29話 三つ巴の戦い(4)
蹴り飛ばされた鉄扉が、外れた勢いで階段を跳ねながら落下していく。
その音を聞いていたのはキルズの他に七人いた。
そのひとりは階段を降りた先すぐに現れた扉の向こうにいた。
真っ暗だった地上に比べて、地下には蛍光灯が淡く灯っていた。そしてその光の下に、男は立っていた。
スキンヘッドに緑色のタンクトップ。広い肩幅と厚い胸板の鍛えられた肉体を見るに、現役軍人であるということは一発で分かった。
しかし軍人らしさ、否。人間らしさは全く感じられなかった。
「なに、あれ」
シロは唖然とした態度でそれを見る。
がっくりと体を前へ倒し、手はだるんと力なくぶら下げている。顔に生気はなく、例えるならゾンビのようだった。先に続く廊下の真ん中に立つそれは、その先へ進む者を拒む門番の役割を担っているのだろうか。
がっくりと垂れていた体が、突如前を向いた。死んだ目は三人を捉えた。
「さすがにすんなりと『テロス』まで行くことはできませんよね。でもここにあることは確定しましたね」
「そうだね。でも、避けては通れなさそうだね」
生気は感じられないが、闘士はあるのだろう。軍人は半歩足を踏み出し構えた。戦う手段は己の拳一つだけだった。
「まぁ軍人くらいどーってことないですよね、私達からすればどんなに──」
言葉は遮られた。シロは避けるので精一杯だった。昔戦った秘密結社の一人、クゼツよりも今のパンチは速く強力だった。
キルズ最強の快速であるシロで、避けるのがギリギリ。油断もあっただろうがそれでも軍人のスピードは人外であることに変わりはなかった。
「何その動き!? 速すぎでしょ!」
アゲハの驚愕の声も無視して、軍人は壁際に避けたアゲハの顔向け拳を突き出す。
ヒョイっと顔を傾け、間一髪で回避する。壁は破壊され瓦礫が飛び散る。
「まさか、こいつも“力”を持っているの?」
「分かりません、ですがそもそもこの方は人間ではないように見えます、ここは知っての通り研究所なので、もしかすればこのような力を獲得する何かを作ってるのかも知れません」
ミナは避けながら考えを話した。
つまり、改造人間。生気がないのはその副作用だと考えられる。そしてそんなことをしたのは、
「ゼロって奴、こんなことまでやってるとは、余程の悪らしいねっ!」
再度壁を殴る。そこは部屋だったようで、殴られた壁に穴が空いた。そんな強力なパンチをしても、軍人は変わることなく三人を狙い続ける。しかしその攻撃はただ獲物に向かって真っ直ぐ攻撃する単調なものだっため、避けるのは苦ではなかった。
「ちょっと軍人さん! 一体何されたか知らないけど攻撃するのやめてくれない!? てか話通じるの!?」
アゲハの叫びは無情にも届かず、軍人は今までとは違った攻撃を見せる。軍人の放つ突然の後ろ蹴りをアゲハ避けることができず、精一杯の防御をとりそれを受けた。
「アゲハちゃん!」
アゲハは勢いよく蹴り飛ばされ、壁を突き破って隣の部屋の床に崩れ落ちた。
ミナは珍しく怒りを顕にし、軍人に攻撃を仕掛ける。それに合わせるようにシロは自慢の快速を生かし注意を引きつける。
二人からの同時攻撃に軍人には0.01秒の迷いが生まれた。しかしそのレイコンマレイ秒の間ですら、この怪物同士の戦いにおいては勝負を決定付けるを間へと変わる。
ミナの拳は軍人の脇腹を抉るように叩き込み、その勢いで体を半回転させ隠し持っていたナイフを腹へ突き刺す。そこまでしてもミナは攻撃を止めない。確実に息の根を止めるため、ナイフに全体重を乗せ、一気に下へ引き裂いた。
胃上部から下腹部まで切り開かれたた腹部から、大量の血と臓器が流れ出る。足元にいるミナはすぐにそこから離れる。
「ぐぱッ」
軍人は口から血を吐き出す。ミナの攻撃はこの勝負を決定付ける一撃となった。
それを理解しミナは蹴り飛ばされたアゲハの元へ駆け寄る。
「いったぁ、左腕痺れるー」
アゲハは床に座りながら自分の腕を抑える。仮面で表情は伺えないが苦痛な顔はしていないだろう。
「あ、あいつ倒せたんだ、結構強かったね、ほんとっ、なんなんだうね」
アゲハはミナの手に掴まりながら立ち上がり、軍人の元へ歩く。軍人は相変わらず血を流しながらその場で直立していた。一瞬すでにこと切れているかと思ったがシロはまだ死んでいないと言う。
「ヒュー、ヒュー」
軍人の口から口笛を吹くような音が鳴っていた。
「……おま、えら、の……求めて、るっものは、この先だ」
最後の力を振り絞り、軍人は消え入りそうな声でキルズにそう告げる。
「何か知ってるなら話してくださいよ! あなたは何をされたんですか! ここで一体何を────」
「ゼロは、この先にいる……彼を止めてくれ、彼は、可哀想な男だ」
シロの言葉を遮って言ったその言葉を最後に、軍人は事切れた。
「……バカ、そんなこと聞く義理はないってのに」
シロは呆れと哀しみが含まれた溜息を吐いた。
ゼロを止める義理がないのは事実で、そんなことをする必要はキルズにはなかった。それでも、最期の願いを叶えようとすることくらいしてもいいだろうが、生憎シロの性格上それを叶えるつもりは微塵もなかった。
そんな頼みを聞かされるくらいなら少しでもここの情報を聞きたかったのがシロの本心だった。
「さて、結局これがなんだったのか分からなかったですけど、進みますか、ゼロを殺すために」
シロは崩れた服装を直しながらアゲハを見る。
「……そうだね、まぁとりあえず今は改造人間ってことにしておこう。んでそんな非人道的なことする奴は残念だけど死んでもらおう」
左腕をブラブラ揺らして痺れが治ったことを確認する。戦闘を続けられるなら先へ進むまでだった。
三人は立ったまま死んだ軍人を横にしてから廊下を進む。
先に見えてきたのはひとつの扉。暗証番号も鍵も無いただの扉。
この先に敵が待ち構えているのは当然で、それが先程の敵よりも強いということを、キルズは察していた。
アゲハは扉を開けた。そこは一変して大きな部屋だった。部屋というより研究所だろう。ここがこの研究施設の根幹であるのは間違いないだろう。壁際にはいくつもの研究設備が並べられていて、部屋は廊下に比べて弱い光で照らされている。
そして予想通り、そこには待ち構えていた。
「…………ナンバーワンは負けたか」
一人はまるで色が抜けたかのような髪色の女。生気こそ感じられるが生きる気力は少ないように感じられた。もう一人はボサボサ髪の男。キルズをゴミを見る目で見ていた。
「あれにやられないなんて、なかなかやるようだね、その調子で僕達のことも殺してくれないかな」
部屋の中央に立つ男は願い事をするように手を合わせた。その声は暗く、この先の未来を諦めているようだ。
「……あなた達は何者? あなた達も私達を止めに来たの?」
アゲハはまだ敵か無害か分からない二人をじっくり観察する。戦闘する意思は感じられない。しかし『ナンバーワン』という意味深な発言からして、ここについての知識を得ていることは間違いないだろう。
ここの関係者となるのと、こいつらが研究員か、それとも彼と同じく実験体か。
「あー違う違う、違うんだ……いや、違くはないか。うんそう、命令だと僕達は君達を倒さなきゃいけないんだよ。ね、妹」
「うんそうだよお兄ちゃん、私達はあの三人を倒さなきゃいけないんだ。でもこの命令を守る意味は無いんだよ、守っても守らなくても結果は同じだからね。私達は死ぬしかないんだ」
「……これはもう逝っちゃってますね」
シロはやれやれと肩を揺らす。アゲハミナも同様に、この二人を助けることは不可能だと考える。言っていることは理解出来ないが、その話し方からして二人も何かを施されたことは予想できた。
「教えてくれませんかね、さっきの軍人の事とか、あなた達の事とか」
「ナンバーワンは長年ゼロ直属のボディガードでね、だからゼロを疑わなかった。変な実験にも喜んで身を捧げた。それがあの軍人の正体だよ」
「そんであなた達もゼロに騙されたバカだってことですか」
「話は最後まで聞いた方がいいよぉ、私達はただの被害者、ゼロに脅されただけだよ。『従わなかったら兄を殺す』ってさ。だからそう、私達は被害者なんだよ」
「妹の言うとおりだ。ゼロには『命令に従わなければ妹を殺す』と言われた。だから僕は仕方がなくこんなことしてるんだよ。そう、仕方がなくね」
「なるほど、一応そちらにも事情ってものがあるんですね。なら安心してください、私達があなた達を助けるので」
事情が事情ならわざわざ戦う必要は無い。そちらが困っているなら助ければ済む話だ。だが、
「それってつまり僕達を殺してくれるってこと? てことは殺意があるってことだよね、あー良かったそれなら話は早い。さぁ僕を殺してくれよ、早く解放され、た、い……」
男は妹の姿を見てから、突然自分の髪を掻きむしり始めた。
「そうだ! 僕達には命令があるんだった! あああクソ! 僕達は君達を殺さなきゃいけないんだ!」
「お兄ちゃん落ち着いて! 大丈夫! どっちみち私達は死ぬんだから! ただ私達は戦えばいいだけなんだよ!」
自暴自棄になる兄に妹は駆け寄る。
「一体なんなんですかこの茶番は、死ぬやら殺せやら、そういうこと連呼するのやめた方がいいですよ」
至って真面目な口調で話すアゲハ。この無駄な時間に嫌気がさしてきたのか、戦闘態勢に入る。これ以上この会話を続けても何も生まれないのはミナもシロも分かっていた。
「それじゃ、お望み通り殺してあげますよ」
顔の前にナイフを構え、二人の兄妹を狙う。
「お願いするよ、キルズさん」




