37話 最終決戦(4)
「存在意義? なんだい、それは?」
摩耶は妹に聞き返したが、妹が何を言いたいのか分かっていた。そして自分自身も薄々気がついていた。
「これ以上世界を破壊する必要なんてないということです」
未来は姉の目を見て答えた。
「それは、本気で言っているのかい? 未来、これ以上の自由は、欲しくないのかい?」
「お姉様はどうなのですか? この世界にまだ満足していないのですか、そうであるのなら、わたくしはお姉様についていきます」
「そうか、なら私はまだ満足していないよ、この世界を破壊しようとする奴がいる限り」
摩耶の言葉を聞いた未来は「分かりました」といい優しい微笑みを見せた。
「どうやら、戦わなければいけないようだな」
「あぁ、ったく、往生際の悪い奴だ。てっきり説得して諦める流れかと思ったんだが、妹さんよ、お前は姉につくのか?」
クゼツは未来に聞いた。
「えぇ、わたくしはお姉様についていくだけです」
「そーかよ」
エレベーターから、結社、ノヴァ、キルズと並んでおり、結社とキルズはなんのコミュニケーションも取っていなかったが、
(二回目の共闘かな)
(なぜか、キルズは昔からの仲間と感じる)
アゲハとヒカリ、他のメンバーはそう感じていた。
戦いが始まる、誰もがそう思ったその時。
「残念だけど、まだ役者が揃った訳じゃないんだよなぁ」
結社もキルズもその声には聞き覚えがあった。キルズの真後ろにあるエレベーターが開いた。中にいたのは元キルズメンバーの、血紅夜シアだった。白い服に身を包み、片手ではナイフを回している。
「シアちゃん、よかった、生きていて」
花鳥風月楼の事件の後から生死すら不明だったが、生きていたことに安心した。しかし、
「やぁやぁシア君、待っていたよ。まま、とりあえずこっちきな〜」
エレベーターの前にいる結社を飛び越えノヴァの元へいく。颯爽と着地しノヴァと合流した。
血紅夜シア、キルズの中で一番強いのは彼女で間違いない。そんな彼女がノヴァ側に付けばその戦力差が五分五分ではないのは一目瞭然だ。シアの相手をするにはキルズ全員の力が必要だろうとミナは分析する。そうなるとノヴァを相手にするのは結社だけになってしまうが、未知数のノヴァを相手にするのはあまりにも危険すぎる。
「さて、んじゃ始めようかー」
「……了解です」
シアはナイフを構え、アゲハのことを見る。アゲハは参ったなという表情をする。シアの参戦により一気に勝率がなくなった。正直どういう戦いをすればいいのかまとまっていない。
シアはゆっくりと歩きながら、天狼の横を通り過ぎようとしたその時。
────────なんの前触れもなく、シアは天狼の腹部にナイフを刺した。ポタリと血が垂れる。
「浅いか」
シアは天狼の反撃を避けるためにキルズの方へ距離を取った。
「シア、ちゃん?」
困惑しているのはアゲハだけではなかった。結社も、攻撃態勢のまま呆気にとられていた。しかし、摩耶は平然としていた。最初からシアが裏切るのを知っていたかのようだった。それはつまり、シアを仲間に入れたクゼツのことも、信用していないということだ。
「あー? なぁにしてくれてんぞ? 殺る気なら一発で仕留めなきゃぁダメだぞ? 新入りさんよっ────」
天狼は手刀打ちによって気絶させられた。
「天狼はね、サメみたいなものでね、血の匂いを嗅ぐと興奮するんだよ、色んな意味でね。そうなると正直私達にも手に負えないんだよ。そうなると面倒になるだろう? だから今のうちに気絶させたわけだよ」
「…………そうかい。最初から、これが狙いだったんだね。シアを仲間に入れたのは、天狼を無力化するため、そうすれば私達に勝てる可能性は大きく高くなるからね」
プロキオンとシアはキルズの元へ歩く。
「あぁ、残念だけど摩耶側には付けない。こっちの戦力は九人、そっちは摩耶と妹さんの二人だけだ。摩耶、これでもやるのか?」
キルズにシアとプロキオン、そして結社を加えた九人。それと戦うのは摩耶と未来の二人。圧倒的な戦力差を前に、戦いを選ぶこと自体が愚かな行為だった。
「それでも、やるのか」
ヒカリはそう呟いた。
「本当の自由を手に入れるためだからね、プロキオン、すまないが君の願いは聞けないよ。こんな形でお別れになるのは不本意だが仕方ない」
「どうしてそこまでして自由を得たいんだ、元鬱に縛られていて世界を恨んでいるのは分かるが、そこまでする必要があるのか?」
摩耶のしたいことは自由を得ることでは無い、世界を破壊することだ。それは零が成そうとしたこととやり方が違うだけだ。
しかしその動機は親友であるプロキオンにも理解できなかった。
「だから理解できないんだよ」
摩耶は表情を少しづつ曇らせながら話す。
「誰にも分からないよ、元鬱宗のことは。縛られることがどんなに苦痛か、中で何が行われているか、歴史というものがどれだけくだらないものか。元鬱に生まれた人間は世の中からすれば異端者で、元鬱宗の中じゃ普通の人間になる。私と未来は世の中じゃ普通の人間だっただけだ。もう一度言う。
誰にも理解できないよ、元鬱ってのは」
摩耶は一歩踏み込むと、とんでもない加速をしてキルズの目の前まで来る。反応できたのはプロキオンだけで愛用している槍で摩耶の攻撃を防いだ。
「プロキオンが守ってくれなかったら君たち全員死んでいたよ?」
摩耶はプロキオンと対面しつつ、プロキオンの背後に立つキルズに言う。
「そうですね、少し油断しましたが戦いは始まったばかりですよ」
そういい、アゲハはプロキオンの横を駆け抜け摩耶に拳を振るう。それに合わせプロキオンも援護するように槍を刺す。どちらの攻撃も摩耶にはかすりもしなかった。
一方結社は奥で戦うキルズに加勢するために赤いカーペットを走る。その間にいるのは摩耶の妹であり、元鬱宗の神として崇められている未来。
「下から結社の援軍が向かっているはずだ、合流するまでに終わらせるぞ」
「あぁ、それで妹はどうする、殺るか?」
クゼツの声色に同情の気持ちは感じられなかった。それもそうだ、相手は自分の友人を殺した者だ。たとえどのような事情を抱えていようとも許すことはないだろう。それはミミもハナも同じだった。
「それ以外ないでしょ、彼女の罪は死んでも償えきれない罪なんだから」
「ハナ先輩と同意見ですね、それに殺らなければこっちが殺られますよ」
「あぁ、むしろそれぐらいの気持ちがなければ戦うこともできないだろう」
未来には戦う気力も戦える能力もあるように見えなかった。しかし結社は誰も油断などしていなかった。
『あなたには悩みがありますね? 虹色ヒカリさん』
なぜ名前を知っているのか聞こうとしたが愚問だと思いやめた。それよりも気になるのは、
「悩み?」
「惑わされるなよヒカリ、奴は怪しい宗教の神だぜ、耳を貸す必要もない」
クゼツは未来を鋭い眼光で睨みながらいう。
『そう、あなたには妹がいた。しかしその妹とは今は会えない状況にいる────』
クゼツは無駄話を終わらせるために未来に攻撃しようとしたが、目の前に現れた何者かによって防がれた。それはつい今までキルズと戦っていた摩耶だった。その目は狂気じみても血走っている訳でもない普通の目だったが、今すぐ離れろとクゼツの本能は叫んでいた。
「避けろ!」
摩耶の回し蹴りがクゼツに炸裂する。腕で防御したが窓まで吹き飛ばされる。亀裂は入ったが割れることは無かった。
「大丈夫か! クゼツ!」
「あぁ、なんとか、いてて」
「大人気ないな、摩耶は。そんなガチでやって恥ずかしくないのか?」
今のが摩耶の本気。ほぼ瞬間移動といえる速度で移動する。逆に言えば、これ以上の上はないということだ。摩耶を倒すにはこれを攻略しなければならない。
「自分の妹を守るためだ、何も恥ずかしくことなんてないだろう」
話す暇はない。キルズはすぐに摩耶の元へ向かい、攻撃を再開した。




