28話 三つ巴の戦い(3)
9月3日 18時34分
明かり一つない森の中に突如として現れる巨大な研究所。長さ約500メートルの研究所では様々な薬が製薬されていた。今では当たり前に服用されてるあの薬も、中には完治不可能とされた病気から人類を救った名薬もある。それらの薬をまだ若き20代で開発した人物は、零博士と呼ばれていた。
そんな多くの人々を救おうと尽力していた彼が、なぜ今は人類を滅亡させようとしているのかは誰も分からず、また誰も気にしていなかった。
この世界に不満を持っていて、世界を滅ぼそうと思う人がいることくらい、誰もが予想できるからだ。彼もその一人で、彼にはそれを実行出来る力があった、ただそれだけの理由で十分だった。
キルズの三人は研究所の全貌が見下ろせる森の中にいた。研究所の敷地には街灯だけに光が点っていて、建物の中に人気は感じられなかった。
いつもの如く白い仮面を被ったアゲハは早速邪魔者を見つけていた。
「あれは、結社、いや反社だね。数は4人か」
研究所は高さ5メートル程の壁に囲まれている。入口は二箇所あり、どちらにも警備員の姿は無いが、そんなところから堂々と入ろうとする恐れ知らずはいなかった。反社は壁をよじ登ろうとしていた。
「中に入られたら面倒ですね、さっさと仕留めちゃいますか」
ミナの言葉に二人は同意し、反社の元へ忍び寄る。
「よし、こっから侵入するぞ」
「『テロス』さえありぁなんだってできるからな、お前ら浮かれてミスすんなよー?」
「一番浮かれてるのはアンタでしょ」
「静かに、気づかれたらまずいでしッ────────」
反社の言葉は途中で途絶えた。それに他の反社は何事かと振り替える。下を見れば仲間が一人気絶していた。
攻撃された。そう認知した時には時すでに遅し。他の三人も瞬く間に気絶させられた。
「さすがにこっち狙いに来る反社もいるよねぇ」
アゲハは気絶させた反社を見ながら言った。
少しでも頭を使える反社なら、こっちに『テロス』があると踏むのは当然である。いくらキルズが本部を襲撃するといっても、製薬所でもないところに『テロス』を保管しているのは違和感があるだろう。それに今のように、もしも『テロス』を保管してあるとしてもあっという間に反社達に攻められ、本部は落とさられる。保管場所には向かないのは明白だ。
「他にも反社が来そうなのでさっさと行きますか」
ミナの言葉に二人は頷き、器用に壁を登り敷地内に侵入した。
車二台が走れる程の車幅の道路が建物を取り囲むように敷かれていて、所々に見張り台のようなものが建てられている。しかしそこにも警備員の姿は認められなかった。
地面に着地した三人は姿を隠すことができる草の裏に息を潜めた。
アゲハは辺りを見渡し、警戒する。
「人っ子一人いないや。おかしいよね。昨日あんなこと言ったくせにここの守りが誰もいないなんて、これじゃまるで奪ってくださいって言ってるようなもん……」
途切れたアゲハの言葉。だが聞いていた二人も行き着いた考えは同じだった。
「奪って欲しい、そう願っているんですかね〜」
「本当は人類を滅亡させる気なんてない。だからすぐに実行させることなくわざわざ世界に公表した。可能性としてはありそうですね」
つまりこの誰もいない状況は決して罠ではなく、むしろ歓迎されていると考えられる。
とは言っても、無警戒で進むのはさすがに危険だ。程々に警戒しながら三人は敷地を進む。この広大な研究所のどこに『テロス』があるのか、キルズは分からなかった。そのためいくつもある建物を虱潰しに回るのは骨が折れる。とりあえず今は研究所内で一番大きな建物を目指して進んでいた。
白を基調とする四階建ての建物。空中廊下を通して隣の建物とも繋がっていた。建物の入口まで、難なく行くことができた。扉はエントランスではなく職員用の入口だろう。質素な扉一枚だけがあり侵入するのは容易だろう。
シロはゆっくりと力を込めていき、扉自体を取り外した。チラリと顔を覗かせ中を警戒する。室内は真っ暗で中がどのような構造をしているのか、確認することは出来なかった。
暗闇に目が慣れ、何となく物が見えてくることを暗順応と言う。普通完全に暗闇に目が慣れるまでは三十分から一時間かかると言われている。しかし吸血鬼の力はこれすら常人では有り得ないものへ変える。
ものの数秒でシロは闇に慣れていく。しかも常人より更に鮮明に視界に映るものを見ることが出来る。
一階は研究会では無いのだろう。やってきた者を迎えるカウンターが見えた。シロの入った入口はやはり職員の入口で、職員が仕事をする側から侵入した。
「さぁて、ここからどうするか……」
と、次の行動を考えようとしたその時、下から微かに人の動く音がした。
下、つまりそれは地下があるということだ。
「ふむ、怪しいね。下から物音、研究所の地下で極秘の研究を行っているなんて超王道だけど、もしも『テロス』があるとしたらそこだろうね」
「ですねー、怪しいニオイもプンプンしますし、いや本当に何の匂いなんですかね〜」
クンクンと、犬のように匂いのする方へと進むシロ。その先にあったのは一枚の鉄の扉だった。先程の職員用の入口とは比べ物にならない程々厳重な扉は鍵穴二つに加え暗証番号を入れるボタンまで付けられていた。
そして扉には目線丁度の高さに【関係者以外立入禁止】と赤文字で書かれていた。キルズが求めているものがこの先にあるのは明白だった。
「行くよ、二人とも」
この先に何が待っているのかは不明だ。しかしポツンと『テロス』が置かれているとは想像できなかった。だが、
『テロス』をテレビで公表したこと、わざわざ猶予を持たせたこと、研究所に一人も警備員がいないこと、謎の匂いで扉を発見させたこと。
これら全てのことがゼロの目的が他にあると証明している。
何事もなく終わるとは思っていないが、何事もなく終わって欲しい。そう願いながらキルズは扉を蹴り飛ばしdisasterへの道を解放した。




