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プロローグ ― 日常、その無彩色の時間

少し昔の話です。昔話を見るような気持ちで楽しんでください。

ガタン――

午前8時30分。ヘジュンはオフィスに入るとすぐに、換気のために窓を開けた。まだ新しいビルで、新しい事務所なので、こもった臭いはしないが、土曜日と日曜日の二日間空けていたせいか、室内にはわずかに埃っぽい匂いが漂っていた。

窓を開けると、まだ少し肌寒い3月の春風が若葉の香りを運んで部屋の中を吹き抜けた。


正式な出勤時間は9時だが、ヘジュンはいつもより20〜30分ほど早く出勤し、換気をして簡単な掃除をするのが習慣だった。

広くはない空間なので掃除はすぐに終わる。すぐに社長と課長が穏やかな笑顔を浮かべながら出勤してくるだろう。そして30分ほどのスケジュール確認や簡単なミーティングを経て、二人は営業に出かける。

ようやく軌道に乗り始めたばかりの小さな会社なので、二人とも外に出てしまえば、ヘジュンには特にすることがなかった。

社長や課長が外でスケジュールを調整していたり、思いがけない来客がある場合を除けば、席を立つこともほとんどなかった。比較的うまく回っている会社、まあまあ納得できる程度の給料、そして何より人柄の良さから、必要以上のことを彼女に求めない社長と課長。お茶を淹れてくれと頼まれることさえ滅多になかった。


退屈だった。つまらなかった。人が聞けば贅沢な悩みだと言われるかもしれないが、実際、彼女は退屈していた。

「本当につまらない。たしかに自分で望んだことだけど……」


ヘジュンはぬるくなったマグカップを持ち上げ、窓の外を見つめた。外に立ついくつもの木々のうち、彼女が名前を知っているのは桜と木蓮だけだった。その木蓮に、数日前から毛皮のような蕾がつき始めていたのを見たときは、少し興奮したものだった。

だが、春先の寒さのせいで、蕾は数を増やすばかりで、ポップコーンのような花を咲かせる気配はなかった。

まあ、咲いたからといって何かが変わるわけでもない。毎年春に見てきた光景であり、これからも毎年春になれば繰り返されることなのだから……。


退屈だ。退屈だ……

本当に、退屈だった。


***


しばらくして、予想通り社長と課長が笑顔で出勤してきた。スケジュールを確認した後、午前中に来客が一人オフィスを訪れるとのことだった。その知らせに、ヘジュンは少し気分が明るくなった。来客といってもビジネスの話だけで、彼女が同席することはないだろう。

だが、退屈な時間の中にほんの少しでも変化が加わるのは嬉しいことだった。もしかすると、何か画期的な出来事が起こるかもしれない。

その「画期的な出来事」が何であれ、彼女はそれを心のどこかで期待していた。


午前11時23分。特別でも何でもない時間に、その来客がやって来た。

もしテレビドラマや小説のように話が展開されるなら、取引先の部長やチーム長というハンサムな男性がオフィスにカリスマを漂わせながら現れ、ヘジュンはそのオーラに圧倒され、お茶を出す途中で袖にこぼしてしまう――そんなハプニングが起こるかもしれない。そしてその出来事をきっかけに、二人は恋に落ちるかもしれない。


だが現実は現実だった。取引先の部長というのは事実だったが、その肩書きにふさわしく、お腹はふくよかで、顎の下には厚い肉が垂れていた。たぶん、ヘジュンの父親ぐらいの年齢だろう。

キム部長はヘジュンとは初対面だったにもかかわらず、まるで何度か会ったことがあるかのように親しげに振る舞った。


「ありがとう、お嬢さん」

「とんでもないです」

「ふぅ……」


ヘジュンは、自分でも何に落胆したのか分からないまま、席に戻ってモニターを見つめた。

「本当に退屈。なんか刺激が欲しいな。……何しよう?」


12時。久しぶりの来客のおかげで、社長と課長、来客とヘジュンの4人で昼食を共にすることになった。

「こんなことになるなら、お弁当持ってこなければよかった」


社長と課長がオフィスにいる時間が短いため、ヘジュンは基本的にお弁当を持参していた。最初のうちは外食もしたが、昼食代は馬鹿にならず、外で食べるご飯というのは、いろいろな種類があるようでいて、結局は変化のない退屈さが隠れているものだった。

いつも同じ店、同じメニュー。違う店に行ってもランチメニューなんてどこも似たり寄ったりだ。

結局、彼女はお弁当を作るようになった。


昼食が終わると同時に、社長と課長、そしてキム部長は現場へ向かった。

ヘジュンは一人オフィスに戻り、ドアに鍵をかけた。世の中は物騒だから必ず鍵をかけるようにという社長の忠告によるものだった。実際、以前ドアを開けたままにしていたところ、新聞の訪問販売員が気配もなく入ってきて、購読を強引に勧められたことがあり、ひどく驚いた経験がある。どれだけ退屈でも、そんな種類のハプニングは望んでいなかった。


もう少しすれば、友人のソンヨンから電話がかかってくるだろう。何気ないおしゃべりをして電話を切り、その後インターネットサーフィンをしているうちに退勤時間になる。そして、社長から特に連絡がなければ、オフィスを確認して退勤……。


週のほとんどを一人で過ごすオフィス。入社したばかりの頃は、やることもそれほど多くなく、干渉も一切ないこの環境がただただ心地よかった。

職場の上司や同僚のせいで一日に何度も辞表を出したくなるという友人たちの愚痴は、まるで他人事のようだった。

彼女の仕事といえば、オフィスを守り、ときどき見積書を作成し、来客があればお茶を出す。それだけだった。

空いた時間には本を読んだり、インターネットを見たりしていた。オフィスの近くには図書館もあり、本を借りるのも簡単だった。数ヶ月間は、暇つぶしに勉強もしたし、縫い物を持ってきて小物を作ったりもした。

その頃は、「世の中にこんなに良い職場はない」と思って、毎日が楽しかった。


だが、同じような無彩色の時間が繰り返されるうちに、最初に感じていた楽しさはどこかへ消えてしまった。

とはいえ、退屈だからという理由で職場を変えるわけにもいかなかった。あの出来事の後、人との関係に傷つき、人の間に入ることを避けるようになった彼女のために、ソ教授が特別に紹介してくれた職場だったからだ。


「帰る頃には、木蓮の花が咲いてるかな……?」


何となく口寂しくて習慣になったコーヒーを飲みながら、外の庭に立っている木蓮の木を見つめた。

ふわふわの毛皮に包まれた小さな蕾が、一日、正確には九時間半で花開くはずもなかった。


午後6時。退勤時間だった。やはり社長と課長は現場からそのまま帰るようだった。

木蓮は一日で蕾がずいぶんと膨らんでいて、天気さえ良ければ、今週中にもポップコーンのように咲き誇りそうだった。


ふと、以前少しだけ使っていたコンテが頭をよぎった。

明日からはスケッチブックと一緒に持ち歩こうか、そんなことを考えた。


ガタン――

ヘジュンは窓を閉め、天井から机まで一通り目を通したあと、オフィスを出た。

昨日とまったく同じ今日の一日が終わった。今日とまったく同じ明日のために、家に帰らなければならなかった。


オフィスの外は、すでに空気までもが夕焼け色に染まっていた。


***


火曜日から二日間も暖かい日が続いたおかげで、木曜日には毛皮のような服を脱いだ蕾たちの白い内側が少しずつ見え始めていた。しかし、ヘジュンの言う“ポップコーン”のようになるのは、どうやら週末になってからのことになりそうだった。ヘジュンは何とも言えない名残惜しさを感じながら、ひとりで事務所に座って窓の外を眺めていた。

今日も特に変わったこともなく、時間が流れていくのだろう。

その時だった。


Rrrrrrrrrrr―


一日に一、二度も鳴るか鳴らないかの電話が、久しぶりに存在感を示した。しかし、それすらもヘジュンにとっては嬉しかった。思いきり明るい声で電話に出た。


「ありがとうございます。テジン企業です。ご用件をどうぞ」

「おっ?チョン代理、なんだかいいことでもあった?」

「あっ、アン課長。いえ、特に何もありませんでした」

「てっきり今日うちが大きな受注を取ったの、もう知ってるのかと思ったよ」

「本当ですか?ジュニョン建設の件、取れたんですか?」

「うん、それに加えて仁川のどこかの大きな教会が建てる宣教センターの件も同時に取ったよ」

「それはすごいですね」

「そうなんだよ、うまくいってるなぁ。ああ、それでなんだけど、社長が今日は早く帰っていいって言ってたんだよ。これから数ヶ月は忙しくなるから、今週いっぱいはゆっくり休めって」

「えっ?」

「今すぐ帰って、来週の月曜日に出社すればいいよ。どうせ社長も僕も事務所に戻る予定はないし、チョン代理もその間やることは特にないから、僕の携帯に転送設定して、チョン代理は数日間休暇ってことで」

「……あ、はい」

「じゃ、しっかり休んで、月曜にまた会おう」


カチッ――


「ふうん……」


ジュニョン建設の件はともかく、宣教センターの案件は少し意外だった。こうして一度に大きな仕事を取ると、本当に一、二ヶ月はてんてこ舞いになるだろう。退屈な日常から少し抜け出せるのは、かなりありがたいことだった。課長の言う通り、どうせ事務所にいても特にやることはないのだ。


時計を見ると、午後2時を少し過ぎたところだった。

『何しようかな』

早く退勤したからといって遊べる人がいるわけでもない。この時間ならみんな働いているに違いない。ふと、金色の陽光が差し込む窓の方を見つめた。今日は本当に暖かい日だったから、木蓮が毛皮のような外衣を脱ぐ決心をしたのかもしれない。


ヘジュンはその木蓮の蕾をじっと見つめた後、ふと決心して事務所のドアに向かった。いつものように天井や机を一通り見回してから、事務所を出た。


事務所は20階建ての複合ビルの3階にあった。1階にはスーパーやカフェ、不動産仲介会社が入っており、2階から5階まではさまざまなサイズのオフィステル、6階から上はアパートという構造だった。まだ空きがあるところもちらほらあったが、立地のいい場所はほとんど埋まっていた。ヘジュンの会社の事務所は比較的早い段階で入居したため、なかなか良い場所に位置していた。事務所の正面には視界を遮るような高いビルはなく、中学校の運動場が広がっており、天気が良い日にはかなり遠くの空まで見渡せた。


ヘジュンは建物の外に出て、上を見上げた。事務所のすぐ上、2階分のところは数日前まで空いていたが、いつの間にか誰かが入ったようだった。窓際に白い胸像のようなものが見えた。それが何なのか気になってよく見ると、アリアスの石膏像だった。


悲しげなアリアドネ。アリアスとも呼ばれるその石膏像は、他の石膏像に比べてどこか少し悲しげな微笑みを浮かべていたことを思い出した。


「先生、アリアスの表情をつかむの、すごく難しいです」

「君が悲しい恋をしたことがないからだよ」

「えっ?」

「アリアスは……」


行き先が決まった。



ヘジュンは南大門にある画材店へ行くことに決めた。

わざわざそこまで行かなくても、必要なものは近所の文具店で十分に手に入るはずだったが、なぜかどうしてもあの場所に行かなくてはならない気がした。久しぶりに胸が高鳴った。


早く着ける地下鉄の代わりに、あえてバスに乗った。

普段のヘジュンの性格なら、道で時間を無駄にするのが嫌で地下鉄を選んでいただろうが、今日は違った。思いがけずできた自由な時間、そして衝動的に決めた目的地だからこそ、行き方もいつもと違うものにしたかった。

バスなら遠回りで時間はずっとかかるが、考え事をするには十分な時間が持てる。


ふと、左手の薬指に光る細いゴールドリングが目に入った。

「ユン・フィギュ先生……」

ヘジュンは心の中で、その名前を一文字一文字噛みしめた。


八年前、二十二歳の冬に出会ったあの人のことを、今でも忘れることができなかった。


1998年、世紀末まであと一年と世間が騒いでいたあの年、

たった一年間の出会いだった。

素描を描くように、丁寧に積み重ねた感情たち。

もし、あの時あの出来事がなければ、今ごろ私たちはどんな関係になっていただろうか。


あの人のことを思い浮かべるだけで、胸の奥がきゅんと痛んだ。

意図せず彼の前から姿を消さなければならなかったこと、

その後、恋しさに泣いたこと、

電話一本で会えるのに、それができなかったこと。

現実の重みに押しつぶされそうになるたびに思い出していたあの顔。

彼の名前を思い出すだけで、恋しさが込み上げてきた。

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