4話 セレニティホールの来襲 (1)
2024年5月25日
反社が暴れサイレンが鳴り止まない夜。一週間後にキルズの標的である『エターナルナイト』が展示される【セレニティホール】には、二人の少女が不法侵入しようとエントランスを観察していた。
一人はブロンドの長い髪を揺らしながら、体のラインが見えるスパイが着ているようなスーツを着て、もう一人は片手にナイフを持ちながら、紫色の目で獲物を捉えていた。
「手駒にするなら落としやすい若い男性の方がいいですね」
ミナは道路を挟んだ建物から、完璧に任務をこなすために一切ふざけること無く、セレニティホールの入口に常駐する警備員を見定める。
来週侵入するセレニティホールの警備が厳重になることは容易に予想できる。当然のようにアサルトライフルなどの武器で武装もする。今立っている警備員すら持っているのだから。
────エターナルナイト、時価数百億にもなる宝石だ。作られたのは中世ヨーロッパ。その頃の国の女王がたいそう大切に身に付けていたもので、戦が始まった時に女王の恋人であり騎士である愛人が、命懸けで女王と宝石を守った。しかしその結末は騎士だけが不幸か幸運か生き延びてしまい、死に際に託されたのがその宝石だった。騎士は生涯をかけその宝石を大切に守り、以来先代国王の形見として大切に保管され続けている。これには諸説ありらしい。
「そうだね、手駒にするなら、あの男とかどう」
シアの指さす先には、三人いる警備員の中では比較的若い男が立っていた。確かにと、ミナもあの男なら落とせると同感する。しかしそうなると残り二人の警備員が邪魔になる。下手に近づけば警戒されるだろうし、呼び寄せることも難しいだろう。
だからこそ、ここにシアがいるのだ。
「それではシアさん、あの二人のこと頼みます」
「了解」
返事をするとシアは白い仮面を被ってから一瞬で移動を開始した。もちろんしようとしている事は邪魔者の排除である。つまり、暗殺。
■
忍び寄る怪物に、一番左にいる警備員は全く気づかない。足音などもちろん立たない、気づけるはずがないと言えば当然だ。シアはナイフを左手に持ち、構える。躊躇せずに慣れた様子でそれを行う。
────ヒュン。
と、風が空気を裂く音が鳴る。
隣にいた警備員はなんだと右を向く。目がそれを認識する。それは首のない状態で立っている元人だったモノで、そのように脳が判断して次にやってくる恐怖動揺困惑といった感情。その感情が現れること無く隣にいた警備員の顔もまた、宙に飛ぶ。繋がっていた断面は豆腐を切ったように綺麗だった。
────────ぼと。
一番右にいる若い警備員の前に、何かが落ちてきて、それは真顔で自分を見る。入口は照らされているので、それが何かはすぐに分かった。人間の生首である。
「うぁぁぁ!」
恐怖に満ちた男の叫び声が街に響く。
しかしそんな声を出しても誰かが助けに来る訳では無い。もちろんこんなことでいちいち反応してたら生きていけないからである。
だが、男は腰を抜かし動けずにいた。目の前には血を吹き出し崩れ落ちる二体の何かと、赤く染ったナイフを持つ少女が立っている。
男は声にならない声しか出せず、持っている武器のことも忘れたのかアサルトライフルには手もかけずガタガタ震えていた。
誰でもいいから、助けて。男はただそれだけを願っていた。
その時。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
振り向くとそこには明らかに只者では無い、キャットスーツなどを着込んで真っ白な仮面を被る恐らく女子高生がこちらに歩いてきていた。
男は必死に声を出す。
「ダメだ! こっちに来るな!」
そうは言ってみても、脳は何も考えていなかった。ただ無意識にそう言葉が出ただけだ。冷静に考えればあのナイフを持った少女の仲間だということも考えられる。冷静じゃないからこそ、何も考えられない。
ミナは不思議なものを見るような目で男の元までやってきて、視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「お兄さん、あなたもああなりますよ?」
ミナは男の耳元で崩れ落ちた見るも無残なそれを指さして囁く。男は恐怖が限界を越えフリーズした。ミナの脅しは男に効いた。
ここで「死にますよ」と言うのではなく、首の無い哀れで目を逸らしたくなる醜い死体に、自分もああなりますよと言うことで、死にたくないとは別の感情が生まれる。
「……っ、いやだっ、俺っはあんなのにはぁ……なりたくない!」
「そうですよね、私も嫌です。お兄さん、どうすれば助かるか、分かりますよね?」
ミナは微笑む。
「僕は、何をすればいい……」
男は徐々に現実を受け入れられて来たのか、冷静になっていく。冷静になってもここから反撃する気にはならないようだ。
「簡単なことです。エターナルナイトが展示される日の夜、私の仲間を会場に入れて欲しい。これだけです」
「分かった、必ずする。必ずするから」
「本当ですね? もし裏切れば、分かりますよね?」
そのタイミングでシアが男の元まで来て、首にナイフを当てる。
「約束する絶対に! 頼む信じてくれ!」
男は懇願するように泣き叫ぶ。
「……はい。分かりました、もちろんこのことも黙っていてくださいよ、ではまた」
ミナは男のおでこにデコピンをした。すると男は催眠術にでもかかったかのように倒れ気絶した。
■
その後、気絶している男のスマホから連絡先を入手し、ついでに個人情報も盗んだ。そして軽く内部の偵察をしてから二人は任務を終え帰還する。
「シアさん、もう少しどうにかできませんでしたか? あの辺血溜まりができちゃったんですけど……」
当日の警戒度が上がりそうだと思うミナ。しかし隣を歩くシアは冷静に答える。
「あれぐらいはやらないとあの男を落とせなかったよ。ミナ、色仕掛けとか苦手でしょ。恐怖の感情じゃないと落とせないよ」
事実。そういうのはミナには向いていない。体つきは良く誘惑出来ないこともないが、元々男に微塵も興味の無いミナには色仕掛けは難しい。それを見越してシアは二人を残酷に殺し、恐怖という感情を引き立てた。
「まぁでも、あのミナの格好は凄かったね」
「ちょっとシアさん、それどう言う意味ですか」
ミナは恥ずかしそうに聞く。
「いやぁすごくエロかったってこと」
「もう! 忘れてください!」
珍しく怒るミナを見て、いいもの見れたなと思うシアだった。
こうしてセレニティホールの偵察と手駒の確保を終えた。後は当日を待つだけだった。そういえば、アゲハが何かを企んでいたが、彼女のことだからまた狂ったことをしているのだろうと考えながらも、それはまた後で聞こうと思った。
■
セレニティホールから数キロ離れた某所。巨大な邸宅にアゲハは一人で侵入していた。そこは、エターナルナイト保有者の、ウィンダー・ヴァイルの邸宅だった。
ウィンダー・ヴァイル、資産家で巨額の富の持ち主。エターナルナイトはその巨額の富で購入した。欲しいものは手に入れるまで諦めない。それは物だろうが、人だろうが同じである。しかし、その富のせいか、度々悪い噂も立っている。
それは主に、反社に肩入れすることだ。
その富を使えば反社撲滅に大きく貢献出来るのだが、逆にヴァイルは反社側、正確に言えば面白そうな反社に協力する。逆にその富を狙って襲ってくる反社は容赦なく殺す。立場的には中立といったところである。だがやはり反社撲滅に意欲が無いことは民間人から多くの反感を買っている。
「るんるるるーるんるるるーるーるー」
鼻歌を歌いながらアゲハは白い仮面を被り邸宅の大きな廊下を歩く。薄暗い中目の前に見えてきたのはヴァイルの自室である。
重々しい巨大な扉。アゲハはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
「んー? おやおや、見知らぬ顔ですな、どちらさんで?」
社長が使っていそうな豪華で大きな机に、社長が座っていそうな椅子。部屋の家具全てがブランド品で盗みがいのあるものばかりだ。
その全ての所有者であり、邸宅の主。
「わたくし、ウィンダー・ヴァイルに何用ですかな?」
ぽっちゃり体型に、胡散臭い顔つきの男。髪は短く整えられている。しかし以外にもその顔つきはアゲハのことを見極めている様だった。仮面を付けているためアゲハの素顔は見えないが、それでも見知らぬ顔と言ったのは余裕のアピールだろう。
「どちらさんって聞いておいて次に何用って聞くとか、おじさんもしかしてバカなんですか?」
「ふむ、その言い方だと頼み事をしに来たという訳では無さそうだな?」
ヴァイルは自信ありげにそういう。
「あ、いいえ。頼み事をしに参った所存でございます」
ヴァイルは苦笑いを浮かべる。この不法侵入者が何をしに来たのか全く理解出来なかった。
「ああそんな警戒しないで! 警報スイッチ押さないで!」
確かにヴァイルはスイッチを押そうとしていたが、それは机の下でだ。 アゲハの位置からでは見えない。
「…………それで?」
「あーはいはい。えーっとkill's vampireという反社のボスやってる月詠アゲハという者です。ご存知で?」
「知らんな」
アゲハはガックリ肩を落とす。
「知らないかー、まぁいいや。えっと頼み事しに来たというかお願いをしに来たんですよ今日は」
アゲハは下手にヴァイルに近づかず、扉の目の前で話を続ける。それは警戒させない為、また攻撃されない為という理由だけでは無く、罠に引っかからない為である。
一歩歩けば恐らく警報が鳴るか、それとも銃弾でも飛んでくるか。吸血鬼の力のおかげで何となく分かった。
「頼み事とお願いが何が違うのかは分かりませんが、一体なんですかな?」
アゲハは一呼吸してから本題を話す。
「近々ヴァイルさんの元に結社が訪ねて来るはずです。その依頼に受けて欲しいんです」
ヴァイルは理解出来なかったのか一度ゆっくり考える。
「えぇつまり君は、結社の依頼を受けて欲しいという頼みを私にしに来たということかね?」
「はい、その通りです」
「それはまた面白い頼み事ですね、一体どういう訳が?」
ヴァイルは腕を組み興味のある様子で聞く。
「そこはあまり詮索しないで頂きたいですね。ですがひとつ言えることはー」
アゲハは妙に溜めてから言う。
「ヴァイルさんには得しかない」
アゲハのこの交渉は、ヴァイルには何が目的なのか全く分からない。本質的な所は何も明かさないで、関わるだけ無駄だと結論付けれる交渉だった。
がしかし。
「……今までもあなたみたいな反社が私に頼み事や力を貸してほしいとお願いしてきた事が何度かありました。まぁ私自身そういうことは実際にしています。しかしそれは私が気に入った、面白そうだと思った反社だけで、わざわざ頼みに来るようなつまらない反社は全員あの世に葬り去りました」
アゲハは黙って話を聞く。しかしその顔は常に笑顔だった。仮面で素顔は見えないが。
「ですが、いいでしょ。あなたは面白い。その何を考えているのか分からない言動、そしていかにもバカそうな貴女。気に入りましたよ」
「バカと言われたことは癪に触りますが、ありがとうございます。ではもしも本当に結社が依頼に来たら、追加でもうひとつお願いを聞いて欲しいのですが、いいですか?」
「ええ、本当に来るのならそのお願いとやらも聞いてあげますよ」
ヴァイルも久しぶりに楽しい事が舞い降りたかのようにウキウキ顔で会話をする。
「ありがとうございます! ヴァイルさんといいお話が出来て良かったです。不躾ですがこれにて失礼します」
「そうですな、これ以上ここにいるのは危険とお思いでしょう。お願いの件はお任せ下さい、貴女ともいい関係を築けることを願ってますよ」
ヴァイルにこやかな笑顔を浮かべながら部屋から出ていくアゲハに片手をあげる。
それは邪悪な企みがある笑顔ではなく、本当にこれからを楽しみにしている、そんな裏表のない笑顔だった。
ウィンダー・ヴァイルにはもうひとつ悪い噂がある。
それは性欲の権化と呼ばれるほど性に執着していることである。