25話 幕間(3)
侵入してきた二人の男はヒカリ達を囲むように立つ。パーカーを着て、フードを被っている二人の顔はあまり見えないが、年齢は20代前半くらいだろう。手にはナイフが握られており、それだけでただのチンピラでも生命の危機を感じさせる恐怖の対象になる万能アイテムである。
「へへ、若い女がひと、あぁ三人か、今日はついてるなぁ」
「女子高生ってとこか。よし、俺が縛るからお前はいつも通り見張っとけよ」
もう一人の男は「あいよ」と返事をする。そして氷花を縛ろうともう一方の男が近寄ってくる。まさか二人が結社だとは知る由もなく。
まずい。そう思い反社の制圧に動き出そうとしたその時。
氷花はクゼツがギリギリ目で追える速度で男のナイフを奪い取り、躊躇いなく男の右腕に刺した。
「あぁぁぁ! いってぇぇ!」
男は大量に血を垂らしながら腕を掴み悶える。まさかそんなことになるとは思っていなかったもう一人の男は動揺してその場に立ち尽くしている。
「ふふ、油断大敵。相手が女性だからって抵抗されないと思ったら大間違いよ?」
反社が家に入ってきても尚氷花は先程と何ら変わりは無かった。
「て、てめぇ! 何者だ!」
男はナイフを氷花に向け震える声で叫ぶ。反射してヒカリとクゼツも氷花の顔を見た。彼女が何者なのか知りたいのは二人も同じだった。
「ただの一般市民よ。“世界を変えた娘の母親”なだけのね」
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その後、侵入してきた男達は逃げるように退散した。
腕を刺された男が通った道には血が付いていた。
「ごめんなさいね、まさかこんなことに巻き込まれるなんてねぇ」
氷花は洗面所からタオルを持ってきながら言った。床には大量の血が付着しておりそれを拭き取ろうと腕を動かす。
「いえ、というか、どういう意味ですか?」
「どういう意味って?」
「だから、世界を変えた娘っていうのは……」
世界を変える娘なら理解出来る。しかし、世界を変えた娘というのはどうも引っかかる。いくら娘が反社として目覚しい成長をしているとしても、今から世界を変えたというのは時期尚早過ぎるだろう。
「そのこと? そのままの意味よ? 私はdisasterのプロキオンの母親って意味よ、あら。もしかしてそのことは知らなかったの?」
「ええ? disasterの、母親?」
ヒカリは目を見開いた。何度も脳内で氷花の言葉を反芻したが、その言葉の意味を理解するのには時間を要した。
「そうだ……思い出した」
そしてクゼツは氷花を見てから感じていた、既視感の正体を思い出した。あの大事件が起こった日、クゼツの前に現れた四人のdisasterの一人が、今目の前にいる母親とよく似ていた事を。
それは先日の花鳥風月楼で現れたdisasterと同じである。
「あら、ごめんなさい、早とちりしてしまって。でも色々と事情があってここ数年会っていないのよね、元気にやっているかしらねぇ」
氷花は慣れた手つきで床の血を掃除しながら懐かしむような顔をする。
「いやいやいやいや待て待て待て、あんたがdisasterの母親だって? てことはなんだ、宵花シロはそのdisasterの妹ってことか?」
「えぇ、そういうことになるわね、ただ父親は違うから正確には異父姉妹ということにはなるわね」
「……その人について、知っていることを教えてください」
「そうねーさっきも言ったけど何年も会ってないからね、どこにいるかも今何をしているのかも分からないのよね。ごめんなさいね」
「そうですか……今日は色々とありがとうございました。とても興味深い話が聞けて良かったです」
ヒカリは氷花にそう告げて、席を立った。クゼツも情報を処理しきれていない頭を振り、ヒカリの後を追う。
「あら、もう帰るの? ならちょっと待って」
そういうと氷花は隣の部屋から小さな何かを手に持ってやってきた。見ればそれはポチ袋だった。
「これ、貰っていって頂戴?」
「…………なんですか、これは」
反射的に手に取ったが、ヒカリは訝しむようにそれを見た。
「ほんの少しのお金よ。好きなものでも買って自由に使って頂戴」
「……ごめんなさい。こんなものは受け取ることができません」
「あら、そう」
「では、さよなら」ヒカリとクゼツはドアを閉じた。
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「キルズメンバーの名前。シロの母親はdisasterの母親でもあること。そしてその母親は狂っている。これが得た情報をまとめた結果となる」
家に戻ったヒカリとクゼツはシロの家で得た情報を共有する。
「ふーん。クゼツがギリ追える速度ねぇ、さすがdisasterの親ってとこかな」
「でも話を聞くにその親はそういうことするの慣れてそうですよね。反社の事をなんとも思ってないのは力があるからだと思うし」
「確かに初めて家に反社が来たって反応じゃなかったな」
今思えばあの強烈な香水も実は血の匂いを隠すためのものだったのではないかとヒカリは考えたが、憶測の域を出ないため口にはしなかった。
「それより重要なのはdisasterの母親を見つけた事じゃなくてキルズの情報を掴めたことでしょ」
「あぁ。名前だけでも知れたことは大きい。あとは学校の情報システムにアクセスすればさらに詳しい情報を得ることができるだろう。ミミ、申し訳ないがまた頼む」
「もちろん。任せてください」
ミミはパソコンを開き蝶光高校のハッキングを始める。
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数十分後、ミミは「見つけました」と息を呑むような声でいい、三人に画面を見せる。
「これが、キルズの正体です」
パソコンの画面にはキルズの素顔を始め、生年月日住所本名年齢が映されていた。
「こんなにあっさり情報システムに忍び込めるとは、反社の暴動化で手薄になっていたか」
「だがおかげで助かった。これでやっとキルズを捕えることができる」
「油断は禁物だぞ。情報を掴めたとしても奴らには強大な力がある。それに、一人はdisasterに連れ去られていて行方不明だしな」
クゼツは喜びに浸かることも無く冷静だった。あと一歩のところまで来たからこそ冷静でいられているのだろう。
「だな。次はどうキルズを罠にかけるか、それを考えるべきだろう」
桃色の瞳を光らせながらヒカリは言った。────それから四人はどうやってキルズを捕らえるかについて考え始めた。
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一週間後。ヒカリは必要最低限の物しか置かれていないワンルームの部屋で、最近では常習化してるキルズ捕獲の作戦を考えていた。他の三人は出払っていた。
驚愕のニュースの知らせを知ったのは正午を少し回った時だった。
「おいヒカリ! 私だ! 急いでドア開けてくれ!」
慌てふためくクゼツの声を聞き、ヒカリは何事かとドアを開ける。
「テレビ! テレビ付けてくれ!」
反社のニュースばかり報道するテレビは、最近は全く付けていなかったが、クゼツに急かされたため急いで付ける。報道されていたのは緊急速報と題されたニュースだった。
『テロスと名付けられた【ボツリヌストキシン】は改良に改良を重ね、“小瓶ひとつで人類を滅ぼす”には事足りるという話ですが、西村教授、そんなことが可能なんですか?』
『確かにボツリヌストキシンというのは自然界最強の猛毒と言われており、1gで1,000万人以上の命を奪うことも可能です。しかしこの毒は口からの摂取、または傷口から体内に入れてしまった場合のみ危険で、反社の言う皮膚呼吸から吸収するということは……東山さん、ありえないんですよ』
『なるほど。ではもしも本当に皮膚呼吸から吸収されてしまったら、西村さん。どうなりますか?』
『…………東山さん。そうなれば人類は間違いなく絶滅するでしょう。
通常ボツリヌストキシンは空気中に漂うことはありません。しかしエアロゾル、つまり人の手によって微粒子化すれば空気中に拡散させることも可能でしょう。そしてそれは言い換えれば1gで1000万人を殺せる生物兵器ということになります。東山さん。これ、やべぇーす』
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「…………なんだこれは」
ヒカリは呆然とニュースを眺めることしかできなかった。
「ボツ、なんだかってなんだ? 人類絶滅? 笑えない冗談だろ?」
「残念だがこれは本当の可能性が高い、ヒカリ、知ってるか? 『研究会ゼロ』って」
研究会ゼロといわれてヒカリはすぐにピンとはこなかったが、思い出してみるとそれが何なのか分かった。
完治不可能とされていた多くの病気に対する医薬品を開発した研究会で、その名は日本人なら誰もが知っていた。大事件発生後はその名を耳にすることは途絶えていたが、まさかこのニュースからその名を聞くことになるとは結社だけならず反社も思いもしなかった。
「そこからの発表だ。どうやら明後日、9月4日0時にこの世界を終わらせるつもりらしい」
クゼツは両手を腰に当て呆れた様子でニュースを見る。
名の知れた組織からの情報なら、それが嘘だと受け流すことは出来ないだろう。さらにそれが医療に関わる組織なら尚更だ。
「キルズの情報を掴めたと思ったら次はこれか。全く、なぜ世界はこんなにキルズを捕らえることを拒むんだ」
キルズ捕獲の作戦内容を書いていたノートや書類を退かし、「ミミとハナも呼べ、先にこいつを食い止める」とヒカリは言った。
キルズ捕獲の作戦はしばらく保留にするしかないなと思いながらも、ヒカリは研究会ゼロの対処をどうするかを考え始めた。




