6話 セレニティホールの来襲(3)
6月1日
セレニティホール来襲当日。予定通り展覧会が閉館した夜。
セレニティホール7階にある会場は、客がいなくなり消灯されると静寂と闇に包まれる。そんな中、いないと言っても間違っていない程存在感の無い人物が待機していた。
蒼薔薇クゼツは耳につけてるインカムから仲間に話しかける。
「おっけー、位置に着いた。そっちは大丈夫か?」
「あぁ、私とハナも待機場所にいる。ミミは? 不審な人物はいるか?」
「はい、こちらミミ。今のところ怪しい人はいませんね」
結社は問題なく監視をしていた。閉館から二時間、いまだ何も起こらず、本当にキルズが来るのか若干の疑いの気持ちも出てきていた。しかしヒカリが来ると言うのなら、来るのだろうという気持ちもある。
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「さてと。そろそろ行きますか」
白い仮面を被った三人はセレニティホールから少し離れたところにいた。アゲハの問いかけに、ミナとシロは小さく頷く。
「そんじゃあよろしくお願いしますねー。ぱぱっと盗んできますのでー」
シロは一足先に建物へと向かう。
一回の跳躍で三階分程の高さを飛ぶ。そのまま建物三階辺りの出っ張りに着地し、再度飛ぶ。人間には絶対に不可能な方法で建物への侵入を試みる。
六階まで上がり、防弾ガラスを殴る。場所が場所なので全力では殴れないがそれでもヒビが入る。再度殴ると窓ガラスは粉々に砕け散った。
中に侵入するが、警備員は誰もいない。
そこからシロは足早に七階まで階段を上る。もちろん廊下も階段も真っ暗だが、【吸血鬼の力】によって問題なく動くことが出来る。
誰もいない展示会場には今回のターゲットである『エターナルナイト』が、ガラスケースの中に展示されている。どこにも光源なんてないのに、何故か黄色く輝いていた。
「警備員がいない、例の手駒がやったのかな、さっさと盗んじゃ──」
「お、本当に来た」
シロは静寂の中良く響く声が聞こえてきたので振り向く。そこにはどこかで見た事がある人物が立っていた。青い短い髪の毛に、頼れるお姉ちゃんといった風貌の。しかしどこで見たのかは思い出せなかった。
「お前がキルズ……か?」
だんだん暗闇に慣れてきたクゼツの目に見えてきたのはまだ幼い子供の姿だった。その予想外の姿にクゼツは呆気にとられる。
「あぁやっぱいますよねー結社の一人くらい、てかいるならアゲハ先輩教えてくれれば良かったのに」
後半は独り言のような声量で言った。それよりクゼツはこの少女の言動に驚いた。あの幼い年齢で、クゼツに恐れることも無くむしろ気だるげな口調で喋るシロに。
こんな若い少女までキルズの一員とは、やはりキルズは狂った反社だと思うクゼツ。
「君の、名前は?」
「え? あっ、三葉って言うところですか? いや年齢的に四葉の方がいいですかね」
「なんでこの状況でそんなにくだらないボケしてんだよ、あと年齢的にって、お前小学生なの?」
「はいはい、私の名前は宵花シロ、キルズのメンバーですよ」
シロは腕を頭の後ろに組んで余裕そうな態度を見せながら会場を歩く。
「そうか、私の名前は蒼薔薇クゼツ、『無名の結社』の一員だ」
クゼツはそう言うと、同じく余裕そうな笑みを浮かべながら指の骨を鳴らした。
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距離にして約5メートル。しかし二人にとってこの距離は無いのと同じだ。
「無名の結社? どういうネーミングですかそれ。自分達を卑下して、自信ないんですかね」
「ふっ、ちげぇよ。無名ってのは有名じゃないって意味じゃなくて、いないって意味だよ」
「はー? よく分かりませんがまぁいいです。私はあなたと話に来たわけじゃ無いので、そろそろ盗んじゃいますね」
「あ? お前舐めてんのか?」
ガン無視されたクゼツはさっきのふざけた様子は無くなり、明確な“殺意”を持ってシロのことを見る。
「そりゃそうですよね、だって私に勝てる人間なんていないんですか──」
5メートルの距離を一瞬で移動しクゼツはシロの顔目掛けて拳を振るう。それと同時にクゼツは警報スイッチを押す。入口は電気シャッターで閉じられ直に警備員が向かってくる。
「はや!」
予想外の戦闘能力にシロは正直驚いた。攻撃を防ぐため慌てて防御耐性をとる。これは予想通り。パンチの威力は強く、シロの軽い体は簡単に吹き飛ばされた。壁まで飛ばされるが上手く着地する。
「おいおいなんだその体、そんなんで私に勝てるとでも?」
クゼツは軽いフットワークをしながらこいこいと手を動かす。その時、耳に付けてるインカムにノイズが入る。聞こえてきたのはバックアップに徹しているミミの声だ。
『クゼツ先輩、あんまり無理しないでくださいよ、今ヒカリ先輩とハナ先輩が向かってますから』
どうやら警報スイッチを聞いて向かっているらしい。
「あぁ了解だ。てか心配ありがとな!」
『あっ、いや別に気にしないでください! それより、攻撃来てますよ』
振り向くと雰囲気に似合わない、狂気じみた顔の少女が、自分を殺しに来てた。
「おっつ!」
小さな体からは信じられない力の拳が頬を掠めた。
(やっぱ速すぎんだろ……どこにそんな力があんだよ)
「あなたこそ……私の事舐めすぎですよ? 誰かと話をする余裕なんて、無いですよ」
シロは攻撃を繰り返す。静かだった会場に今は拳が風を切る音と攻撃を防ぐ音、展示品が壊れる音だけが響く。
一旦距離をとり、二人は息をつく。
「お前も何か持っているのか? その体で出せる力じゃないぞ」
「お前というってことは、クゼツさんも持ってるんですね? 理解出来ない力を」
「あぁ私達は【幽霊の力】って呼んでいる」
「幽霊? あぁ無名の結社ってそういうことですか……というかやっぱりクゼツさんって筋肉バカですね」
シロは先程クゼツに殴られた右手を擦りながら言う。筋肉バカ、それは冗談でも煽りでもない本当に思っていることだ。なぜ”自分とこの人は対等な戦いをしている“のか、彼女の素の力は化け物以外の何でもなかった。
そしてバカと言ったのは──
「自分のチームの情報をベラベラと敵に伝える、ありえませんよね?」
「ははは、だったらその情報が広まる前に、お前を今捕らえればいい話だろ?」
しかしそう言うクゼツに、今は余裕の表情は無かった。
(遅い、遅すぎる、ヒカリとハナは何してんだ)
“もう警報スイッチを押してから五分は経過している”。とっくに到着していておかしくないはずだ。
なぜいまだに誰も援護に来ないのか、その理由は────。
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「ま、想定はしていたけど、まさかほんとに来るとはね」
セレニティホールの入口で、そのうちやってくるであろう警備員を待っていたアゲハとミナは、警備員と走ってくる二人の少女を見る。
ヒカリとハナ、二人も以前見た特徴的な白い仮面を被った二人の少女を目視して、気持ちを高ぶらせる。
「おい! そこのお前ら! ここで何してる!」
「見て分かりませんか? ここを守っているですよ」
「そこを通せ、通さないなら、分かっているよな?」
「いやー分かんないですけど、なんですか?」
「キルズ、舐めた真似を」
叫ぶヒカリに横から、ハナは手にしているナイフをキルズに向かって投げる。高速で向かってくるナイフをミナは顔を傾けて避ける。
「ちょっと危ないですね、警備の人に刺さったらどうするんですか」
ミナはこの場に合わない冷静な態度で注意する。しかしそれを無視して警備員は銃を構える。それは今の世の中ではよく使われるアサルトライフルで、普通の反社は向けられただけで逃げていく。
しかしキルズはそれをモデルガンとでも思っているのか、全く動揺も危機感も絶望する様子も見せずに、ただその場に立っていた。
「射撃用意! 撃てぇぇ!」
躊躇せず、数十人はいる警備員全員が発砲する。
それを黙ってヒカリとハナは見る。
「これで死ぬと思うか?」
「……さぁ」
アゲハの問いかけにハナは無愛想に答える。さぁとは言ったが、死んでいないだろうという声色である。
数秒に及ぶ銃撃音は、途中から耳を覆いたくなるような不快音に変わっていった。煙でキルズがどうなっているのかは分からない。
「射撃やめ!」
警備員のリーダーは射撃中止の合図を送る。
煙が晴れ、穴だらけになったセレニティホールの外壁が見えてくる。
「…………信じられないな」
そこに立っていたのは無傷のキルズだった。全ての警備員が驚愕した。そして、こいつらはなんなんだと、誰もが何が何だか分からずにいた。その動揺を逃さず、キルズは反撃に出る。
「倒せるもんなら倒してみな! 無名の結社!」
アゲハはノリノリでそう叫ぶ。
次の瞬間、二人の反社は消える。すると何人もの警備員が吹き飛ばされる。
「くっ、行くぞ! ハナ!」
(すまない、クゼツ、どうか耐えていてくれ!)
ヒカリとハナはナイフを持ち、キルズとの戦闘を開始する。
キルズと結社の戦いはまだ始まったばかりである。