35話 最終決戦(2)
結社は世界平和結社委員会というチームを作っているのに対し、反社は個々の反社しかない。チームを結成していない理由は簡単なことで、反社を率いる程の力をもつ反社がいないからである。
自由の為に生き、何にも縛られない反社は、そのようなチームにも縛られることも嫌なため、反社をまとめることは不可能である。それこそ絶対に逆らえない程の力を得るしか、反社の連合を作る手段はない。
しかしキルズにはその力があった。それは反社達自身が分かっていることである。多くの反社がやろうともしなかった悪事を平然と行い、こなしてしまうキルズは、その外見にそぐわぬ圧倒的な力があることは認めざるおえなかった。
もしもキルズが反社全てを従える連合軍を作れば、結社はどう足掻いても太刀打ちできないだろう。今でさえ反社は結社の数を圧倒的に上回っている。
連合創設は本当の世界の終わりを意味する。結社がいることでギリギリ文明的生活ができている世の中も、できなくなるのは間違いない。
それを防ぐために、結社は総員を上げてキルズを殺しに向かう。
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「ヒカリ、出ていくのはまだか、一人、反社が殺されたが」
「慌てるな。まだ大丈夫だ、出るのはノヴァが現れたからだ。大丈夫、必ず奴らは来る」
キルズがいる階とは別の階に隠れているヒカリ達は今か今かとその時を待っていた。しかし、地上は結社でごった返し、建物中は反社まみれだ。そろそろ反社と結社の乱闘も始まるだろう。エレベーターも階段も使えないとなると現れない可能性も考えられるが、相手はあのノヴァだ。いきなり窓ガラスを割って入ってくることも想定しておいてもいいだろう。
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「さぁ、始めましょう! 完全なる反社の時代を創るために!」
アゲハは拳を突き上げた。それに合わせ他の反社達も「おお!」と叫びながら拳を上げた。中には拍手も沸き起こり、その空間は高揚感に包まれた。
アゲハは確信した。奴らが「来る」、と。
そして突然。アゲハが立つ一段上がったステージの上から、先程歩いてきた白いカーペットが延びる終着点にあるエレベーターが開いた。
叫び続ける反社達はまだ気がついていない。しかしキルズの三人ははっきりとその姿を捉えた。
あの日と何も変わっていない、白を基調とする服に身を包み、圧倒的存在感を放つその姿は間違いなく伝説の反社、『ハイパーノヴァ』だった。
名前も年齢もなにもかも不明な四人、しかしリーダーであろう一人の女とその横に並ぶ女は微笑んでいた。一人は不敵な笑みを、一人は女神の微笑みを見せる。
ノヴァの姿を認めたキルズはゾワッと感じたことのない“何か”を全身に受けた。
エレベーターから歩み始めたノヴァの姿に他の反社達も気づき始めた。
「…………は?」
反社達が目を見開く。それは伝播していき全ての反社が静まり返った。全員声にならない声をあげる。
また、外を飛んでいる報道カメラもそれを捉えた。
その報道を見ていた民間人は全員、あの日の大事件を思い出した。そして、本当に生きていたことに絶望した。結社も同様に、この場にノヴァが現れたこと自体信じられずにいた。
「おいおい、まさか私達抜きで勝手にdisasterを名乗ろうとしているのかい?」
ノヴァのひとりが中性的な声でいった。
「現disasterがいる中なんの許可もなく名乗ろうとするなんて、無礼だとは思わないのかい?」
語尾が高くなる特徴的な話し方だった。そして、口調は怒っていると感じるものではないはずなのに、何故か反論や言い訳をする気には一切ならなかった。すれば殺される、人間としての本能がそう叫んでいた。
「はい? 三年も行方不明だったくせに何をいまだにそんなこと言ってるんですか?」
一方、アゲハの口調は怒っていた。
「こんな世界にした責任も放棄して姿を消して、無責任にも程がありますよ。今更disasterずらしても、無理があるでしょう」
「それを決めるのは君じゃない、ここにいる全員だ」
その発言が響いた瞬間、場の空気が一変した。静寂が広がり、先ほどまでキルズを支持していた反社たちの視線が、一斉にdisasterに向けられた。それは敵意ではなく、どこか畏敬の念を帯びているように感じられた。そして、この場に立ち込める空気は、まるでキルズの方が敵として現れたかのような冷たさと威圧感をまとっていた。そして、それが答えだった。
「…………いや、さっきまでノリノリでしたやん? なにノヴァ寄りになっているんですか?」
たった一言で場の空気は全て持っていかれた。
「残念ながら、これがみんなの正直な気持ちなんだよ、kill's vampire、君達がdisasterを名乗ることは許されない。それに、お前たちもだ」
その言葉が言い終わるのと同時に、ノヴァの周りにいた反社が倒れた。他の反社達は何が起こったのか理解できず、その場に立ち尽くす。
「disasterってね、代々継いでいくものじゃないんだよ。この世界は私達が創った完成品なんだから、それ以上なんてないんだよ。だから新しいdisasterなんてないんだよ。でもね、君達はそれを分かっていない。せっかくこの世界を創ったのにまだ満足できないのかな? だからまたこうやって姿を見せることになるんだ」
言い終わるとまた、近くにいた反社がこと切れたように倒れた。ここでやっと状況が理解できた。反社達は見えない速度で殺されている。それが分かれば生きている反社も黙ってはいられない。
「いきなり何してんだクソアマァァァ!」
一部の反社がノヴァに向かって走る。殺気に満ち溢れた形相もしかし、一定の距離に入ると魂が抜けたように崩れ落ちた。
「…………もう、ガマンできないっ……! 殺す、全員ワタシが殺す!」
ノヴァの一人、四人の中で一番凶暴そうな顔つきの女は突然発狂した。そして次々と拳で反社達を殺して回る。
「相変わらず天狼はすぐ手が出てしまうね。まぁいいさ。邪魔な奴らはさっさと片付けたかったことだし」
数百人以上いた反社達は次々と数を減らしていく。キルズの三人はその惨劇を傍観していた。
「……さっきあなた達が殺した反社は、反社の中ではトップクラスの人気があった反社達ですよ。仲間にはならないけども他の反社達の憧れのような存在だったんですよ、そんな彼らを殺して、他の反社達が黙っていると思います?」
「関係ないよ、どれだけ大勢で来ようとも私達は倒せない」
「その発言も今に悔いることになりますよ。あなた達の時代はもう終わっているんですから」
「そうかい。さて、邪魔者もいなくなったことだし、戦おうか?」
「それは光栄ですね、ところであなた達の名前くらい知りたいんですけど、教えてくれませんか?」
静かになった会場には多くの人が横たわっていた。その空間にはアゲハの声だけが響く。
「構わないよ。私は元鬱摩耶、こっちは妹の元鬱未来」
「んー、次は私か、といっても初対面じゃないよね、青星プロキオン、そう名乗っておくよ。ちなみにこっちは大狗天狼、見ての通り狂人さ」
プロキオンと名乗った女には以前、花鳥風月楼の時に会っている。シアを連れ去った、張本人である。
「ありがとうございます、聞いたのは本当に興味本位だったんですけどね」
アゲハはそう言うと、戦闘態勢に入る。一方ノヴァは天狼という狂人以外、戦う素振りを見せなかった。
『そろそろ始めるのか?』
その声を聞いて、アゲハは呆れた溜息を出し微笑む。役者はまだ揃っていなかった。




