5話 セレニティホールの来襲(2)
2024年5月26日
ヴァイルの邸宅にて。
アゲハがヴァイル邸に来た翌日。ヴァイルは驚いていた。まさか本当に結社が自分の元に来るとは。
「今日はお招きいただきありがとうございます。無名の結社のリーダーの虹色ヒカリという者です」
ヒカリは丁寧な挨拶を目の前に座っているヴァイルにする。
小太りな体型、どこか信用の置けない顔、金遣いの荒そうな内装、知っていた通り誠実な人間とは言えない、そんな印象を受けた。
「そんなに固くなくてもいいですよ、それで? わたくし、ウィンダー・ヴァイルに何用ですかな?」
ヒカリはアゲハと違い不法侵入ではなく、正式なアポイントメントを取ってここに来ている。
「はい。実はですね、6月1日に行われるエターナルナイトの展覧会の警備に、私含めた『無名の結社』を入れて欲しいんです」
「ほう? それはまたどういった訳が?」
「恐らく、その展覧会にはkill's vampireという反社が宝石を盗みにやってきます。私達はその反社を捕まえたい。そして貴重な宝石を守る為にも、警備に加えて欲しいんです。しかし正直なところkill's vampireが盗みに来るというのは私の予想であって、確実に来るとは言えません。それでも可能ならばお願いしたいんです」
ヴァイルは納得した。なるほど。kill's vampireの方が一枚上手という訳か。
(昨日アゲハさんが言っていた追加のお願いというのは恐らく、『エターナルナイトを盗ませろ』だろう。そして得しかないというのは、今依頼してきたこの結社達は確実に依頼を失敗することになる。ならば、できることは沢山ある)
「分かりました、こちらとしても警備員が増えるのはありがたいことですな。ただ、もし盗まれた場合は、それ相応の責任を取ってもらいますよ? そもそも、あなた方が実はkill's vampireと組んでいて、宝石を盗もうと企んでいるとも限りませんからな」
ご最もな意見だった。ヒカリが結社であることを証明出来るものは無い。ほとんどの結社が所属する世界平和結社委員会(WPAC)に所属していれば専用の身分証明書が貰えるが、それがないのが単独で動く結社の辛いところでもある。
もちろんここで、その責任は取れませんと言えば、それはつまりkill's vampireから宝石を守る自信が無いと言っているのと同じである。
「分かりました。もしも盗まれた時は、その責任とやらを取りましょう」
「ふむ。では、交渉成立ということでよろしいですな」
ヴァイルはにこやかな笑みを浮かべる。その笑みに裏があると、ヒカリはすぐに分かった。かくして、ヒカリはセレニティホールの警備員の一員となった。
■
5月31日
セレニティホール来襲前日。
『無名の結社』最終会議中。
「いよいよ明日に迫ったエターナルナイトの展覧会だが、作戦通り監視はミミ抜きの交代で行う。ミミは当日、パソコンから私達の援護をしてもらい、交代は私ハナクゼツの順で行う」
いつも通り新古今和歌集研究部の部室で、ヒカリはいつにも増して真剣に話を進めていた。
「キルズが来た時はすぐに知らせろ。ヴァイルさんからの援護も加えて確実に捕らえる」
「そうだな、だがヒカリの予想だと敵は一人で来るんだろ? 戦えそうなら、やってもいいよな?」
基本的に無名の結社に限らず結社に所属している人間は反社に何らかの恨みや、憎しみを持っている。絶対に反社を許さないと、そういう感情を有して活動している。それはもちろんクゼツもだ。
「そうだな……チーム最強の格闘家であるお前ならいけるだろう。だが相手を見誤るなよ、無理はするな」
ヒカリは気にかけるような表情でクゼツを見る。クゼツはどこか覚悟を決めたような顔を見せている。
ミミとハナは黙ってその様子を見守る。
「あぁ、分かってる」
(反社と正々堂々殴り合える機会か……次はビビらなぇ)
クゼツは思い出す。あの日、三年前の大事件の記憶を。
■
2021年8月15日、忌々しい大事件が発生したその日。クゼツは友人達と事件元であるグランドオアシスにいた。
その当時から姉貴の様な存在で友人達から愛されていたクゼツは、その日も平穏な青春を過ごしていた。
「どうする? そろそろ昼食べるか?」
お昼時。クゼツは昼を食べようと提案する。
「そだねー、んじゃどこいっか〜 100階もあるからどこに何あるかわかんないよね〜」
「せっかくならすげぇとこ行ってみようぜ! ほら、80階にある高級レストランとか」
エレベーター前に来たクゼツ達はどこの階に何があるのかが書かれている看板を見ながら答える。指さすところには確かに高級レストランについて書かれている。
「えー、これ中学生が行くような店じゃないでしょ」
「いいじゃんいいじゃん、見るだけなら無料なんだからさ」
そんなクゼツの何気ない提案で、クゼツ達はお遊びで80階に行く。しかし、この選択があのような結末を迎えさせる事になるとは、誰も思わなかった。
80階。そこはやはり、大富豪だけが入ることの出来るレストランで、もちろんクゼツ達はその入口を見ることしか出来なかった。しかし、一つだけここまで上がって良かったことがある。
「わぁぁ! すごい眺め!」
エレベーターから出ると広々としたスペースが設けられており、その先にレストランがある。窓の方へ行くと圧巻の景色だった。地上400メートル、全面ガラスで出来ているそこから見える景色は日本でここからしか堪能することは出来ない。
「いやーこれはすごいなぁ」
「な? こ来て良かっただろ?」
クゼツは今より少し長い髪の毛を靡かせ自慢げに言う。
「なんでクゼツが得意げなんだよ〜」
そんな何気ない会話をしていたその時。
────────日常はなんの前触れもなく喪われた。
チン。という音が鳴り、エレベーターが開かれる。現れたのは四人の少女達、と言ってもクゼツ達よりは歳上に見える。
表現出来ない、神々しい服装で明らかに只者では無かった。
窓際にいたクゼツ達含め、その空間にいた全ての人が少女を見つめる。
次の瞬間────四人の内二人が消えた。
「がぁっ!」
クゼツは右から風を感じた。横を見ると隣にいた友人はガラスに叩きつけられていた。幸い窓にはヒビすら入らず割れることも無く、意識もあるようだったが……頭から大量に血を流していた。
クゼツは友人の名を叫ぶ。しかし、友人と同じように何人もの人々が壁に激突する。また別の友人も。
何が起こっているのかクゼツは理解出来ずにいた。
それもそのはず。キルズの【吸血鬼の力】とは比較にならない程強力な力で、人間には絶対に不可能なスピードを出して人間を殴っているのだから。格闘を習っているクゼツでも、これには手も足も出ないどころか、正気を保つことすらままならなかった。
膝から力が抜け、その場に崩れ落ち、人が吹き飛ばされていく光景を眺める。
(なんなんだよこれ、意味わかんねぇよ……)
高速で動いていた少女は少し歩いたところにある80階より上へ昇るエレベーターまで歩き、四人は合流する。そしてそのまま一言も話すことなく、自信に満ちた顔を浮かべて上へ昇って行った。
残されたのは静寂。その場にいる誰もが何が起こったのかは理解出来ずにいた。
我に返ったクゼツは殴られた友人の元へ駆け寄る。
「大丈夫!? すぐに救急車を!」
「うっ……逃げて……クゼツ」
「はぁ? なんでだよ、その傷でほっとくことできないだろ」
「クゼツも見たでしょ、あいつらの動き、人間じゃなかった。絶対何かをする。今すぐ逃げた方がいい」
友人は血が流れる頭を押えながら、もう一方の手でクゼツの腕を掴む。
「それに私達はすぐに動けないから、せめて警護の人呼んできてよ……」
偶然では無いのだろう。殴られた全ての人には意識があった。致命傷を負った人は誰もいなかった。
「……くっ、分かった。すぐに戻るから」
クゼツは走ってエレベーターに向かう。鼓動はいまだに落ち着かずにいた。
急いで下の階のボタンを押す。エレベーターはすぐに降下を始める。エレベーターから降り、警備員に事情を伝える。
「何? 80階で人が殴られた? はぁ、これからオープニングセレモニーが始まって忙しくなるってのに……分かりました、すぐに向かいます」
警備員は面倒くさそうにエレベーターに向かう。クゼツはその警備員の態度に苛立ちを覚える。80階ではあんな惨状になっているというのに、あの危機感の無い歩き。
そう思いつつ自分も80階に戻ろうとしたその時。
爆音とともに建物が揺れる。
何事かと多くの人々が叫び逃げ回る。
阿鼻叫喚の阿鼻地獄。クゼツはそれからのことを覚えていない。どうやって崩れ落ちる建物から逃げ出したのか、なぜ自分だけが生きているのかも。しかし、一つだけ覚えている事がある。
自分の中に“反社を赦せない気持ちが生まれた事”と、“力に目覚めたこと”だ。
■
この間およそ5秒。
「クゼツ先輩、クゼツ先輩? クゼツ先輩!」
「お、おぉ、どうした?」
「あーいや、作戦の話を……クゼツ先輩大丈夫ですか?」
ミミは心配そうにクゼツのことを見る。どうやら昔のことに思いをふけりすぎたようだ。
「いやーすまん。ちょっと昔のことを思い出しててな、大丈夫だ」
「ミミに心配させたらダメだよ、クゼツ」
「ダメってなんですかダメって」
「ミミにそういうのは似合わないから」
ミミはハナに、長い黒髪に清楚で可憐、しかし何を考えているのか分からない目で見つめられ、何故か緊張してしまう。
「もー私のことはいいですから! 会議進めましょ!」
無理矢理話を終わらせる。実際こんなことしている場合では無いのは確かだが。
「そうだな」
その後も無名の結社の会議は続いた。
■
同日。
『kill's vampire』も同じく最終会議中だった。
しかし場所はいつものようにシロの家ではなく、どこにでもあるカラオケの一室だった。
それはもちろん秘密裏に、誰にも気付かれずにするためだ。
テーブルにはジュースやポテトやピザやらの、青春謳歌してますセットが並べられている。だが部屋の中で行われていることは犯罪の作戦会議。
「それじゃ、改めて説明するけど明日はシロちゃん一人で盗みに行ってもらう」
ヴァイルとの約束で盗めることは確定しているため、わざわざ四人で行く必要は無い。さらに、ヴァイルからの情報で当日結社は交代で一人づつ監視にあたることも分かっている。ならばキルズ最強の快速であるシロが、戦うこともなく逃げればいい。
「私とミナちゃんが入口で警備の足止めを、シアちゃんは始末をする。うん、我ながら完璧な作戦だね」
「いやその作戦考えたのほとんどミナ先輩でしょ? アゲハ先輩はなーんにもやってませんでしたよー」
「いやーシロちゃんも人のこと言えないと思うけどねー? チラチラ」
「へ〜そんなこと言っていいんですかね、この作戦の肝である私にー? あーあなーんか面倒くさくなってきたからやっぱ明日行くのやめよーかなー」
シロは足を組みながらソファに手を広げる。圧倒的優位にいる態度。そして明らかに先輩にしていい態度では無かった。しかしキルズの関係値なら先輩も後輩も無いようなものである。
「ひー! 将軍殿それだけはご勘弁をー! 」
「だったらこれ、入れてきてください」
そう言いながら手にしたのは空のグラスコップだった。ジュースを入れてこいということだろう。
「はい! ただいまー!」
アゲハは吹っ飛ぶような勢いで部屋から駆け出して行った。
「シロちゃん……ちょっとやりすぎなんじゃないですか?」
「大丈夫ですよー、アゲハ先輩はおバカさんですから」
「さっきの会話聞いてたらどっちもバカにしか見えなかったけどね」
今まで黙ってストローをかじってたシアは鋭い目で蔑むようにシロのことを見る。
「おやー? シア先輩そんなこと言っちゃっていいんですかねー? 私が──」
「別にシロがいなくても私がいけばいいだけでしょ、それにもしも戦闘する事になったらシロ、負けるでしょ?」
「ぴっきーん! シア先輩それは私の事舐めすぎじゃぁーないですか? 私が、結社に負ける? あははご冗談を」
シロは雪色のショートヘアを乱しながら席を立つ。それに対し、シアは漆黒に若干の紫が含まれる髪を静止させながら煽る。
「まぁまぁ二人とも仲良くしようよ? ね?」
「そもそも戦うことになんてなりませんよ、すぐ逃げればいいんですから!」
「それなら私にもできるよ、なんならついでに結社の一人や二人殺れることも」
そんななんの意味もない言い争いをしていたその時。
「お待たせしました旦那様ー!」
「え」
ドア近くにいたシロが勢いよく入ってきたアゲハにぶつかり横に飛ばせる。そこにはシアが座っている。
そのまま為す術なくシロはシアの元へ、シアは突然過ぎて反応出来ずに。唇が重なる。
「んっ!」
今まで聞いたことの無い声が、シアの元から聞こえてくる。
今までどこか人間味が欠けていたシアも、そんな声を出すのかと他の三人は思った。特に、目の前にいるシロは。
「あぁー! ごめんシロちゃん! 大丈夫!? シアちゃんもごめん……」
「あーすいません、ちょっとふざけすぎました、シア先輩も、すいません」
キスしてしまったが全く動揺していないシロに、それを見てシアの方がさらに動揺してしまう。
「あ、いや、私もからかいすぎた」
いわばファーストキスをしたシアは、シロの柔らかい唇の感触を忘れる事が出来なかった。そんな自分が嫌になる。こんなことでいちいち動揺する自分のことを。
「なんか、最終会議のはずなのに全くそんな気がしないね」
アゲハは苦笑いを浮かべる。
「まぁいいんじゃないんですか、この緩さがキルズの良いところだと私は思いますよ」
「ミナちゃんいいこと言うねー、そうだよね、そもそも明日の窃盗も余裕だからね!」
アゲハはいつものように満面の笑みで答える。それを見てどこか安心する三人。それから仕切り直してキルズは最終会議を続けた。
こうして、キルズと結社は最終会議をして、明日へ臨む。