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26話 三つ巴の戦い(1)

「ここに地球を壊せる爆弾があるとする」


 アゲハは大学教授のように話を進める。


「その爆弾はスイッチひとつでいつでも起爆でき、それをする覚悟はできているとする。さて、そんな超危険な爆弾を奪いにくる輩がいるか? 答えはいない。そんな危険を犯す愚か者はいないから。もし奪うなら完璧な作戦を立ててから奪いに行くに決まってる」


 「では」と、イタズラを考えている子供のような顔をしながら続けた。


「無策で奪いに行くバカが本当にいたら?」


「みんなびっくりするだろうねぇー。何やってんだーって。そして、みんながそのバカの名前を嫌でも覚えることになるだろうねぇー」


「シロちゃん正解! その愚行によって私達バカキルズの名は必ず世界に轟くことになるのだよ!」


 証明完了とでも言うかのようにアゲハは誇らしげに自分の胸を叩く。


「確かに奪いに行けばkill's vampireの名はこれ以上にないほど知れ渡るでしょうけど、それ相応の危険は付きますよ?」


 世界中に名を轟かせる代償として、世界を滅亡させる危険が孕む。この究極の天秤があるとしても、アゲハの考えは変わらなかった。


「大丈夫でしょ。むしろこれ奪えずしてdisasterになるなんておこがましいよね。人類を滅亡させられる兵器を見過ごすなんてdisasterじゃありえない。それを手にしてこそdisasterになれるんだよ」


「…………」


 カラオケボックスは静寂に包まれた。


「いつもならここでシアちゃんがツッコミを入れるとこだけど、なんだか寂しいね」


「シアさん、無事でしょうか……」


「大丈夫ですよー、あの()()()()()を見ればわざと捕まったことなんて誰でも分かりますし、潜り込んでスパイでもやってるんじゃないんですか?」


 シロはシアが捕まったのはわざとだと言うが、その適当に物を言う態度からはそれを本気で言っているのかは分からなかった。


「disasterにスパイかー。さすがシアちゃんだね」


 アゲハはテーブルの上に置かれたストローの刺さったコップを体を前に倒して飲んだ。その目はどこか遠くを見つめていた。シアをすごいと言っていたが、心からの言葉ではないのだろう。


「まぁ何も相談せずに裏切るのはちょっとびっくりしましたけど……」


 ミナも自分の髪をいじりながらどこか言葉と本心が一致していないような声色で話す。


 三人は疑っていた。シアがなんの目論見もなく、ただdisasterに寝返っただけなのではないかと。


「あはは、いつの間にか話変わってたね、えーっとなんの話だったっけ?」


「はい、ボツリヌストキシンを盗みにいく話でしたね」


「そうそう、そのボツなんちゃらを貰いにいく話だっね。と言っても問題ないよね。相手はたかが研究員なんだから、そんなヤバい兵器があったところで私達には勝てないもん」


 自信ありげの言葉にミナもシロも気合いが入った。


「決行いつにするんですか?」


「早い方がいいだろうねー。時間が経てば経つほど結社達がどうにかしようと動くだろうし、兵器を使っちゃうかもしれないしね

 今日、なんて言ったらみんな怒る?」


 二人の様子を伺った。どちらも驚いた表情はしていなかった。


「いいんじゃないんですか、いつでも」とシロ。


「でも少しは事前に調査しておきたいですね。研究所がどこにあるかは分かりますが、どういう警備でどこから侵入するかくらいは決めておきたいです」


「よーし、んじゃそれが終わり次第すぐにいくってことで」


 今回の大騒動に対してのキルズの方針は『奪う』という選択で決定した。





 その日の夜。シロの家では母子二人が真っ白なリビングで食事をしていた。テレビは付けておらず、ナイフで肉を切る音や食器を置く音だけが部屋に広がっていた。シロのお皿に乗っている肉が半分程になった頃、シロの母親である氷花が口を開いた。


「今日、結社の子が(うち)に来てね、シロちゃんのお友達のこととか調べていたんだけれど、家、バレちゃってるのね」


 何気ない会話のように氷花は言ったが、それをシロは聞き流せなかった。食事の手を止め母親の事をじっと見る。それは警戒しているからでも驚愕しているからでもない。ただ相手を見定め、どういう返事をするかを考えていた。


(ま、あれだけ四人でコソコソしてたらそりァバレるよねー。ミナ先輩も気づかれてるみたいな話してたし)


 母親に反社の活動をしていることが露見していることは想定内だった。それに対して何も言わないのは母親の変わった性格を見ても納得できていた。あくまで傍観者の立場だと思っていたが、結社に家がバレたことを教えてくれたことはこちらの味方だったと結論付けてもいいだろう。


 驚くような反応をするのも面倒なので、シロは自分が反社であることをあっさり認める。


「お母さん……うん。そっか。どういう人達だったの?」


「女子高校くらいかしらね、確か長い桃色の髪の子と短髪の〜水色だったかしら、そんな子達よ」


「ふーん。私達のこと、なんか話したの?」


「えぇ、名前だけね。それとね、話していたら突然反社が入ってきたのよ、まぁ大したこともなかったけど、まさかのタイミングよねぇ」


「ふーん。この家を選ぶなんて運がない反社だね〜」


「ふふ、そうね。生憎私は反社に対してはなんの感情も湧かないから、シロちゃんが反社をすることについても何も言わないわ」


 娘が反社として生きることに、母親は何も言わなかった。


「それで? シロちゃんはどこまで調べたの?」


「ん? 何の話ぃ?」


 食事の手を止めた氷花は自分の愛娘を試すような目で見る。


「私の事」


「よく分かんないけど、お母さんのことは何も調べてなんてないけど……」


 母親の質問の意味が分からなかった。今までの会話でなぜ母親のことを調べたかの話になるのか。


 次に氷花は言った。


「私がdisasterの母親だってこと。知らない?」


「お母さん……いくら私が反社やってるからってその冗談はつまんないよぉ……」


「ふふ、そうよね。普通、信じられないわよね。でも紛れもない真実なのよ。────宵花蒼(よいばなあお)、今は青星プロキオンと名乗っているそうね。この前の花鳥風月楼での事件に現れたって、ニュースでやっていたけれど、シロちゃんは姿を見なかったのかしら?」


 母親の話したことは冗談や適当を言っているとは思えなかった。なんの根拠もない話だがそれが真実だとシロは察した。しかしそれは、自分の母親をdisasterの母親だと認めるということで、決して認めることなどできないことである。


「……………………」


 食事の手が止まった。鼓動が大きく、早くなる。気分が、悪くなる。


「うっ」


 シロは今まで食べていた夕食を全て吐き出した。愛娘が嘔吐する姿を見ても、氷花は座ったままだった。


「ゲボッゲボッ、なんて、なんでそんな話、急に言うの」


 口を拭いながらシロは母親を睨む。


「ごめんなさいね、てっきり知っていたと思って」


「私の、姉が、disasterの一人? あの大事件を起こした、一人が、私の姉?」


 やはり認めることなどできなかった、少なくとも今は。


 シロは席を立ち「風呂行く」とだけ言いリビングから出ていった。


 「そうよね。自分の姉が、disasterなんて知ったらそうなるわよね」


 氷花は少しの間目を瞑った。


 この事実は、いずれ必ず知ることになるものだった。反社としてdisasterを目指すなら、必ず姉と対峙することになるからだ。そして氷花にとって、その話をするのは特別気を遣うものでもなかった。別に今この話をして後々の為に何かを企んでいる訳でもなくて、ただ生まれつき自分以外の人間に対してなんの感情もないだけなのだ。


 氷花はゆっくりと立ち上がり、静かな部屋の中一人で娘の嘔吐物を掃除し始める。





 自分の母親は大量殺人を起こした犯人の母親だった。


 自分の姉は大事件を起こしたdisasterの一員だった。


 このことをキルズに言うべきなのか、いやそれは避けた方がいいだろう。ただでさえ今シアがいない状況でこんな話をしても余計にキルズを混乱させるだけだ。


 風呂の中、シロは水面に写る自分に話しかけるように考える。


 ならば自分はどうするべきか。disasterの居所を突き止めるため母親に話を聞くか、他の結社に密告するか、自分一人でdisasterに立ち向かうか、それとも自分の心に閉まっておくか────────


(らしくない。私、らしくないな)


 宵花シロは適当な人間である。それは自分自身が一番理解していた。こんなに深く考えてしまうなんて、私じゃないだろう。それに頭を使うことは苦手なのだ。


「ま、とりあえず今日は寝るかー」


 その後宵花シロはすぐに眠った。

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