19話 花鳥風月の悲劇(1)
8月24日
先日発生した悲惨な事件から六日経過したが、いまだに休校は続いていた。
────あの日から、明確に世界の治安は悪くなった。反社による騒動はここ数日で数倍に増加しており、また限度というものを知らない反社も多くなった。つまり、今まで最低限残っていた人心というリミッターが無くなり、殺しを行う反社も増えたということだ。
────それも仕方ない、なぜならそれを触発させた事件があれなのだから。
では平気に人殺しをする輩が増えた中、正義の味方である結社はどうしたのか。それはもちろん、対抗するように反社に対しての容赦を無くし、反社は即死刑という方針に変更したのである。
かくして反社と結社の争いもその勢いを増した。
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『来たる8月25日、“花鳥風月楼”にてキルズを待つ。もしもこれを無視した場合、お前達の素性を全て告発する。これは脅しでは無い。我々はお前達についての様々な情報を手にしている。
蝶光高校、一年一組 月詠アゲハ、一年六組 宵花シロ、二年三組 血紅夜シア、三年五組 夢ノ世ミナ。正しい選択をすると願いその日を待つ』
匿名の人物から、アゲハのメールにこんなメッセージが送られてきた。
「…………すぅぅ」
ゆっくりと口から息を吸い、肺を膨らませるアゲハのことを三人は黙って見る。
「はぁぁ」
体内の全ての空気を吐き出すような深い深い溜息をアゲハは出した。その理由は二つある。
一つ目は着々と準備を進めていた次の作戦の予定が、全てこのメールによって壊されたから。
二つ目は単純にこのメールを無視出来ないからである。
「ただの脅しメールならまだしも、私達の名前が相手に知られてるってなると、これはちと面倒だね」
自分達の名前が知られているとなると、その他の情報を持っている可能性も高い。それはキルズにとって最悪な事態である。
もしも本当に自分達のことについて告発されれば、確実に他の反社や結社から妨害され自由に動くことは出来なくなるだろう。
「個人についての情報は国によって厳密に管理されているはずですから、相手はなかなか手強い反社ですかね」
「……多分、死神、だろうね」
困った様子のミナを横に、シアは確信しているような口調で言う。
死神、それは死神堕天使のことである。なんだかんだ既にキルズは死神堕天使のメンバーを三人殺している。一人目は夏の海でシロが。二人目と三人目は先日シアが起こした事件で。
「ま、恨まれるのは当然、か」
アゲハは多少の危機感を感じているのだろう、真面目に話し合いに参加している。
「てか! これも元はと言えばシロちゃんのせいだよね!? もうシロちゃん一人で行って来てよ!」
「ちょいちょい、先輩それはないですよ〜、あの時アゲハ先輩も島まで泳いだじゃないですかー、それに相手から殺しに来たんですよ? 正当防衛ですよ」
「殺しちゃうのは過剰防衛じゃないかな……」
ミナは苦笑いを浮かべながら言う。
「ミナちゃんの言う通り! 何も殺す必要はなかったんだよ! あ、『反社だからいいじゃないですか〜』なんて言い訳も聞きたくないからね!」
妙に似ているシロの真似をしながら反論するアゲハ。それに対しシロは。
「うぅ、アゲハ先輩、私の事嫌いになっちゃったんですかぁ?」
庇護欲を引き立たせるような見た目をしているシロは、その愛らしさを最大限に使うように涙目でアゲハを見る。もちろん『これで許して』、という目的でやったのではなく、つっこんでもらいこの場の空気を変えるためにやった。がしかし。
「ううん、それほど重要な事だから……今回のことに関しては」
何かの間違えで告発されれば、キルズは終わる。アゲハの姉に見つけてもらうという夢も、disasterになる目標も全て。
今までの全てが無駄になるような崖っぷちの状況だからこそ、今のアゲハにはツッコミを入れる余裕も無い。
「……どうしますか、アゲハちゃん。もちろん答えは一つだと思いますけど」
「…………正々堂々、行ってやろうじゃないの、断る理由も無いんだから」
アゲハは笑った。まるで子供の遊びに付き合う大人のように。
「ところでさ、シアちゃん、この前のあれについて、何か言いたいこととかないの?」
アゲハはそのままシアの方を向く。
冷たい目付きはいつもに増して冷え切っていた。綺麗に整えられたショートヘアは凍っているかのように動かない。
先日シアが行ったあの事件について、本人の口から何かを聞くことはこれまで何も無く、今日の話し合いでもその話はなかった。
しかしまぁ、アゲハがシアに尋問するような口調で話しかけるとは、正直シロとミナは驚いた。
「…………」
シアは黙っていた。黙秘という回答を示した。
「ま、まぁきっとシアさんにも色々と事情があったんでしょう……それに殺せと言ったのは私達ですし、文句を言うのはお門違いですよ」
色々と事情があったのだろうと言ったのはシアを庇う為に適当に言った言葉だったが、それは偶然にも的中していた。そう、シアには事情があったのだ。しかしその事について話すことは出来ない。
「……それもそっか、ごめんごめん本気になっちゃって。んじゃまぁ明日のことについて少し話し合おうか」
「話し合うって言っても会いに行って殺すだけじゃないですかぁ?」
相変わらずシロはその見た目に対して恐ろしい言葉を言う。
「さぁ、どうだろうね、相手が何も準備をしてないとは思えないし、そんなに簡単にはいかないんじゃないかな?」
相手の指定した『花鳥風月楼』とは、少し街中から離れた郊外に建てられている。建物は和を基調に造られており、周りは水堀のように囲まれている。
花鳥風月楼には日本の伝統工芸品や日本画などが展示されている。
中には三種の神器で天叢雲剣、別名草薙の剣もあるとか。
「もしも何か仕込まれていたとしても、私達なら大丈夫ですよ、今までも戦闘においてピンチになったことなんてないんですから」
「ミナちゃん、それフラグってやつだよ」
「えー、アゲハちゃんそれはないですよー」
にこやかな笑顔を見せるアゲハに、ミナは愛想良くツッコミを入れる。
────────キルズが負けるなんて、この時三人は誰も思っていなかった。ただ、一人は知っていた。
明日、キルズは初敗北を味わうことを。




