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2話【kill's vampire】について

 世界が狂ったのは『あの日』からだ。


 【グランドオアシス大事件】


 三年前の夏。2021年8月15日に起こった悲劇は、通称“大事件”と世間では呼ばれている。


 この大事件で何が起こったのか────


 グランドオアシスの完成が近づいていた頃、世界は”混沌の世“になりかけていた。混沌の世とは、簡単に説明するのなら何もかもが自由の世界だ。反社と呼ばれる世界を荒す犯罪者が大量に発生し、治安は悪化し続け、法律も秩序も無くなり始めていた。


 そんな時代に、世界の平和を祈るため、世界を間違った道に進めさせないため、この塔は建築された。


 高さ510メートル、地上100階地下5階の日本最大のビルは8月15日に完成し、そして破壊された。


 数千人にも及ぶ客、多くのテレビ中継とネットでのライブ配信がされる中、オープニングセレモニーは行われていた。


 ある人は『無駄なことを』 と呆れながら。ある人は『これで変わってほしいと』願いながら、ある人は『面白そうじゃんと』楽しみながら。セレモニーを見守った。


 多少のトラブルが起こると、誰もが何となく思っていた。そんな中会場に現れたのはまだ年端もいかない謎の少女四人。白を基調とするどこか神々しさを感じる服に身を包んでいる四人を見て、誰が来たのかと思えばなんにもできなさそうな少女四人かと、反社はガッカリし結社は安堵した。


 しかし、不思議に思う事はあった。彼女達はどうやってここまで侵入したのだろうかと。警備体制は厳重で、少女が突破できるものでは無い。


 そのおかしさをもっと気にすべきだったのだ。


 四人のリーダーなのか、ひとりが一歩前に出て声を出す。


「私達は『ハイパーノヴァ』、世界を変える者達(disaster)だよ、名前だけでも冥土の土産に覚えて言ってね」


 何を言っているんだと、誰かが口を開こうとしたその時。


  ()()()()()()()()()


 建物を支える鉄骨は爆発され、100階建てのグランドオアシスは一気に崩れ落ちる。既視感のある壊れ方をして、膨大な量の土煙が舞い、状況が何も分からなくなる。グランドオアシス近辺に建っている建物も、地上にいた多くの観光客も、それに巻き込まれる。


 ネット配信は途切れ、ヘリコプターからのテレビ中継は地獄を捉える。


 多くの人々が感じた。世界は今まさに変わったのだと────


 犠牲者一万人弱。これが三年前のグランドオアシス大事件の全貌である。


 ────それから生きているのかも分からないハイパーノヴァは“最悪の結社”と呼ばれるようになった。反社達は絶対に許されることない大罪を犯したハイパーノヴァを憧憬した。それは野球少年がメジャーリーガーを憧れるのと同じ気持ちだ。


 生きているかは確かに分からない。しかし誰も彼女達が死んだとは思っていなかった。


 グランドオアシスに侵入した事、いつの間にか仕掛けられた爆弾、そして、自分達も巻き込まれる覚悟で起爆する精神。死を前提として起こした行為とは思えなかったからだ。


 こうして、彼女達の手によって世界は変わった。






 2024年5月24日


「みんなお疲れー! 」


  月詠(つきよみ)アゲハはキルズの一員である宵花(よいばな)シロの自室に入る。既に部屋の中には他のメンバー達が集まっていた。シロの家は俗に言う豪邸であり、シロの部屋の広さもダンスすら余裕で出来るほどの広さがある。


 時刻は学校終わり。


 学校終わり、そう。混沌の世になっても学校というものは存在している。基本的に学校に通っている生徒は全員反社でも結社でもない民間人だ。


 今日集まったのはもちろん次の窃盗の作戦会議の為だ。その為なのだが……


「はぁー学校疲れたー」


「うっ、ちょっとアゲハちゃん、重いです……」


 アゲハは座っていたミナに肩掛けバッグを下ろしながら寄りかかる。それはどこにでもいるただの女子高生の集まりだった。


 四人は同じ制服姿で、つまり同じ学校に通っている。しかしクラスは違うため一緒に行動することはあまり無い。


「アゲハ先輩何してたんですかー? 」


「何って……、私にも色々あるのだよ、友人関係とか委員会活動とか」


 蝶光(ちょうびかり)高校出身、 月詠(つきよみ)アゲハ15歳、キルズ最強の目立ちやがり屋。kill's vampireの創設者であり、キルズ一番の能天気者である。能天気ではあるが戦闘能力は全ての力が平均的で、劣るところがない。抜け目がないというのはある意味最強なのである。


「ただ補習受けてただけでしょ」


 シアはアゲハに鋭い眼光を向ける。その声にはどこか不満が溜まっている様子だった。


 蝶光高校出身、血紅夜(げっこうや)シア16歳。キルズ最強の殺し屋。殺し屋、その名の通り彼女は殺人を犯している。しかしそれはこの世界では珍しいことでは無い。ショートヘアから覗く鋭い眼光は人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。


「でもさー今日は話し合いしなくていいんじゃなーい?」


「え? どうしてですか?」


 いきなり今日の作戦会議を中止しようと言うアゲハに対し、フワフワカーペットの上に座っていたミナは怪訝な顔を浮かべる。


 蝶光高校出身、夢ノ世(ゆめのよ)ミナ17歳。キルズ最強のアシスト役。キルズの中では他の三人をまとめる母親的な存在である。戦闘能力はキルズの中で一番弱いが、協力して戦うことに関しては最強である。さらに元々キルズのメンバーは協調性の無い人達が多いため、ミナの存在は貴重になる。


 シアも何言ってんだこいつという顔でアゲハを睨む。なんならポケットから愛用の暗殺ナイフを取り出していた。


「だって気分乗らないんだもん」


 乗らないんだもん……乗らないんだもん……のらないんだもん……


「……殺しても、いいよねぇ? 」


「抑えてくださいシアさん! ここで殺したらシロちゃんの部屋が大変な事になっちゃいます! この前も警備員殺した時血飛沫大変だったですから!」


「いえいえお気になさらず、私の部屋は汚れてもいいのでどうぞどうぞ」


 蝶光高校出身、宵花(よいばな)シロ15歳。キルズ最強の快速。その速度は地球上にいる人間誰一人ついて行くことができないレベルだ。性格はアゲハと似ていてふわふわしている。それ故何を考えているのか分からない時がある。


「みんな〜? 部屋の心配じゃなくて私の心配もしてー?」


 ナイフを刺そうとしているシアの手を、アゲハは必死に押さえて震えている。もしもアゲハが手を離せば、そのまま喉元を掻き切りそうな力だ。


 三週間前、スターファイヤを盗む際に彼女達の行動中でおかしな事は無かっただろうか。


 ──普通の人間は六階から飛び降りれば死ぬ。普通の人間は回し蹴りで鉄の扉を蹴り飛ばす事は出来ない。普通の人間は防弾ガラスを体ひとつで割ることは不可能だ。普通の人間が100メートル10秒台で走ることは難しい。


 ではなぜそんな事ができたのか。それはとある()のおかげだ。


 【吸血鬼の力】、彼女達はこの力によって常人には不可能なことをなせる。この力が発現したのは例の大事件の日。スタン●使いが引かれ合うように、この力が発現したキルズのメンバーは一年前に出会った。


 肝心の力については説明しろと言われても何も言えないほどには分かっていない。


「……どうして、アゲハ、次の窃盗まであと一週間しかないんだよ」


 シアはナイフを収める。次の窃盗、もちろんキルズは更なる知名度アップの為さらに大きな展示会場に忍び込もうとしている。


「大丈夫だってそんな心配しなくても〜、私だってなんにも考えてないって訳じゃないし、それに私は私で疲れてるから、今日は一旦眠らせ……」


 ぐー、ぐー。アゲハはミナの身体に寄りかかって眠った。そんなアゲハの頭をミナは可愛い妹の頭を撫でるように撫でる。その手つきはどこか慣れている様子だった。


「…………はぁ、帰る」


 その光景を見てシアは怒る気が無くなったのかカバンを背負って部屋を出ていく。


 っとその時。


「ありがとうございます、シア先輩。偵察、よろしくお願いしますねぇ」


 シロは顔を反らすようにして後ろを向き、シアにそんなことを言う。


「…………」


 シアはなんのことかも聞かずに黙って部屋から出ていった。それはつまりシロの言った通りこれからシアは次の展示会場の偵察に行くということだろう。


「さ・て・と、会議しないなら私も寝ようかなーミナ先輩、膝借りてもいいですかぁ?」


 白磁のような白く短い髪の毛に、庇護欲をかきたてる低身長と童顔。頼まれ事をされて断ることなど非道である。さらにそれがシロなら尚更だ。


「もちろんいいですよ、さぁ、どうぞどうぞ」


 勧められたシロはすぐにミナの膝で横になる。


「おやすみなさいミナ先輩、そのうち起こしてくださいぃ……」


 グースカピー。シロは大好きなご主人様に甘える犬のように寄り添って眠りについた。


 ミナはアゲハの頭を撫でた時と同じように頭を撫でる。やはり、手馴れていて傍から見れば姉妹にしか見えない。


「ほんと、可愛い」


 そう独り言を呟くミナだったが、その顔はどこか浮かない表情をしていた。


 思い出してしまうのだ、大事件に巻き込まれ、今も意識が戻らない妹のことを。あの日、グランドオアシスの近くにいたミナと妹は、ビルの崩壊に巻き込まれた。幸い、ミナには大きな怪我はなかったが、破片が頭に当たってしまった妹は意識を失ってしまった。定期的に見舞いに行っているが、医者曰く意識が戻るかは分からないという。


 別にシロがミナの妹に似ている訳でも、年齢が近い訳でもないが、それでも体格的に妹のようなシロを見ていると、どうしても重ねてしまうのだ。


 何かを惜しむように目を瞑り、優しくシロとアゲハの頭を撫でていると。


「シロちゃーん? 紅茶入れてきましたよー、ってあら、眠っていたのね」


 耳がくすぐったくなる声を出して、部屋に紅茶とお菓子を持ってやってきたのは、宵花シロの母親、宵花氷花(ひょうか) だった。しかし母親と言うにはその見た目は若すぎる。


 風貌は如何にも富豪のそれで、上は上質なクリーム色のブラウス、下はカシミアスカートを履いており、さらにスリッパ一つ見ても数万円はしそうな高級品を履いていた。


 髪はシロと同じ白髪、シロに比べて長さは圧倒的に長いが、そのロングヘアの横に付けているリボンによく似合っていた。


「あ、どうも、お邪魔しています。あ、紅茶ありがとうございます」


 ヨーロッパの方で使われていそうなステンレスのおぼんをテーブルに置く。ミナは二人を起こさないように姿勢を正して礼を言う。


 表にこそ出していないが、ミナは宵花母のことが苦手でいた。その理由はいくつかある。

 

 一つは────


「いいのよ気にしないで。いつもシロちゃんと遊んでくれてありがとうね、これ、受け取って頂戴?」


 取り出したのはポチ袋だった。これこそが、ミナが宵花母が苦手な理由の一つ。金の使い方がおかしい事である。


 なぜ友人と遊んだだけで金を貰わなければいけないのか。それにその紅茶とクッキーにおいてもだ。いつかシロが言っていた。『この紅茶日本産の超高級茶葉から摂ってるらしーよー。あとそのクッキーも日本じゃ手に入らないやつなんだってー』


 恐らくこのテーブルの上だけで数万、カップを入れたら下手したら数十万円程の価値があるのだろう。


「いえ! 貰えませんよこんなの、私はただ一緒にいるだけで何もしてないんですから」


 確かにミナは反社だが、こんな形で金を得る事は望んでいない。


 しかしまぁ、宵花母が苦手な理由の二つ目。


「まあまあそう言わずに、貰っていいから! それに、そちらも色々大変なんでしょ?」


 薄く笑い、 全てを見透かしているかのような目で見られる。


 その目が苦手だった。いやもはや恐怖すら少し感じている。だからミナはそれ以上拒否することなく幾ら入っているのかも分からないポチ袋を受け取ってしまった。


「じゃ、あとごゆっくり〜」


 そう言って宵花氷花は部屋から出ていく。


「……っ、はぁ」


 大きな溜め息が出た。そして、少し頭がぐらついた。宵花母が苦手な最後の理由。


「やっぱあの香水の匂いはきついなぁ……」

 

 強烈な香水の匂いだった。





 【kill's vampire】の創設理由は二つある。『姉に見つけてもらうため』と、『disasterになって世界を変えるため』だ。大きな目的は反社として有名になり姉に見つけてもらうことだが、もしもそれが叶わなかった場合、disasterとなり世界を変える。


 姉と別れたのは今から三年前、アゲハが12歳の時である。その日は姉と出かけていた。そこで二人は反社の乱闘に巻き込まれ、姉と離れ離れになる。


 その後、それからどうなったのかは覚えていない。気絶していたのか、目が覚めると頭から血を流し自分が何をしていたのか忘れていた。それに、姉の顔も。家の住所も、()()()()()()。姉の顔は今はぼんやりとしか覚えていない。だが、姉が反社を撲滅させたいと思っていたことだけははっきり覚えている。


 もしかしたら姉はあの乱闘に巻き込まれもうこの世にいないかもしれない。しかし、それでも姉を信じてアゲハは今日もキルズのリーダーとして世界を荒らす。





「…………んー」


「あ、シロちゃんおはようございます」


「んぁ…お姉ちゃん?」


「え!? そんな! 私はお姉ちゃんじゃないですよ!」


寝ぼけているのか、ミナの膝枕で目を覚ましたシロは目の前に見えるミナの顔を見てそんなことを言う。それに対しミナは顔を赤くする。


「も〜しっかりしてくださいよ? アゲハちゃんはもう帰りましたよ?」


 夕刻、窓からはオレンジ色の光が射し込んでいた。


「あーごめんごめん、足痺れたよねー? ……夢を見てたんだよねぇ」


「夢、ですか?」


起き上がり、窓の外を眺めながら、シロは話す。


「うん、お姉ちゃんと、遊ぶ夢」


「あれ、シロちゃんってお姉さんいましたっけ?」


「いないよ。でも、なんだか懐かしい感じでね、楽しかったなー」


「そうですか、楽しかったのならよかったですね」


「うん。それじゃ、そろそろ夕食だから、ミナちゃんまたねー」


 別れの挨拶をして、ミナはシロの家を後にする。


 名前、部屋の内装同様に家の壁も屋根も真っ白で、二度見してしまいそうな程大きな家だ。


 …………シロに『お姉ちゃん』と呼ばれたのは寝ぼけていたとしても嬉しかった。しかし、夢の中で遊んだという、架空のお姉さん。懐かしいと言っていた時のシロちゃんの表情は、へーなんて言葉で片付けられるほど、軽いものでは無かった。もしかして本当にシロちゃんにはお姉さんがいるのではないかと、今心の中では思ってしまっている。


 しかし、シロにお姉さんがいるなんて、一年の付き合いをしているが聞いたことも見たことも無い。分からない。私の考え過ぎなだけかもしれない。だからこれ以上深く考えるのはやめようと、それだけを考える。


 直に暗くなってくる。ミナは少し早歩きで自宅へと向かった。

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