなあと思いました。

 やる気があれば何でもできるでしょうに。


『元は活発な子だったのだが。このままではムダ飯食らいだ。シセロのためにもペールバイロン家のためにもならぬ』

『わかります』

『そこで君に指令だ。シセロを立ち直らせてくれ』

『……シセロ様を愛されているのですね』

『うむ』


 愛されるシセロ様は羨ましいなあと思いました。

 わたくしには縁のない感情だと思いましたから。

 しかしわたくしを文字通り買ってくださった当主様の期待に応えねば。


 それから二年間、ともに学びともに喜ぶ関係を築いてまいりました。

 シセロ様は義足での歩き方を猛練習し、言われなければ右足が悪いなんて思わないくらいには自然に歩けるようになったのです。

 王立学校に入学、最優秀クラスに配属という、まず第一ミッションをクリアしました。

 ホッとしています。


「ねえ、トリル。考えてくれた?」

「まだ一二歳ですよ? 当主様や次代様の命ならともかく、シセロ様が考えるべきことではないと思います」


 シセロ様に言われているのです。

 婚約者になってくれと。

 でもシセロ様はペールバイロン侯爵家の次代様の三男ですよ?

 いずれどこからか婿にどうかという話が来ると思います。


「ちぇっ、トリルは真面目だなあ」

「でも嬉しいです」


 本心ですよ。

 シセロ様はとてもお優しいですから。

 実家のラップ家では邪魔者のわたくしなんかを求めてくださって。


 ラップ家ですか?

 男爵に叙爵されましたよ。

 しかし当主様に聞いた話によると、予想通り経営には苦戦しているようで。


 ものを知っている祖父でも商売は難しかったくらいですから、人間が甘くて見栄っ張りの父に領の経営なんてムリなのでは?

 早晩爵位返上に至るのではないでしょうか。

 いえ、実家のことなど今は何とも思いませんが。


「トリルは先のことを考えているの?」

「先のことですか。王立学校卒業まではペールバイロン侯爵家でお世話になろうと思います」

「えっ? うちを出るつもりなの?」

「シセロ様を立ち直らせろ、というお仕事でしたから」


 シセロ様衝撃を受けていますけれど、当然ですよ。

 使命は果たしたと思います。

 三〇万に相応しい働きだったかと言われると、ちょっと判断はつかないですけれど。


 卒業後は女官かガヴァネスとして身を立てることになるでしょうか。

 あるいはどなたかから引きがあれば、嫁ぐという選択もありそうです。

 わたくしを救ってくださったペールバイロン侯爵家には恩がありますが、婚約者というのはどう考えてもシセロ様の人生の障害になってしまうと思います。


「シセロ様には陽の当たる人生を歩んでもらいたいのです。それがわたくしの望みです」

「……さっきの嬉しいというのは本音だよね?」

「婚約の話ですか? もちろんです。シセロ様は努力家の貴公子ですから」

「……うちには余分の子爵号があるんだ。僕が優秀と認められれば分家も認められるはず」


 驚きです。

 シセロ様にはそんな考えがあったのですか。


「僕は必ず分家と君との婚約を認めさせる。だからその時は……」


 わたくしを求めてくださる熱っぽい目。

 先のことはわからないですが……。


「……信じてもよろしいですか?」

「信じてくれ!」


 返事に代えてシセロ様の頬にキスしました。

 もう、驚いたような顔で見つめてもダメですよ。

 わたくしだって恥ずかしいのですから。


「僕、頑張るから」

「期待しておりますよ」


 果たされるかなんて約束できませんよね。

 まだ幼いわたくし達の、淡く儚い思い、そして希望です。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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爺上様お目が高い シセロはこういう優秀な嫁はかじりついて蹴散らしてでもゲットするべき 優秀で強メンタルなのは周囲にわかるだろうから 在学中からスカウト縁談降るようでしょうね 負けるなよシセロ
ボーイとガールのやり取りが可愛らしく瑞々しいですね。
競りの場面で出てくる金額の価値がよくわかりません。30万が侯爵でも中々の出費と言っているのでそこそこお高いというのは分かるのですが主人公が自分の価値(買値)の事を語っていてもどれ位の重みがあるのかわか…
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