22話 花鳥風月の悲劇(4)
「…………どうして」
「なあに? 声が小さくて聞こえないよ?」
ラファエルの掠れるような囁き声に、プロキオンは癪に障るような声色で反応した。
鎌を持つ手が震えている。それは怯えからのものでも、緊張からのものでもない。
それは怒りから来るものだ。
「どうしてみんな私達の邪魔をする! 私の大切な仲間達を、蟻を潰すように簡単に殺して! 人の人生を、命を、あなた達はなんだと思ってるの! あなた達は一体、何がしたいの?」
ラファエルは涙を流す。怒りは悲しみへと変わってしまった。
「反社がそんなことかたるもんじゃないよ……あんたらだって、殺して来てるだろ?」
「…………死神堕天使は誰一人として殺してないよ。多分、私達はキルズと同じ。そういう目的で反社をしている反社だからね、だから」
ウリエルは覇気のない声で言う。弱々しいその声からはこれ以上戦う気がないことを察せられた。
「もしかしたらキルズと仲間になれたかもしれなかったんだよ、だから、少し勿体ない気持ちもあるんだよねぇ」
ウリエルは壁際にいるキルズの方を見る。三人とも立ち上がり、こちらを警戒している。今キルズが何を思っているのか、ウリエルは心の底から知りたかった。がしかし。disasterは待ってはくれない。
「そうかい、ま、戦う気のない人には興味無いんでね、あたしはこの子だけ貰っていくね」
プロキオンは持っているだけで恐れを成す、凶暴で何人をも葬ってきたと感じられる槍を持ちながら、呆然と立ち尽くすシアに向かって歩き出す。
これがdisasterなのか。ただ槍を持って歩いているだけだと言うのに、近づくことすら躊躇してしまう。
────────“本当にいいのか?”
キルズ、死神堕天使、そして結社全員の脳内に共通して現れた言葉。
本当に、このまま黙ってシアを連れ去られていいのか、と。
否。
「だめだよ、黙って見てるなんて」
アゲハは自分の顔を隠す仮面の中から、プロキオンのことを見る。
仲間がピンチな状況で、誰が黙って見ていられるか。キルズのリーダーとして、これまでずっと戦ってきた仲間として、アゲハは立ち向かう決断をする。
「ですよねー、私も同じこと考えていました」
シロも賛同して戦闘態勢に入る。それに続いて、
「アシストは任せてください」
ミナも戦いに参戦する。
それを見た結社も、隠していたピストルをプロキオンに向けて構える。
三丁の拳銃と一本のナイフは、確実にdisasterを捉えている。
「キルズは私達が捕らえる。そして、結社として、disasterを見逃す訳にはいかない」
ヒカリはキルズと戦っている時とはまた違う目付きで、disasterを見ていた。それもそのはず、相手は世界を変えた張本人だ。全ての結社が捕まえたいと思っている人間で、謎多き存在だ。下手に接近すればあの槍で簡単に串刺しにされるだろう。
────────そして。今回の舞台を創り出した死神堕天使。理不尽に仲間を殺され、無惨に仲間を殺され、漫然に仲間を殺された彼女達は……
虚ろな目でラファエルはdisasterの背中を見る。ピントが合わず視点がボヤける。それが故に、一瞬目に入ったのは、ガックリと頭を下げて死んだルシファーの姿。
────死神堕天使の中でも一番厨二病だったルシファー。しかしそれは親友であるラファエルが、当時この名前で反社を創設したため、それに合わせるように口調を厨二病に自ら変えた。それほどラファエルとルシファーの付き合いは長く、お互いのことを思っている関係だった。
その親友が殺された今、自分はこのまま絶望にひれ伏せたまま終わっていいのか。
(よくない、許されない! このまま死んだらあの世で仲間に殺される!)
「ウリエル! 最後まで戦うよ!」
「もちろん、全ての仲間の為に、命を懸けて」
二人は全身全霊をかけてdisasterに挑む。
反社と結社は共通の敵に向かって戦いを開始する。それに対して、disasterは。
「そう! それでいい! その選択が欲しかった! でも、決着の日は今日ではないからね、一足先に、失礼するよ」
プロキオンはそう言うと、ポケットから縦長のスイッチを取り出す。全員が爆弾の起爆スイッチだと思ったが、ボタンを押した途端、部屋中からスモークが出る。
「煙!? ちょっとちょっとdisasterさん! まさか逃げるつもりですか! disaster成るお方が、黙って立ち去るんですか!」
アゲハの煽るような怒るような叫び、しかし、煙に包まれてゆく部屋から返事は聞こえて来なかった。
「ここでは戦わない、か。仕方がない、私達は人質の避難と、キルズ及び死神堕天使の捕獲をするぞ」
ヒカリの素早い判断に対し、他のメンバーもすぐに動き出す。
「ディザァスタァァ! 私達と戦えぇ!」
ラファエルは鎌を振る。しかし、切れるのは煙だけでプロキオンの姿はどこにもなかった。
「シアちゃん! どこにいるの! いるなら返事して!」
さっきまでシアがいたであろう場所に来たアゲハだったが、そこにシアはいない。既に連れ去られたか。
「シア先輩いましたか!?」
近くに来たシロに、いないことを伝えると、シロは「そうですか」と小さな声で呟く。
「……引きますか、アゲハちゃん」
ミナは周りを警戒しながら聞く。煙によって視界は最悪の中、一般人が逃げる足音と悲鳴のような声が聞こえてくる。
シアもプロキオンもいなくなった今、キルズはこの場に用がなくなった。残念ながらこの場は引くしかない。
「……だね、この場にいても危険なだけだし、でも」
アゲハは窓の方へと歩きながら言う。
「悔しいな」
ここ最近シアがおかしかったのは誰もが分かっていた。何かを企んでいると思っていたが、それは作戦のための何かと思っていたが……まさかこんな形で恐れていた事態が起こるとは思いもしなかった。
三人はプロキオンが破壊した所から脱出した。
少し離れてから、アゲハは惜しむように花鳥風月楼を見る。
誰かが通報したのだろう、続々と他の結社達が集まって来ていた。
「……シアちゃんはさ、今日disasterが来ること分かってたのかな」
「……それは、シアさんが私達を裏切ったって疑っているということですか?」
もしもdisasterが来ることを知っているのなら、disasterと繋がっている可能性が高くなる。そして、認知していながら自分達に伝えなかったということはそれは紛れもなく裏切り行為である。
「ううん、そんなことは思ってないよ、あのシアちゃんが、キルズを裏切るなんて、ありえないから。でも、さっきのシアちゃんは色々とおかしかったからさ」
受け流すことの出来た攻撃にわざと当たり、disasterが乱入してきてもあの場から逃げようとしなかった。そんな不可解な行動の意味とは一体何なのか、未だにアゲハにはその答えが思い付いていない。
「先輩、なったことは仕方ないです。今は黙って飲み込んで、次するべきことを考えましょ」
シロはこちらを振り向くことなくそう言った。その言葉に励まされたアゲハは、気持ちを切り替え前へ振り向く。
■
スモークが排出され始めてから15分後。完全に煙がなくなり、応援の結社達が到着した今、花鳥風月楼に残っているのは破壊された建物と一人の死体だけだった。
あの後……煙が出始めた後、キルズのシアとハイパーノヴァのプロキオンは行方不明に、死神堕天使のラファエルとウリエルは拘束し、留置所に連行、そしてキルズは逃亡した。
「まさかこんなことに巻き込まれるとは、思いもしなかったな」
「だな。disasterが、世界を変えた者が、生きていたとは……それだけで私は頭がパンクしそうだ」
ヒカリは頭を押さえながら言った。
「あなたが『無名の結社』ですね。ここで何があったのか事情聴取させてもらいたいのですが」
話しかけに来たのは他の結社で、『世界平和結社委員会』、通称WPACでは幹部的立ち位置の者だ。幹部の立場の者までこの場に来るほど、disasterの存在は大きい。
「人質に取られていた被害者全員が、『あれはdisasterだ』と言っていたので、間違いはないと思いますが、あなた方から見ても、それはdisasterで間違いないですか?」
一般市民なら誰もが知っているdisasterの顔。あの大事件を起こした反社、『ハイパーノヴァ』の顔を一時でも忘れた者はいない。それが幸をそうして、多くの証人により今回の事件でdisasterが来たことが証明された。
「はい。間違いなくdisasterです、武器は槍を持ってました」
「ふむふむ、それも人質が話していたことと同じですね。では次に──」
それから数十分程事情聴取が続き、零時を回ろうとしている時間に結社はようやく帰路につけた。
「はぁ、疲れたなぁ」
そう言ってクゼツは重い足取りで歩く。
「色々なことがありすぎてもう訳わかんないですよ」
ミミの言う色々なこと、例えば死神堕天使のこと、シアのこと、disasterのことなど。さらに今日のこの出来事がさらに世の中を混乱させることは目に見えている。
「きな臭くなってきたなぁ。そろそろ何か起こりそうじゃないか?」
「クゼツ、それはヒカリのセリフだよ」
「ん? いやヒカリが言ったらほんとにそうなっちゃうじゃん。ヒカリの勘は当たるからな。てかハナ、お前は気にしてないのか? 実の妹がdisasterに連れ去られたこと」
ハナの妹であるシアが、死神堕天使に負けることは危惧していなかっただろうが、disasterに連れ去られることは全くの想定外だったはずだ。しかしハナを見るに動揺などはしてないように見える。
「まぁ、あの場で殺されなかったってことは、すぐに殺されるってこともないと思うし。それに、そんな簡単に殺されても困るし」
disasterに誘拐された者に、簡単に殺されては困るとは、余程実の妹を高く買っているのか。しかしハナが自分の手で妹を殺したい気持ちはそれほど大きい。なにせシアにナイフの使い方を教えたのは紛れもなく自分なのだから。その贖罪として、せめて殺すのは自分の手で行いたいと思ってる。
「それよりなぜシアが連れていかれたのか、考えなければいけないのはこっちでしょ」
ハナの話題転換により、これ以上妹の話をする事に躊躇いを覚えた三人は確かにハナの言う通り重要な話題に耳を傾ける。
「そうだな、長い間生存不明だったのにわざわざ姿を現してまでキルズを連れ去った理由、相当な理由があるのは間違いないが」
今それを特定するのは難しい。
「まーた忙しくなるなぁ、まぁミミ、できる限りdisasterの動向を追ってくれ。監視カメラに映っているとは思えないが」
クゼツに言われるまでもなく、ミミはそのつもりだった。
「もちろんです。奇跡的に現れたdisasterを黙って逃がす気なんて一ミリもないので」
「頼もしいな。明日からまた忙しくなるぞ、全員今日はしっかり休めよ」
こうしてまた日常は変化することとなる。そう、また。
一日経つ事に日常が変化する激烈な世界。昨日過ごしたあの場所は反社によって破壊され、今いる場所すら安全とは言えない。
この果てに待っているのは破滅か、それとも……
世界の命運を分けるのは、もはや結社達の力でしかない。全てが手遅れになる前に、結社も変化していく世界に合わせて動き出す。




