23話 幕間(1)
花鳥風月楼での事件の翌日。今や警察機関よりも大きな存在となっている、世界平和結社委員会は、ここ最近絶え間なく発生する反社の暴動に対し、ひとつ手を打っていた。
それは、『必要外の外出禁止命令』だ。その名の通り、必要のない外出はするなという命令。それはまるでウイルスが蔓延した時に発令するような命令だが……
「奴らは害悪な病原菌だ、自由という名の欲望に蝕まれた病人だ」
そんな人間を生かしておく義理などない。
「殺せ。舐め腐っている反社達を、全員。結社の力を思い知らせてやれ」
その号令に、多くの歓声が沸く。WPAC本部には多くの結社が集まっていた。その中には日本を代表するような結社もいた。だがここに無名の結社の姿はない。なぜなら彼女達は数少ないWPACに所属していない結社だからだ。
しかし、それでも心に思っていることは同じ、『結社を滅ぼす』である。
「始めよう! 反社の撲滅を!」
強い口調でそう宣言したWPACのリーダー。それをテレビで見る結社。そう、これは全て録画された映像である。もちろんこの映像をテレビで放映したのは反社を煽るためである。
「これが吉と出るか凶と出るか……」
未だ休校中なため、いつもの部室が使えない結社は今日もヒカリの部屋に集まっていた。比較的平和なところにあったヒカリの住んでいるマンションも、ここ最近はよくサイレンの音を聞くようになった。
「鎮圧の手段に『殺し』を使う結社を恐れるか、それとも反抗するか、反抗してくるとならば治安はさらに悪くなるだろうな」
クゼツはその映像を見ながら言った。
「ほんと、これ以上暴れられても困るんだけどな」
「反社のことは全く理解できない。命を懸けてまで行うその行為に、なんの意味があるのか」
反社とは、自由を求め過ぎた人間だ。法律も秩序もなくなった世界で、自由気ままに生きていく。自分のしたいことを好き勝手に行い、嫌なことはやらない。それだけ見ればこれ以上にないほど充実した生活だと言えるだろう。
だがそんな夢の為に、命まで張る意味があるのかが結社の誰にも理解出来なかった。
「ミミ、disasterの行方の方はどうだ?」
ヒカリの傍らで、黙々とパソコンの画面に向かっているミミは、曇った表情で答えた。
「正直難しいですね……花鳥風月楼から出てからの動向は途中まで追えたんですけど、途中から移動が早すぎてどこの監視カメラにも映ってないんです」
「そうか……シアはどうだ?」
「それが全く映ってないんです」
「全く映っていない?」
ヒカリは戸惑いの声を上げた。
「はい、花鳥風月楼付近の全てのカメラに、シアの姿は映っていませんでした。つまり監視カメラが設置されていない場所から連れ去られたということですかね」
「まぁそれ以外考えられないだろうな、そうなると誰が連れ去ったって話になるが……これではいつまで経っても話が進まんな」
「そうだな、改めて確認しようか、今の私達がすべきことを」
クゼツのその言葉を聞いて、三人も改めて考える。
「そもそも無名の結社はキルズを捕らえるために結成された結社だ。だからWPACに所属していない、それなのにただの反社の相手もするのは、何か違っているような気もする」
「だな、反社を捕えるのは他の結社達に任せて、私達はキルズを捕える事に専念すべきだろうな。disasterの追跡も、本当ならしたいところだが結社に任せた方がいいだろうな。シアがキルズに連れ去られたとなると、キルズもdisasterについて調査するはずだ。だったらキルズを捕らえれば自ずとdisasterの情報も得ることができる」
「そしてやっと、キルズのしっぽが掴めました」
ミミのその言葉に三人は「どういうことだ」と疑問を呈す顔をする。
「キルズの一名の“住所を特定する”ことが出来ました」
「本当かそれは!?」
ヒカリは珍しく声を裏返して驚く。それが本当なら、結社にとってとても大きな一歩となる。
「えぇ、蝶光高校で容疑者に上がった生徒の事をあれからも探っていたんですけど、一人、今まで戦ってきたキルズの見た目と合致する生徒がいたんですよ」
ミミは自慢げに話をした。しかしこれに関しては自分を誇っていいだろう。容疑者に上がった生徒を調べると言っても、それは非常に大変な事だ。その人の一日の行動を監視し、キルズかどうか精査する。もちろん一日中その人の近くにいることは不可能な為、監視カメラの映像を見て家まで特定する。
そしてその末に、キルズだと自信を持って言える人物を一人特定することが出来た。
「名前は宵花シロ、蝶光高校の一年生で、部活動には所属していません。家は高校から約2キロにあり、一軒家の豪邸です。あと他の生徒の出入りも確認できました。恐らくただの友達でしょうけど、もしかしたら“キルズのメンバー”の可能性もあるかもしれません」
そしてミミはパソコンの画面にその家を表示させる。
「そこまで調べていたとは、流石としか言いようがないな」
「黙っていたってことは、私達を驚かせようとしてたのかな、ミミ、まだまだ可愛いとこあるじゃん」
ハナが茶化すようにそう言うと、ミミはムッと頬を膨らました。
「別に凄いなんて言われたいから黙ってた訳じゃないです! ただ言うタイミングが無かっただけです!」
「それにしてはさっきちょー自慢げに話してたよなぁ、いやいいんだぜ? まじでこれはナイスな情報だからさ」
「クゼツ先輩もー! たまに私の事からかうのやめてくださいよ?」
「さて、では早速行くか」
ヒカリは立ち上がりながら言った。そのまま玄関へと歩いていく。言わずもがな今からキルズの家へと行くつもりだ。しかし、流石になんの準備もしないで行くのは危険だと考えたミミは声を上げた。
しかしヒカリは、「大丈夫。ただ家を訪ねにいくだけだ。それに嫌な予感はしない」と言った。
つまりヒカリの勘は危険だと言っていないということだ。的中率ほぼ100%のヒカリの勘は、もはや超能力と言っても過言では無い。そのことを知っている三人はならばとヒカリの言葉に従う。
■
いくら訪ねに行くと言っても流石に四人全員で行くのは不審がられると考え、話し合いの結果ヒカリとクゼツが行くことになった。
時刻は13時。天気は穏やかな晴れ間で、気温は八月も終わるがまだまだ暑い。
シロの家はいざ行ってみるとパソコンで見た時より何倍も迫力を感じた。しかし、周りの家も負けず劣らず豪邸が多い。この地域は高級住宅街なのだろう。
だがここに来る途中妙な張り紙が街の掲示板に貼られていた。
『 この地区にお住まいの皆様へ
近頃の事件の影響により、この地区において反社の出現が多発する可能性があります。住民の皆様には安全確保のため、速やかに安全な地区への避難をお願い申し上げます。ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。』
妥当な判断だろう。高級住宅街に犯罪者が集まるのは当然の事だ。しかもそれが反社ならば手段を問わない犯罪行為をしてくるだろう。
「さて、行くか」
ヒカリはインターホンを押す。それからすぐに、「はい」と言う声が聞こえた。
「こんにちは、私達シロさんのクラスメイトなんですけど、今シロさんはいますか?」
蝶光高校の制服を着たヒカリは愛想の良さそうな声と優等生の笑顔を作って言った。恐らく母親だろう、突然の訪問に戸惑うことなくすぐに答えを返してきた。
「ごめんなさいね、今シロちゃんは留守なの」
「あ、そうでしたか、すみません突然押しかけて、では私達は失礼し────」
「待って、せっかく来てくれたんだし、少し上がっていって頂戴、シロちゃんの他のお友達とも、話してみたかったのよ」
他の友達という言葉にヒカリとクゼツは少し引っかかった。それはいつも同じ友達がよくこの家に来ているということだろう。
もしこの予想が合っているのなら、ミミの言っていた出入りする友達というのもキルズの可能性が高くなる。
となると、少しでも情報を得るためにもここはお邪魔するのが得策だろう。
「あ、じゃあ失礼しまーす」
クゼツもその結論に至ったのだろう。ヒカリの前に出て元気な声でそう言った。
「ふふ、では今ドア開けるわね」
それからすぐにドアが開かれる。
そこには独特な匂いの香水を纏う、美しい女性が立っていた。ヒカリは思った。自分達は魔女の家にでも誘い込まれたのではないかと。




