24話幕間(2)
「どうぞどうぞ上がって頂戴」
口調こそ母親だが、その姿を見るに年齢はヒカリやクゼツと変わらないように見えた。大学生、または大人びた高校生と言っても通用しそうだった。
────そしてクゼツは些細な既視感を感じていた。
(どこかで会った気がするが、どこでだ?)
記憶を探ってみるがシロの母親と会った記憶など当然ありはしなかった。
手招きされた二人は「失礼します」と断りを入れてリビングへと入った。
広々としたリビングには、上質なソファと重厚感のある大理石のテーブルが並び、シャンデリアが柔らかな光で空間を包んでいた。窓からは手入れの行き届いた庭が一望できた。高級感の中にも家庭の温かさが感じられる、落ち着いた贅沢さが漂う空間がそこには広がっていた。
「そこに座っていて、今お茶入れるからねぇ」
「すいませんお気遣いさせて」手馴れた様子でお茶やお菓子を盛り付けるシロ母の背中にそう言いながら二人は席に着く。後ろから見るとその服装も相まってメイドのように見えた。
「……」
部屋の中は静かで、一人で過ごすには心地よさそうだが、今はその静寂さによって気まずさを際立てる。しかしそう思っているのは二人だけで、シロ母は笑顔で紅茶とクッキーを持ってきた。
「さ、どうぞ、まだまだいっぱいあるから好きなだけ食べてね」
八人掛けテーブルの端二席に並ぶように座った二人に対してシロ母はヒカリの正面に来るように座る。
「ありがとうございますー、じゃあいただきまーす」
クゼツはクッキーを一つ口に運ぶ。一噛みした瞬間、クゼツの表情が変わった。
「んー! うま! ……え、ガチで上手いんだけど」
あまりの美味しさにクゼツは驚きを隠せなかった。クゼツの人生の中で食べたクッキーで一番美味しいと断言でき、そこら辺に売っている物とは違うということが庶民にも分かるほどには美味なクッキーだった。
「ふふ、それはよかったわ、そちらの……あら、そういえばまだ名前を聞いていなかったわね」
シロ母は優雅に紅茶を飲みながら言った。
「そうでしたね、私の名前はヒカリです」
「私はクゼツです、どうぞよろしく」
「ヒカリちゃんとクゼツちゃんね、よろしくね。宵花氷花だけど、好きなように呼んでくれて構わないわ」
宵花、ほぼ間違いなかったがそれを聞いてシロの母親だということは確定した。言い換えればキルズメンバーの一人の母親。聞きたいことはたくさんあるが、まさか直球で「キルズについて教えてください」などと聞くことは出来ない。そもそも自分の娘が反社なのかを知っているも分からないのだから。
「それで? 二人はなんの用でシロちゃんに会いに来たの? 学校はどこも休校だし、学業に関係することではないんでしょう?」
シロの母親はそう聞いたが、本当はそんなことどうでもいいような口調だった。むしろ、なんの用で来たのか知っているような、そんな気すら感じられた。
だがなんの用で来たのかなど適当な理由を付ければどうにでもなる。少し厄介なのはクゼツとのコミュニケーションが取れないということだ。これも長年の付き合いでどうにかなればいいのだが。
そんなことを考えながら適当な理由を話そうと口を開いた時、『それでいいのか?』という声が聞こえた気がした。それは自分の声だった。つまり内心は一刻も早くキルズの情報を得たいとでも思っているのだろう。
ならば、一つ勝負に出るべきだろう。
「……えぇ、実は、私達は『無名の結社』という結社に所属しているんですけど、先日起こった花鳥風月楼での事件にシロさんがいたという情報があってですね、それについて話を聞きたくて来たんですよ」
流石に本人がキルズその者であるとは言わなかった。しかしまさかここまで踏み込んだ質問をするとは思わなかったのだろう。クゼツは意外、と言うよりむしろ驚いた表情をヒカリに向けていた。
「シロちゃんが、花鳥風月にいた? 昨日は友達と遊ぶーって言ってたわよ?」
「そうなんですか? では何時頃に家に帰ってきたかは分かりますか?」
「さぁ、私が寝ている間に帰ってきたから分からないわ」
「そうですか……」
昨日は友達と遊ぶと嘘をついて花鳥風月楼に行き、帰ってきた時間は不明、昨日の事を聞いても新たな情報につながるようなものは何も無いか。ヒカリがそう思いながら次の質問を考えているその時。
「その質問って、何か意味があるのかしら?」
「え?」当然の声に、ついヒカリは反応してしまった。
「だから、シロちゃんがいつ帰ってきたかを知って得をするのは、シロちゃんが犯人だった時だけじゃないかしら? 事件の時間とシロちゃんが帰ってきた時間に不合理が無ければ、シロちゃんが犯人の可能性が高くなるものね」
まるで最初からそう言おうかと考えていたかのように。シロの母親は得意げに話した。
ヒカリとクゼツはゴクリと唾を飲んだ。
白銀のロングヘアから覗く水色の瞳は、全てを見透かしているかのように二人を見ていた。
只者ではない。二人はそう思った。普通そんな冷静に自分の娘が反社だと仮定して話をするだろうか。自分の娘が反社な訳ないと反論することも無く。
「すみませんね、こいつ、こういう事情聴取的なことするの慣れてないんですよ」
クゼツはできる限り平然を装いフォローする。
「いいのよ。それで? まだ聞きたいことはあるかしら?」
ここで引いてはダメだ。ヒカリは反社の母親の目を見て事情聴取を続ける。
「そうですね……気分を害されたら申し訳ありませんが、正直に言うと“我々はシロさんを容疑者の一人”と見ています。理由は花鳥風月楼入口の防犯カメラには映っていたのに、肝心の事件のタイミングではどこにも映っていなかったからです」
つまり事件が起こったタイミングにアリバイはない。
「正直に話してください。娘さんは、反社に関わっていませんか?」
ヒカリの目付きはもはや学生の目付きではなく、真面目に任務に取り組む結社の目をしていた。
部屋に静寂が訪れる。そんな中シロの母親はゆっくりと紅茶を口に入れる。
「そうね、シロちゃんが反社、いえ、キルズだというのは間違いないでしょうね」
シロの母親の言葉に二人は目を見開いた。躊躇いがないその口調は、その言葉か嘘では無いことを証明していた。
「よくお友達三人が遊びに来るもの。それに背格好も似ているのよ、だから間違いないわよ」
「……そ、その人物については、他に何か知りませんか?」
「確か名前はアゲハちゃんとミナちゃんとシアちゃんって言ってたわね。学校も同じ蝶光高校よ。リーダーはアゲハちゃんなのかしらね、いつもシロちゃんの部屋で作戦会議なんてしてるし、まぁ楽しそうだったわ」
娘の昔の思い出を懐かしむかのような顔をする。
「あの、聞いていいですか? どうしてそこまで知っていて平然としてられるんですか?」
堪らずクゼツは質問した。
「ふふ、人は何にも縛られる必要なんてないんだから、やりたいことがあるのならやらせているだけ、ただそれだけの理由よ」
「いや、だとしてもそれが人に迷惑をかける、それ以上に人を悲しませる事に繋がってるんだからそんなのはおかしいでしょ」
「それが反社との違いなのでしょう」
氷花は手を組み顎を乗せた。反論したクゼツの目を、氷花は優しい目付きをして見る。
「人に迷惑をかける、人を悲しませる。そんなことを気にしていないから反社をやっているのでしょう。それを考えられる人は反社じゃ無い。そして世界は前者を選んだの。反社が多く増えたのも、他人のことなんてどうでもいいと思っている人が増えたからでしょう。全ての人間が他人を気にしなくなれば、それは迷惑をかけるとは言わない。新しい常識となるの」
言っていることは常識を外れた聞くに値しない話なのに、その言葉には妙な説得力を感じた。
「……あんたは今の世界に不満はないのか?」
クゼツの悲痛な質問にも氷花は笑って答える。
「えぇ、不満なんてこれっぽっちもないわよ」
「……そうですか、それは残念です」
クゼツは冷え切った紅茶に目線を落とす。これ以上この人と話すことはないだろうと、クゼツは思った。なぜなら自分とは考えが違いすぎるからである。
「だからこの家に残っているんですね? 外の掲示板に避難指示の紙が貼られていましたけど、まさか見ていない訳ではないですよね?」
「そうね、もちろん避難してくださいということは知っているわ。でもヒカリちゃんの言う通り、周りが危険だと思っても私からすればどうでもいいのよ。それに反社と言っても所詮はただの素人、何も恐れる必要なんてないのよ」
その時。
窓ガラスが割れる音と同時に何名かの男が家に入ってきた。
「おいおい! 騒ぐんじゃねぇぞ女どもぉ?」




