27話 三つ巴の戦い(2)
9月3日 朝
その日は妙に静かな朝だった。私はゆっくりとベットから起き上がりパンを焼く。
いつもなら朝から反社達が街で暴れているのに、やはり昨日のニュースが効いたのだろうか。さすがにそれどころでは無いらしい。
パンを食べ終え洗面所に向かう。鏡に映るのは月詠アゲハ。いつもの自分の顔だった。
『人類を滅亡させる生物兵器』
人類滅亡の危機は明日に迫っていると言うのに、その顔は落ち着いていた。
なぜかと言えば自分を過信しているからだ。つまり、そんな兵器を使わせることなく私が奪うからだ。
kill's vampire、思い返せば様々な悪事を積み重ねできたものだ。
私はペッと口を濯いでから自分の部屋に行き着替えを始める。
お姉ちゃんに見つけてもらうために作った反社だが、未だにお姉ちゃんは現れない。でも、もうすぐ会うことができるという謎の自信も持っていた。何故かは分からないけど、それも例の生物兵器を奪って、disasterになれるからかもしれない。disasterになれば否が応でも私の顔を見ることになるはずだ。そうすれば、多少当時とは髪型とか違うけど、見つけてくれるよね?
出掛ける服装に着替え私は一度椅子に座る。テレビを付ければどの番組も(と言っても五局しかないけど)ゼロのことしかやっていない。WPACが運営するテレビ局は避難指示ばかり放送していて見るのはすぐやめた。
少し早いけど手持ち無沙汰な私はいつものカラオケボックスへ向かう。シロちゃんの家に行かなくなったのは何となく、やっぱりあの母親の心が読めないからである。私達が反社をしていることを分かっていて見逃しているような、そんな気がしてならない。
『ゼロを殺せ!』『平和を脅かすゼロを許すな』『人類の敵ゼロ!』少し街中へ出てみると多くの人間がそんなことを言っていた。平和を脅かすゼロと聞こえた時は思わず吹き出しそうになった。平和なんてあの日以降一回も訪れてないのに、何が平和を脅かすだ。言っている奴らは全員反社だろう。
カラオケボックスについたのは10時を少し過ぎた頃だった。
カラオケに入る前にもう一度街を見る。
反社の暴れていない街はなんだかいつもの街とは違って見えた。違和感を感じる理由が反社が暴れていないとは、呆れる理由だ。
反社のいない平和な世界を目指しているのに、反社がいないことに違和感を覚えていてどうする。
そんな自分の顔を手で叩き気合を入れる。
「よし! 今日も頑張ろう!」
世界が滅亡するまで、約14時間だ。
■
「みんなおはよー」
アゲハは朝から元気ハツラツに挨拶をした。カラオケボックスにはミナ一人しかいなかった。
「あ、アゲハちゃんおはようございます」
「あれ、まだシロちゃんはいないか」
「はい、珍しく遅刻ですね……」
集合は10時だったが、シロの姿はなかった。シロが遅刻をすることは滅多にないため、二人は少し心配になる。心配していたその時。
「先輩方おはよーございまーす」
扉からいつもと変わらないシロが入ってきた。いつにも増して庇護欲を掻き立てるその姿につい二人は甘やかしたくなる。
「シロちゅぅあぁん! も〜遅刻するなら連絡してよぉー」
アゲハはシロの体をスリスリ触る。
「少し遅刻したくらいで大袈裟すぎですよー、もうベタベタくっつかないでください」
「だってー遅刻するなんて珍しいからさー、なにー寝坊でもしちゃったのー?」
「まぁ、そうですね。昨日は驚いた事があったので……」
言わないつもりでいたのに、つい口が滑ってしまった。シロは慌てて誤魔化そうとするが、
「そうですね、昨日のニュースを聞いてむしろぐっすり眠れた方がおかしいですよね」
ミナはシロの言う驚いた事をゼロの事だと勘違いする。そのおかげでシロは母親の事は言わずに済んだ。
「あ〜確かにそうだねー、あれ私結構ぐっすり眠れたんだけど」
「大丈夫ですよアゲハちゃん。私もいつも通り眠れたので」
「良かった、私だけがおかしくなくて。でもこれまた珍しいね、シロちゃんがビビるなんて」
ソファに座ったシロはメロンソーダを注文する。それからアゲハの方を適当な笑みを浮かべながら見る。
「まさか、今はもう大丈夫ですよ。さ、さっさとゼロをどうするか決めましょ」
「だね。と言っても作戦はもう決めてあるんだけどね」
アゲハは立ち上がり作戦内容を説明する。
キルズの知名度は実はそこそこ上がってきている。“あくまで反社の中”ではの話だが。そしてアゲハの作戦はそれを利用する。
まず、12時にkill's vampireがこれから都心部にある研究所ゼロの関連施設を襲撃すると言う。他の反社は生物兵器『テロス』がそこにあるという情報をキルズが掴んだと思い、集まって来るだろう。しかしそれはもちろんブラフの情報で、これはあくまで反社の気を引くだけの作戦である。
本当に『テロス』があるのは街外れにある別の研究施設ということは昨日一日の情報収集で把握済みだ。そこへは19時、夜になってから襲撃する。都心部にある施設は24階建ての巨大施設な為、攻略には時間がかかるだろう。そこに『テロス』がないと気づくまでは時間がかかるだろう。
一方キルズは研究所を襲撃し、華麗に『テロス』を奪い取りミッションコンプリートという作戦だ。
「それでも釣られないで街外れの研究所に行く反社がいたらどうするんですか?」
「ふむ、いい質問だよシロちゃん。その場合はただ倒す以上だよ」
「研究所の侵入は隠密にいくんですか? それとも派手に行くんですか?」
「研究所の警備体制を完璧に把握出来ている訳じゃないからね、出来れば気付かれずに行きたいけど、まぁ最悪戦うことになっても問題は無いでしょ」
「ふむ」とミナは頷く。結局吸血鬼の力があればどうにかなると考えてしまうため、ミナはそれ以上作戦に追求することは無かった。
「二人とも作戦は分かったね? もしかしたら今日で新たなdisasterが生まれるかもしれないから、気合い入れていこう」
姉と再会できるのも近いだろうと、胸に期待が膨らむ。『テロス』を手に入れることが出来ればキルズは間違いなく世界から恐れられる存在となるだろう。それはdisasterになるのと同義だ。
「というか私達もはやヒーローですよねー、凶悪な兵器から人類を救うさ」
「頑張りましょう、世界を変えるために」
■
12時00分
キルズは予定通り研究会ゼロの施設を襲撃すると世間に公表した。それを見た多くの反社はアゲハの思惑通り、都心部にある研究会ゼロの本部施設に『テロス』があると思い込みそこに集まる。
24階建ての高層ビルの地上には多くの反社が集まっていた。その数約4000人。今も途絶えることなく増え続けている。これに結社も黙って見てはいられない。本当に『テロス』があるのかは分からなかったがこの大混乱を止めるためにも結社も出動する。また、半信半疑で『テロス』があることも想定し、『テロス』捜索部隊も派遣した。
13時17分
ゼロの本部を襲撃すると公表してから一時間が経過した。しかしここでひとつの問題が浮上した。それは肝心のキルズがどこにもいないということだ。本部を観察することが出来る場所にいるキルズは、銃を乱射し爆弾を投げながら進む反社を見て思った。どこにもキルズがいないことに反社が違和感を持てば、キルズの情報が嘘だったと考える反社が出てくるだろう。
そこで仕方なくシロが本部へ出向いた。キルズの象徴のような白い仮面を被っていけば、すぐにキルズだと気づくだろう。
17時40分
日が落ち真っ赤な夕焼けが本部を照らす。高層ビルのあちらこちらから煙が上がっている。既に20階には到達しているだろう。無傷の外壁も残り僅かとなっている。
反社の数はすでに手のつけられないレベルに達していた。数万、下手をすれば数十万人はいるだろう。もちろんそれだけの人がいればビルに入れない人は当然いる。そういう人達は何をしているのかと言うと、ただ叫んでいた。それはまるで祭りに来てはしゃいでいる若者のように。日々のストレスを発散させるように。ただ叫び笑いこの状況を楽しんでいた。
結社はそれを眺めていることしかできず、その場所には異様な世界が広がっていた。
そしてキルズは移動を開始する。ここから数キロの町外れの研究所へ向かい始めた。




