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01. コンテとトンボ鉛筆-03

翌日、ヘジュンは南大門の画材店へ向かった。

4Bの鉛筆と消しゴム――これらは文字通り数十本、数十個単位で買い置きしておくべきものだという。

絵の具は一部の色を除き、ほとんどが外国製で、国産と比べて十倍以上の値段がついていた。

なかには1本でほぼ1万ウォン近くする色もあり、そんな絵の具が二十色以上も必要だった。

筆もできれば種類ごとに揃えたかったが、質の良いもの――特に指定された筆は目が飛び出るほど高価だった。

結局、必需品だけ五本だけに絞って購入した。

国産だったのはパレットと画材箱だけだった。

パレットも高級品はかなり高かったが、それだけは少し妥協して手頃な国産品を選んだ。

「わあ……家庭教師して貯めておいたお金がなかったら、絵の具一本さえ自由に買えなかったかも。なんでこんなに高いの……」

家に帰ったヘジュンは、画材を整理しながらひとりごちた。

何か買い忘れはないかと確認していたとき、ひときわ目に留まったのは鉛筆型のコンテだった。

真っ黒で、硬く、それでいて普通の鉛筆とはまったく違う趣を持つ素材だった。

画材店の店主がサービスでつけてくれたクロッキー帳に、コンテでそっと線を引いてみた。

線を引くのには少し力が要ったが、強弱のコントロールがとても容易に感じられた。

太く力強く、それでいて鋭さを併せ持つコンテの質感がとても気に入った。

その隣にあった木炭でも線を試してみた。

キィッ、ピィッと耳障りな音がして、粉が舞うのがどうにも好きになれなかった。

彼女はふと思いつき、軽い気持ちで絵を描き始めた。

周囲にあったカップや飾り物などを描いているうちに、やがて自分の手を見て描き始めた。

『私の手って、こんなに表情豊かだったっけ……?』

いつも見慣れているはずの手なのに、絵にしようとじっと見つめると新鮮なものに映った。

結局、彼女は自分の手を十枚以上描き上げてから、クロッキー帳を閉じた。

明日は、初めてイーゼルに画板を立てて本格的に絵を描く日だ。

ユン先生は、何と言うだろうか……。


***


ヘジュンの授業時間は午後1時から6時までだった。他の受験生たちは冬休みの特別講習で朝から夜遅くまで絵を描いていたが、彼女はまだ正式な受験生ではなかったので、そこまで詰めて通う必要はなかった。そのため、昼休みが終わる2時間目から参加していた。

もちろん、受験準備クラスは別に設けられていたが、そこは主に芸術高校を目指す中学生や、まだ絵を始めて間もない生徒たちが中心で、線を引く練習から始めているようなレベルだったため、ヘジュンには少し物足りなかった。結果的に少し無理をして、彼女はすぐに受験生クラスに編入された。

12時32分。彼女が実技室に到着したとき、そこには誰もいなかった。昼休みがまだ終わっていなかったのだろう。ヒーターがついていて空気は暖かかったが、人の気配のない空間には、どこか冷え冷えとした感覚が漂っていた。

彼女は空いているイーゼルをひとつ選び、画板を載せた。寒さの中をやってきたばかりで手がまだかじかんでおり、動作がぎこちなかった。なんとかイーゼルと画板を設置し、椅子の上に筆箱を置いた。それから手を温めようと、自販機でホット缶コーヒーを一本買った。

熱い缶を手に転がしているうちに、ふと退屈になり、クロッキー帳を取り出してまたコンテで手を描き始めた。

フィギュは昼食後、7階の事務室へ戻ろうとしていた時、実技室の方から人の気配を感じてガラス扉越しに覗いた。誰もいないはずの実技室の片隅で、ヘジュンが背中を丸めて何かをしていた。イーゼルの画板にはまだ紙が張られていなかった。授業が始まってから、教師が生徒一人一人に紙を配るからである。

ということは、彼女は一体何をしているのだろうか?

フィギュはそっと扉を開けて、ヘジュンの背後へと近づいた。彼女は扉側に背を向けていたため、フィギュが接近していることに気づかなかった。足音も忍ばせて近づいていくと、ちょうどその時、ヘジュンが顔を上げた。目を丸くして、フィギュを見つめた。

「え? 先生、こんにちは」

「うん。ところで、何してるの?」

「ひとりでぼーっとしてるのも退屈で、絵を描いてました」

ヘジュンはクロッキー帳を閉じて後ろに隠そうとしたが、フィギュが素早くそれを奪った。

「えっ、先生、それ、遊びで描いただけなんですけど」

「どうせあとで君の絵は全部見ることになるよ。恥ずかしがることない」

フィギュはにこにこと笑いながら、クロッキー帳をめくった。一枚、二枚、三枚……最後のページまで見終えるころには、彼の表情からはすっかり笑みが消えていた。

「ヘジュン、お前……」

「はい? えっと、まだまだ他の受験生と比べると……。美大、行けますかね」

「線が……生きているな」

「それって、良い意味ですか?」

「うん。でも今日は、他の子の真似して静物画を描くな。代わりに別のことをしよう。君の線は確かに生きているが、まだどこか硬い。そこをほぐしていきたいんだ」

静かな口調で話すフィギュの瞳の中に、ヘジュンが映っていた。単なる「目を引く子」から、「育ててみたい子」へと、彼女に対する思いが変わりつつあった。そしてその瞬間、彼の頭の中にはある計算が素早く浮かんだ。

フィギュはまもなく3年生になる。ヘジュンが来年、無事に受験を終えてS大に合格すれば、1年間は同じ大学で会える。では、その後は……?

「こりゃ、ダメだな。お前、うちの大学来たら、絶対俺のこと追いかけまわすぞ。来るなよ、うちの大学」

口をついて出た言葉は、頭で考えていたのとはまるで違うものだった。その発言に自分でもしまった、と思ったが、意外にもヘジュンは気にする様子もなかった。

「先生のせいじゃないけど、私はS大に行きたいです」

長いまつげを伏せて、彼女はそう言った。

今の彼女には、どこかにしがみつきたい思いがより強かった。たしかに、視線がどうしても向いてしまう男性がそばにいる。しかしそれが失恋の後遺症ではないとは誰にも言い切れなかった。ともあれ、美大に合格すれば、ユン先生への気持ちもはっきりするはずだと思っていた。

フィギュはそんな彼女の様子を見て、胸が締め付けられるような感情を覚えた。確かな才能を感じるのに、時折見せる姿からは言い知れぬ悲しみが滲んでいた。笑顔が素敵なのに、その笑顔をもっと見たいのに。周の幽王が褒姒の笑顔を見たさに国を傾けたという話がふと胸をよぎった。あるいは、ただ絵を描く者としての共鳴だったのかもしれない。数えきれない美しい色と生きた線の世界を分かち合う相手として、彼女を見出しただけなのかもしれない。

だが、フィギュは心の奥底では強く願っていた。必ずヘジュンを後輩として迎えたいと。

その時、突然ガラス扉の方から大きな体格の男子生徒が、体に似合った大きな声を上げて入ってきた。

「おっ、ユン先生! 久しぶりです!」

「ジンモか? 一日休んだだけで久しぶりかよ。お母さんは大丈夫だったのか?」

「はい! もうたいしたことなかったみたいで。それにしても先生、今日はなんでそんなにきれいなんですか? あ、髭も剃ってる? おや? なんかいい匂いがする!」

ジンモはフィギュに鼻を近づけてくんくん嗅いだ。

そういえば、フィギュは初日に比べてかなり身なりが整っているようだった。とはいえ、画家特有のラフな雰囲気は残っていたが、少なくともだらしなくは見えなかった。

ヘジュンは小さくため息をついた。絵を描こうという者が、こんなに観察力が鈍くてどうするのだろう。フィギュもジンモという男子生徒も、観察眼はかなり鋭いようだった。彼女もいずれ、彼らのような観察力を身につけたいと、内心焦っていた。

「ちぇっ、俺が何したってんだよ? 昨日先生たちとサウナに行っただけだってば」

「えー、先生があまり着替えないのは、うちの予備校に通ってるみんな知ってますよ?僕なんか、センター試験が終わってから今日まで、先生の服が変わったの2回しか見たことないです。あ、今日入れて3回目か。サウナだって1、2回しか行ってないんじゃないですか? いくらサウナに行っても、今まで先生の体からはタバコとコーヒーの匂いしかしなかったですよ」

「お前……ちょっと黙れって」

フィギュの顔がさっと赤く染まった。

彼はジンモの言葉を聞いた直後、ため息をついたヘジュンの顔が目に入り、どぎまぎしてしまった。

まるで「この人、そんなにだらしないんだ」と呆れたため息のように思えてならなかったのだ。

確かに、服を頻繁に替えないとはいえ、冬物のアウターなんてそんなにしょっちゅう替えるものでもない。

もちろん、おしゃれなクォン先生なら一日に何度でも着替えるかもしれないが、たとえクォン先生でもアウターまではそうそう替えないだろう。

それでもフィギュの心の奥に小さな棘が引っかかった。

実際、昨日サウナに行ったのも、服を替えたのも、髭を剃ったのも、スキンローションをつけたのも、いつもとは違う「何か」理由があった。

その時はまったく自覚していなかったが、確かに理由はあったのだ。

昨夜サウナでのクォン先生との会話が蘇った。

「ユン先生、昨日先生のクラスに新しい子が入ったんでしょ?」

「ええ、大学生だけど休学中で」

「ちらっと見たけど、かわいかったな。石膏デッサンは全然やらないの?」

「さあ……今は静物デッサンクラスだけど、そのうち石膏も描かせた方がいいかも。S大は何が出るかわからないし」

「石膏デッサンすることになったら、俺のクラスに回してよ」

「えっ? クォン先生のクラスに? アリアス班は上級クラスですけど、大丈夫ですか?」

「どうせ石膏はちょっとだけ描くだけだろ? どこから始めたっていいじゃん。特にアグリッパからなら俺が見てあげてもいいし」

クォン・チャンホ先生は薄く笑いながらそう言った。

彼はH大デザイン科出身の、とびきりの美男子だった。

たまに美術科の女子学生から、モデル依頼と見せかけたアプローチを受けることもあるという噂さえあった。

しかもおしゃれで、服のセンスも抜群によく、いつも清潔感のある端正な姿は、女子生徒たちの間で絶大な人気を誇っていた。

彼はいつもさりげなく香水までつけていた。スキンローションじゃなく、香水を!

しかも、その容姿に見合った行動をしていた。

高校生とのスキャンダルは絶対に起こさなかったが、浪人生や社会人趣味クラスの女性たちとは、密かに付き合っている様子だった。

フィギュはこれまでそんなクォン先生のことを特に気にしたことはなかった。

生徒と不健全な関係になるわけではなかったし、相手も大抵女性の方からアプローチしてくることはよく知っていた。

それに、付き合いも別れ方もきちんとしていたので、悪い噂になることもなかった。

それなのに。

それなのに、どういうわけか、クォン先生がヘジュンに興味を持ったことに、妙に腹立たしさを感じていた。

むしろヘジュンにとっては良い経験になるかもしれないのに。

なのに、なぜか胸の奥がざらつくような、不快な気持ちが拭えなかったのだ。

フィギュはサウナを終えると、まっすぐ家へ帰った。

そして、一番清潔な服に着替え、誕生日にもらってから一度も封を切らなかったスキンローションを、初めて肌に塗ってみた。もう4ヶ月も前にもらったものだった。

ツンと香るその匂いは最初こそ馴染みなかったが、しばらくすると心地よく感じられた。

それでも、スキンローションと一緒に入っていたミニサイズの香水までは、どうしても勇気が出なかった。

けれど――悪くない気分だった。

フィギュは、こうした自分の行動に特別な意味を見出すことはなかった。

だが、ジンモの口から「変化」を客観的に語られてみると、急に自分自身がよそよそしく感じられた。

「どうして、普段しないことをしてるんだろう?」

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