33話 三つ巴の戦い(8)
────────しかし何も起こらなかった。
もしも『ボツリヌストキシン』が拡散しているのなら、この場にいる者はとっくに死んでいるはずだ。
「どういうことですか、零さん」
「聞かずとも分かるだろう。“テロスなんてできていなかったんだ”」
ヒカリは悲壮な面持で零を見る。
「そうか、できていなかったのか……恥ずかしいな、これで、終わり、なんて……」
世界を脅かした最悪の兵器。しかし完成されていなかった『テロス』、そんなありえない失敗に後悔する間も、何かを思う間もなく、零は無情にも事切れた。
「…………既にWPACには通報している。直に多くの結社が駆けつけるだろう」
「そうですか、それを教えてくれるってことは、今は戦わないってことですね」
「あぁ、その傷で戦っても呆気なく終わるだろうし、勝負を決める最後の戦いももうすぐ訪れるだろう」
ヒカリのその答えの意味が何を指しているのか確証はできなかったが、
「えぇ、その日も、もうすぐですよ。では、さようなら!」
アゲハは入ってきたドアから外へ出る。シロとミナも一瞬結社の方を見てからついていく。
「よかったのか、見逃して。捕まえるチャンスだっただろ」
クゼツはヒカリを見ながら言う。
「あぁ、問題ない。9月22日、何があるか分かるか?」
「大事件の時に破壊された塔、『平和塔』の再建、『混沌の塔』の完成日」
シアの言葉にヒカリは「その通りだ」という。
平和を祈るために建てられた塔は、呆気なく『disaster』によって破壊された。多くの人々が犠牲になった最悪の大事件として語り継がれるはずのそれは、反社からは『自由』を獲得させた奇跡と呼ばれている。
この事件をきっかけに始まった『混沌の世』。反社が蔓延るこの世界では大事件はそう捉えられている。そして破壊された平和を祈るための塔の代わりに建設されている、今の世を記念する塔。
「kill's vampireが『disaster』になるのなら、その日に何かをするのは間違いないだろう。だから私達はその日を待っていればいい。そしてその日が、『混沌の世』最後の日になる」
「つまり、反社の世界が終わって元の日常に戻ると」
ヒカリの考えを理解したクゼツは納得した。やはりキルズのしたいことは、ただdisasterになることではないと、クゼツは思った。
その後、駆けつけた結社達によって現場は大勢の人達に埋め尽くされた。死亡した零は運び出され、開発していた『テロス』は無害であることが確認された。
多くの反社は飛んだお騒がせ野郎だと零を批難した。
『テロス』の存在が告白された時はあれほど騒いでいたが、いざできていなかったとなるとふざけるなと怒鳴る反社達には結社も呆れていた。
■
9月20日
事件から数日が経過した。反社と結社の戦いは奇妙な程に鎮静化していた。それが嵐の前の静けさだということは結社も理解していた。
どういうことか。それは『混沌の塔』の完成が二日後に迫っているからである。
『混沌の塔』という自分達反社の時代を象徴するものの完成日に何もしない訳が無い。さらに、反社が秘密裏に動いていることは結社も察知していた。その日のために結社も作戦を練っていた。
その中で一番警戒すべき反社にされているのがkill's vampireだった。
キルズは何か特殊な力を持っていると思っているのは結社だけではなく、反社達の中でも思われ始め、今ではキルズを支持する反社も多い。
そんなキルズが何をするのかは分からないが、恐らくdisasterになるための何かをする可能性が高いのは間違いなかった。
「さて、明後日に迫った『混沌の塔』の完成についてだが……私の予想ではその日にdisasterがやってくる」
「disaster、『ハイパーノヴァ』がくるのか」
クゼツの表情が曇った。
「なんの目的があって来るのかは予想しているの?」
ハナはヒカリに聞く。相変わらずナイフをいじっている。
「そうだな、考えられるのは二つ。新たなdisasterを称賛しに来るか、殺しにくるかだ」
「殺しにくる……」
ミミは呟いた。
「まぁわざわざ称賛しに来る可能性は低いだろう。つまりもしもノヴァが現れればdisasterを殺しに来たということだ」
「そうですね、来るならそれ以外の理由が思いつきませんし」
結社が話し合いをしている一方、キルズは。
■
「やるんですか、アゲハ先輩」
「もちろん、シアちゃんがいなくても、やらない選択肢はないよ」
「そうですね、既に私達は多くの反社から支持されてますし、多少強引なやり方をすれば二代目disasterになることもできるでしょう」
「ついに、叶えられるんですね。disasterになる夢を」
姉に見つけてもらうために──
世界を変えるために──
楽しさを得るために──
disasterになることを夢に見ていたキルズ。その夢ももう一歩手前まで迫っている。
「それで、肝心の作戦はどうするんですか」
「うん、それはねー」
アゲハはいつもと変わらず作戦を話し始めた。




