30話 三つ巴の戦い(5)
9月3日 19時14分
二人の兄妹との戦いは数分で決着がついた。
「大丈夫ですか、ミナ先輩」
「うん、心配ありがとうシロちゃん、私は大丈夫だよ」
心配させないような声でそういうミナの片腕からは血が流れていた。服は肩の辺りが一部破れている。
先程戦った軍人と同じで、二人の兄妹も人外の強さを誇っていた。兄妹も改造人間であることは間違いないだろう。実際に吸血鬼の力を持つキルズでさえ負傷するほどの強さ。そんな怪物を生み出したゼロが何者なのか、キルズは段々と気になってきていた。
しかし死人に口なし。殺した兄妹からゼロについての話を聞くことはできない。キルズはこの二人がまともな会話をできるとは思っていなかった。それにゼロの正体はこれから分かる事だ。
「あーあ、この研究室もボロボロになっちゃいましたね」
研究室は見るも無惨な部屋へと変貌していた。壁は崩れ実験器具は破損して、そこらじゅうに血が飛び散っていた。
「…………疲れたねぇ、正直」
座れそうな椅子に腰掛けるアゲハは嘆息を漏らした。続いた強敵との戦闘によってアゲハの体には相当な疲労が溜まっていた。
「ですがこれからが本番ですよ。私達がここに来たのは『テロス』を奪うためなんですから」
「そうだよねぇ、いやでもさ、ゼロは言ってもただの研究員でしょ? 奪うのはそんなに難しくないはずだよ」
「それならいいんですけどね……」
ミナは『テロス』を奪うのが一筋縄ではいかないと何となく思っていた。
「それでこれからどうしますか、ここに『テロス』が無いとなると行き詰まることになりますが」
「大丈夫だよ、もうそろそろご本人から現れてくれると思うし」
アゲハがそう言った瞬間。まるで狙ったかのようなタイミングで彼は入ってきた。
「やぁ、こんにちは、キルズの皆さん」
落ち着いた声が聞こえてきた方を見ると、白衣を着た二十代後半程の男性が後ろ手で扉を閉めている姿が見えた。人目見ただけで彼は頭が良いと思い『テロス』を創ったのは彼であるとキルズは一発で分かった。
「あなたが、ゼロさんですか」
「その通り、私がゼロです」
ポケットに手を入れ、ゼロと名乗った男はキルズと距離を取りながら会話を続ける。
「それにしても、あの化物を倒してしまうとは、恐るべき強さですね。その力を有していてなぜ、あなた達は反社をやっているですか?」
「あなたには関係ないことでしょ、それは。私達はあなたと話をしにわざわざこんなところにまで来たんじゃないんですよ。さっさと『テロス』を渡してくれませんか、今までの戦いは全部賭けみたいなものだったんでしょ」
ゼロが本気で人類を滅亡させる気などないのは分かりきっていることだ。時間制限を設けたのも、自分を止めてくれる存在を待つためだったのだろう。そして、先程の戦いで改造人間を倒す者が現れれば、人類滅亡も諦めるつもりだったのだろう。
座りながら答えたアゲハの予想は正しく、ゼロは見透かされていることに肩をすくめ微笑んだ。
「やっぱりバレバレだったかな。君の言う通りだよ。私は待っていた、私の愚行を止めてくれる者をね。でもね、人類を滅亡させるつもりが全くなかったというのは嘘じゃない。もしも君達が現れなかったら私はなんの躊躇も無く『テロス』を放出していたよ。でも、君達が来てくれたおかげで私は抵抗してから『テロス』を放出しなければならなくなった」
「は? あなたまだ諦めてないんですか? 止めてくれるって、まさか自分を殺して止めてくれって意味じゃないですよね?」
ここまで来れば人類滅亡を諦めると思っていたアゲハは、ゼロがまだそれを諦めていないことが信じられなかった。
「さすがキルズ、話が早くて助かるよ」
「どうして、あなたはそこまでして人類滅亡させたいんですか、世界が終わってるからですか? それとも大切な人が殺された恨みでですか? ……あなたのその半端な覚悟でしていい行為じゃない」
「どっちもだよ」
ゼロは悲しい過去の記憶を思い出したのだろうか、目の奥にかすかな憂いを宿しながら、懐かしそうな表情を浮かべた。
「それは自己中って言うんですよ。何あなたの勝手な都合で人類滅亡を巻き込んでるんですか、あなたは自分のしていることを何も理解していない」
「そうだね、私はあの時から何も理解出来ていない。こんなことしてもあの人が許してくれる訳が無いのに。でも、それでも私は許せないんだ、この世界をこんなにした人類を。平気で人を騙し、自由の為に街を破壊し、人を殺すこの世界が」
「……それは私も同感です」アゲハは小声でそう呟いた。
「すまない、私はもう自分を理解出来ない。だからお願いする。私を殺してくれ」
そういうとゼロはポケットからひとつの注射器を取り出した。透明な液体を腕から注入する。
キルズは今日三度目の戦闘になると確信した。




