7話 セレニティホールの来襲(4)
セレニティホールでの戦闘が勃発してからまだ5分しか経過していない。
クゼツは、なぜこんなひ弱な少女と対等に戦っているのか……シロは、なぜ【吸血鬼の力】を持っている自分とこの人が戦えているのか……両者が両者を信じられずにいた。
「どうやらお仲間さんは来ないようですね?」
シロはなぜ知っているのか、結社の仲間が来ないことを指摘する。
「そうだな、だが、仲間の力がなくても倒せるだろ」
クゼツは余裕の表情を見せる。
「そうですか、倒せるといいですね」
しかしそんな煽りはシロには効かなかった。
すぐに距離を詰め、またクゼツとの戦いを再開する。
シロは己の俊敏さを活かして刹那の隙も与えずに攻撃を繰り返す。クゼツは止まることなく避け続ける。しかも速いだけでなく一発一発が強力で、常人が殴られれば骨くらいは折れるだろう。
エターナルナイトだけはうまく避け、他の歴史ある展示物は壊れていく。ヒカリには、『もしも戦うなら他の展示品には傷を付けるな』と言われていたが、そんなことを気にしている余裕は今のクゼツには無かった。
いくら格闘技術に長けていても、やはり力を持っているシロには押され始める。
その証拠に、クゼツの腹部にか細いシロの腕が当たる。
「うっつ、いいパンチだ」
クゼツはそう言うが攻撃は止まない。シロは一言も喋らず真顔で攻撃を続ける。
(このままじゃジリ貧だな……ヒカリもハナも来ない、他のキルズに足止めされたか)
「さすがにそろそろ終わらせるか……」
多少攻撃を受けることは覚悟で、クゼツは積極的に前へ踏み出す。
前へ踏み出すどころか、正確に言うと前へ倒れた。
「えっ、うわぁ!」
シロを下にしてクゼツが覆い被さるように重なり合う。さすがにこれには真剣に戦っていたシロも声を出す。そして逃げないようにシロの腕を押さえつける。
「……クゼツさん、か弱い女の子を床に押さえつけるなんてひどいですよ」
シロは抜け出そうともがいてみるが、クゼツも本気で押さえているため動くことができない。飛んだバカ力だ。
「はっ、んなこと言ってる場合か、やっと捕まえたんだ、もう逃がさねぇぞ」
「んー確かに捕まっちゃいましたけどこれからどうするんですかー? 両手塞がってて何も出来ないじゃないですか」
「安心しろ、足使って気絶させるから」
「怖ー、クゼツさん恐ろしいこと言いますね。か弱い女の子にそんなことするなんてひどい!」
「お前いつまでそんな余裕な態度でいるんだよ、分かってるのか? お前は負けたんだよ」
クゼツは前髪を垂らしてシロの目を見る。
負けた、そう言われたシロはニコリと笑う。
「負けた? 私は最初から勝負してたつもりは無いんですけど」
「そう意地張るなよ、勝負じゃなくてもこの状況見れば自分が負けたって分かるだろ。私も仲間の援護に行かなきゃいけないから、そろそろ落とすぞ」
シロは万策尽きていた。なぜこんな状況になったのか、冷静に思い返す。
計画ではシロがその快速を活かして、すぐにエターナルナイトを盗み逃亡はずだった。しかしエターナルナイト未だガラスケースの中。
それにはクゼツという妨害者がいたからだが、結社の一人や二人がいることは想定していた、それも込みですぐに逃げるはずだったのだがなぜかクゼツと戦っている。
────冷静に考えた結果なぜ自分が戦っているのか分からないということが分かった。
────しかし、キルズの一員として戦っている理由は分かる。
「……クゼツさんには、結社として戦う“理由”がありますよね」
「あ? この期に及んで時間稼ぎか?」
しかしそう言うクゼツの脳裏には今はこの世にいない友人の顔が浮かんでいた。
「私にもあるんですよ、戦う理由が」
シロが、アゲハの元でdisasterになるために戦う理由、それは──
「楽しむためです!」
シロは顔だけ上げてクゼツの唇に向かって、自分の唇をつける。つまりキスをした。
予想外の行動にクゼツは力を弱める。キスなんて、されたことがなかった。しかも相手は女、ここで動揺しないほどクゼツの心は強くなかった。
力が弱まった一瞬の隙に、クゼツの腕を振り払って蹴飛ばす。
「うっ」
なんの防御もすることが出来なかったクゼツは壁が壊れる程の勢いで激突する。すぐに立ち上がることは出来なかった。
シロは一瞬でエターナルナイトの元までいき、ガラスケースを割り宝石を盗む。そのまま八階の窓ガラスを割って脱出ルートを作る。クゼツはいまだに動けずにいた。
「くっ、骨折れたか……おい、キルズ、さっきの戦う理由、あれはマジか?」
『楽しいから戦う』、ふざけるなとクゼツは思っていた。こっちは自分の友人を殺した反社を撲滅させるために、命懸けで戦っていると言うのに、楽しいから戦う?
「ほんとですよ? え、こんな理由じゃだめですか?」
「はぁ? そりぁ当たり前……いやそんな理由でもいいのか? てかそもそも反社にまともな人間なんていねぇか」
クゼツは呆れ笑いをする。
「さてと。それじゃ、さようならクゼツさん、またどこかで」
割れた窓からシロは飛び立った。戦闘中外からは銃声が聞こえていたが、シロが飛び出してからその音は聞こえなくなった。キルズ全員が逃亡したのだろう。
一人残されたクゼツは、戦闘によって壊れた展示会場を眺める。
(結局、会場ボロボロだな……宝石も盗まれたし、何してんだ、私は)
悲嘆にくれるクゼツの耳にノイズがはしる。どうやらインカムを通じてミミから通信があるようだ。
『クゼツ先輩、お疲れ様です、大丈夫ですか?』
「大丈夫ってのは、怪我のことか? それとも心のことか?」
クゼツは八つ当たりするような口調で返事をする。もちろん自分がどれほど愚かなことをミミに対してやっているのかも理解している。
『……すみません、私、何も出来なくて、もっとサポートしていればこうは──』
『いや、そんなことは無い。ミミはいいアシストをしてくれた』
インカムから別の声が聞こえてくる。ヒカリの声だ。
『さっきの戦いはミミのアシストがなかったら負けていた……それに、これはクゼツの責任じゃない。計画を考えた私の責任だ』
クゼツは笑う。これはどう考えてもあの少女を止められなかった私の責任なのに、ヒカリの責任な訳ない。そう心に思う。
『私が全責任を追う、ヴァイルさんの元には私ひとりで行ってくる』
「そういう訳にもいかんだろ、ヴァイルには全員で報告しに来いって言われたんだろ?」
ヒカリとクゼツが会話をしているとミミは言いにくそうに声を出す。
『あ、その、さっきからヴァイルさんと連絡を取ろうとしているんですけど全然繋がらなくて……』
『繋がらない? どういうことだ?』
ヒカリはさっきまでの覚悟の決めた口調ではなく、今は本当にどういう意味なのか理解していないような口調だった。
『そのままの意味です、ヴァイルさんとの連絡がつかないんです────』
エターナルナイトの持ち主であるウィンダー・ヴァイルと連絡が出来ない、これは緊急事態と言うべきだろう。
ヒカリ達はとりあえずクゼツの元へと向かう。
「大丈夫か、クゼツ」
ヒカリは壁にもたれて座り込むクゼツの元へ足早に向かう。
「あぁ、あばらが一本逝ったがまぁ大丈夫だ」
そう言いながらクゼツは折ったあばらを気にしながら立ち上がる。やはりクゼツは化け物だ。
「むしろあのキルズにあばら一本で済んだことの方が凄い」
普段は口数が少ないハナだが、今はアドレナリンが出ているためかよく喋る。他の三人もそうなのかそれにツッコまない。
「まぁ、歩けるなら行くか、ヴァイルの方も気になるしな」
『では私は学校から直接行くのでそこで合流しましょう』
学校のいつもの部室からアシストしていたミミもヴァイル邸に向かう。
■
「………………………………」
言葉が出なかった。
ウィンダー・ヴァイルの自室に入った四人は、まずその鼻を刺す強烈な血の臭いで頭痛を覚えた。目に入ってきたのは、体中滅多刺しにされ所々の部位が欠損している元人間の姿だった。血は部屋中に飛び散っていて、部屋に踏み込むのにも勇気がいる程だった。
「……なんだ、これ」
クゼツは現実を受け入れられないような口調で呟く。その誰に向けてもない言葉に返答する人はいなかった。
ヒカリは意を決して部屋に踏み込む。もしかしたらこの惨状を作り出した犯人が潜んでいる可能性があるため、警戒しながら部屋に入るがその気配は無かった。
それに続いて他の三人も部屋に入る。クゼツとミミは鼻をつまんだり頭を押さえながら移動するが、ハナだけは平然としていた。
ヴァイルの死体に近づき間近で見る。
「これは、ナイフでやられたのか。ハナ、なんのナイフか判別できるか?」
ナイフを武器として愛用するハナならもしかしたらと思い質問する。分かればそこから犯人の素性を特定する証拠になるかもしれない。
ハナもヴァイルの死体に近づき刺されて出来た傷を見る。
「……ただのナイフではなさそう、見たことない傷」
そういうハナの口調はどこか上の空と言った感じだ。それこそ何か別のことを考えているかのように。
「つまり特注品で作られたということか……」
ヒカリは顎に手を当てながら考える。しかし、ヴァイルの歪んだ顔と強烈な臭いに嫌悪感を覚え、その場を離れる。
特注品とは、犯人特定に一番繋がる証拠だ────と、言えないのが今の世の中だ。反社が蔓延るこの世では、多くの反社が自分の個性を出すためナイフの特注を依頼しているため、むしろ特定することは難しい。逆に店で売っているナイフを使ってもらった方が購入者を見つけやすいのだ。
「やはり犯人を特定するのは難しいな……だが状況を考えればキルズがやったと考えられるか」
「まぁその可能性が一番高いだろうな、しかしキルズは全員あの場にいたんじゃないのか?」
「いえ、一人だけいなかった奴がいるので、そいつがやった可能性はありますね」
あの場にいたのは三人だった。盗みに来た一人と、入口を守っていた二人。スターファイヤーの時の窃盗には確実に四人いたことをミミは覚えていた。
「そうだな、一人いなかったからそいつが犯人の可能性は十分あると思う。しかし、動機が分からない、なぜヴァイルを殺したのか……」
エターナルナイトの所有者であるヴァイル。宝石を盗むだけならヴァイルを殺す必要は無い。ヴァイルを殺した理由を無理矢理にでも挙げるのならば、『持ち主から追われることが無くなる』『このように結社を混乱させるため』『殺さなければいけない理由ができた』『邸宅の物を盗むため』、こんなところである。
「…………動機の特定は難しいな」
「そうだな、とりあえず『キルズがヴァイルを殺した』、この事件はそういう結論にしておこう。あと一刻も早くこの場から離れたいから私は先に行く」
「あ、クゼツ先輩私も行きます」
クゼツとミミは一足先に部屋から出て行った。ヒカリも出ようと思い、ハナに声をかけようとするが──
「…………」
ハナはまだヴァイルの死体を見ていた。その表情は、いつもの“何を考えているか分からない表情”では無く、今は“何かを考えている表情”をしていた。
「ハナ、どうした、何かその傷に心当たりあるのか?」
「……いや、何となくどこかで見たことあるような気がしただけ。でも、思い出せない」
「見たことがある? そうか……もしも思い出したら教えてくれ、恐らくそれは重要な情報になるからな」
そう告げ、ヒカリも部屋から出ていく。
ハナもそれに着いていくが、まだ思考はあの傷のことでいっぱいだった。
もどかしい、もう少しで思い出せそうなのだが、思い出せない。この傷跡は絶対に見たことがある。ナイフを愛用し、知識も豊富なハナが引っかかる。
(ダメだ、やっぱ思い出せない)
ハナは気を紛らわすため、愛用しているなんの変哲もない普通のナイフを手に持ちナイフ回しをする。しかし集中できないのか、ハナにしては珍しくナイフを落とす。
────────は……。
(ほんとに、──はナイフ回し上達しないなー、もっと勢いよく回さないと)
脳裏に浮かんだのは、妹と話す自分の姿。そうだ、思い出した……あの傷跡、あのナイフは、妹のナイフだ。ずっと探していた、妹の。そして、つまりそれは、妹は……
(キルズの一人、ってことか)
ヒカリの後ろを歩くハナは一人俯き笑っていた。