20話 花鳥風月の悲劇(2)
8月25日 19時前
星空の中。死神堕天使はまさに死神が着てそうな黒いローブを羽織、花鳥風月楼の入り口に立っていた。
建物は水堀に囲まれており、入るには一つだけある橋を渡る必要がある。橋は横幅5メートル、長さ40メートル程だ。
橋を渡りきった後、見えてくるのは和風の建造物。壁はオレンジ色の屋外照明に照らされ、二階の一面は全面ガラス張りで造られている。また、外には人工的に作られた桜の木が植えられている。
花鳥風月楼────建物自体はそれほど大きくなく、全てを周るのに30分もあれば足りる程だ。
造られたのは今から四年前で、まだあの大事件が発生する前である。偶然にも建てられた土地は比較的治安が良く、反社の少ない場所だったため今も傷付けられることなく建っている。
しかし、ついにこの花鳥風月楼も混沌の世の戦火に包まれることになる。
「やろう、シファ、リル。殺されたルマ、エルリ、そして、消されたミカの為に」
「あぁ、仲間を堕とした忌まわしき業、今日という刻で私達がその穢れを浄化してやる……」
「……血紅夜シアちゃんだっけ? ふふ、早くいじめてあげたいなぁー」
三人はそのなりに似合わないアサルトライフルを持ち、軽い足取りで建物に入っていった。
■
キルズが花鳥風月楼に来るとのメールが届いたのは二日前だ。しかし提供者は匿名であり、この情報の信憑性は皆無に等しい。
それでも結社が花鳥風月楼にやってきたのはヒカリの勘、ただそれだけの理由だった。
偽情報ならそれでもいいのだ、なぜならこちらにデメリットは何も無いから。キルズはここ最近姿を見せていない。そしてこちらも下手に動くことは出来ない状況だ。暇、という訳では無いが今は時間に余裕があった。
そんな状況であることも加味し、天性の勘と言っても過言では無い『ヒカリの勘』という理由だけで今日ここに来た。
しかしまさかこんなことに巻き込まれるとは、想定していなかった。
「ごめんなさい、今からあなた達には人質になってもらいます。もちろんこちらの指示に従ってくれれば我々も危害を加えません」
花鳥風月楼二階、階段を上がれば目の前に壁はなく、一面は全てガラスで出来ている。そこからはオレンジの光に照らされる小さな竹林を見下ろすことができる。
しかしそんな会場も今は反社によって支配された空間になっている。他にも観覧者は多くいる、ざっと数えて三十人ほどか。
ワンフロアの二階、犯人は階段近くに陣取っており、威嚇するようにライフルをこちらに向ける。
「取り押さえるのは無理か」
四人で固まっている結社、その中のクゼツは早速反社を捕らえることを考えるが、犯人までの距離は約十五メートル、確実に撃たれるためそれは不可能だった。
「ここは犯人の指示に従おう」
「ではまず手持ちのスマホをこちらに投げて下さい、もちろんこの指示に従わない場合、躊躇なく殺します」
人質達は拒むことなく、犯人達に向かってスマホを滑らせるように投げる。こんな状況下だ、誰もが素直に従うしかないという結論に至ったのだろう。
ヒカリもスマホを取り出す。その時偶然スマホの画面が表示される。待ち受け画像は部室で四人で撮った何気ない写真。
さらに目に入ったのは時刻だった。18時59分、ちょうど19時を回るところだ。
「どうもありがとうございます……これで心置き無く始めることができます」
犯人がそういうのと同時に、彼女達の声が聞こえた────────
「ほぉー、初めて来たけど結構すごいとこだねー」
アゲハはいつもと何ら変わりのない口調で呑気にそんな感想を言う。
「いますね、忙しい私達をいきなり呼び出した不届き者が」
弱者を見るような目で、ミナは自分達を見下ろす死神堕天使のことを見る。
しかし死神堕天使に礼儀が無いというのは否定出来ない。なぜなら一日前に連絡をして来るのだから。キルズがいきなり過ぎるだろと怒っても、死神堕天使は文句を言えないだろう。
「来ましたよー死神堕天使さーん。私達に何用ですかぁー?」
仮面を被った白い少女。その外見を一言で表すのなら『天使』だろう。そんなシロはダルそうに死神堕天使に話しかける。
「kill's vampire……待っていましたよ、まぁこの距離で話すのもあれなので、どうぞ上がってきて下さい、あぁ変な事は考えないでくださいね……私達はあなた方以外を殺したくはないので」
そう言いながら死神堕天使の一人はローブを少しめくる。体には爆弾のようなものが装着されていた。考えなくともあれは自分が死ねば爆発するタイプの爆弾だろう。
つまり隙を見て死神堕天使を殺すことは不可能ということだ。
それを知ったキルズは仕方なく素直に指示に従い二階へ上がる。上にはキルズの想定通り、何人かの人質が床に座っていた。そこに結社がいるということを、まだキルズは認識出来ていなかった。
「もちろん爆弾は私の体だけにある訳ではありません。この建物の中にもいくつか仕掛けています。それも私達が死ぬか、スイッチ一つで起爆するようになっています」
キルズと死神堕天使の距離は約十メートル、その距離で会話を始める。
「……では、自己紹介からいきましょうか、私は死神堕天使所属『ラファエル』、最恐最悪で凶悪の反社の一人です。私はあなたを許しません」
ラファエルは一人に向かって言うように話した。
「死神堕天使、絶望担当、『ルシファー』、私は貴様の許さない」
ルシファーはその者の目を見ながら言う。
「死神堕天使所属の『ウリエル』です! シアちゃん! これからいっぱい可愛がってあげるから、覚悟していてね!」
ウリエルはシアの体を舐め回すように見ながら言った。
当人のシアは、
「あっそ」
の一言であしらった。
「申し訳ありませんが私達が用があるのはシアさんだけなので、他のキルズの皆さんは壁際まで下がって頂けませんか」
三人はキルズに視線を向ける。それを察したシアは一言言う。
「あぁ、みんなは下がってて、この場は僕のために用意された場所だから」
「う、うん。気をつけてね……」
気をつけろ、なんでこんな言葉が出たのか、アゲハは分からなかった。私達が気をつける程の、互角な相手などいないのに、一体何に気をつけろと言うのか。
シアはゆっくりと死神堕天使へ近づく。
人質は壁際におり、天井は高い。戦闘になっても自由に動くことはできる。壁には展示品が飾られており、二階中央辺りには直径二メートル程の幾何学的な芸術作品が展示されている。
「さて、シアさん。あなたの犯した罪は死ぬだけでは償うことができません。では、散々痛めつけて殺せばいいのか、それでも私達は満足しません。シアさん、私達が望むことが、分かりますか?」
「仲間を殺せとでも言うつもり?」
「いえいえ、そんな無意味な命令はしないですよ、そんなこと、絶対にしないでしょ?」
シアは黙って話の続きを待つ。
死神堕天使のリーダーであるラファエルは、真剣な眼差しでその言葉を言った。
「私達の仲間になって下さい」
ラファエルの一言に、シアがどんなことを思ったのか、ピクリとも動かない表情を見ても分からなかった。




