18話 蝶光高校での捜索(6)
8月19日 エルリとミカが殺害された翌日。
シロの家にはシアを除いた三人が、いつものように集まっていた。
天気は相変わらず快晴で、夏真っ只中といった具合に気温が高い。昨日の磔事件により蝶光高校はしばらく休校になることになった。当然の処置だろう。学校で反社による事件が起こるなど、決してあってはならないことなのだから。
「いやぁなんか昨日のあれからこの辺も治安悪くなってない?」
床に座っているアゲハはミナの体に寄りかかりながら二人に言う。
「そうですかね? 何かあったんですか?」
ミナはあまりピンと来てないのか質問する。
「いやなんかさっきね、ここに来る途中反社みたいなやつらが何人か歩いてたからさ、ここら辺では見たこと無かったからさー」
「反社がねー、ここも物騒になったものですねー」
自分の家の近くの話なのに他人事のようにシロは言う。
「それにしても、今日シア先輩はいないんですね」
「うーん、もう一人の後始末をするって言ってたけど、まさか磔にするとはね、正直あそこまでする思わなかったよ」
任せるとは言ったが、まさかこんな形の殺しを実行するとは思っていなかった。
「いやー私はふつーにやり過ぎだと思ってますよ。あんな殺し方、そこからの反社もやりませんよ」
シロの言っていることは他の二人も心のうちに思っていることだった。そしてなぜあんな殺し方をしたのか、分からなかった。
「その事についてシアちゃんに聞こうと思ったのにいないならしょうがないなー」
アゲハはズルルと床に寝そべる。
「……しばらく休校ということになりましたけど、今後の活動に関しては何か考えているんですか?」
寝そべるアゲハを覗き込むように見ながらミナは聞いた。学校も無いとなるとすることも無くなる。反社としての活動をするにはもってこいのタイミングだ。
「ま、少しはね。ただ嬉しいことに私達もそこそこ人気になってきたから、これからは適当に動く訳にもいかないからさ、念入りに計画は練りたいとこだよね」
人気になればなるほど、周りの人間から狙われる可能性は増える。そうなれば作戦の邪魔をされたり余計な戦闘をしなくてはならなくなるかも知れない。
「……全くその通りだと思いますけど、というかアゲハちゃんすごいまともなこと……」
感動の涙を流すミナ。
「ははは! 人間は成長する生き物なのですよ、いつまでも同じことなんてことはありえないんだよ!」
ビシッと肩に手を当てアゲハは偉そうに言う。
「横になりながら言われても……」
「んじゃまぁ次の作戦について話ますかぁー、シア先輩は忙しそうですし、こっちで少しでも進めておきましょー」
シロも珍しく真面目な事を言う。
「そうですね、ではまずアゲハちゃんの今考えてる作戦から────」
三人はそこから一日を通して今後の作戦について話し合った。
■
8月20日
その日。学校の体育倉庫から性別不明どころではなく、大量の肉片と人間の眼球が発見された。近くにはまるで身元特定用ですとでも言うように、所有者のメガネが綺麗な状態で置かれていた。
それは最近行方不明になった生徒、ミカの物だった。
結社はこのことについて特に思うことは無かった、なぜならこうなることは予測していたからである。ミミの調べにより二人が反社だったことは明らかになった。さらに反社の名前が『死神堕天使』であり、メンバーは六人だったことも知っている。
しかし、まさかあんな殺し方をするとは思っていなかった。いやもはや殺し方とは言えない。消したのだ。あれがミカだと言えるのはあのメガネがあったからで、それすらなければあれはただの肉片の残骸でなんだったのかは分かりようがなかった。
わざわざ身元を隠すような殺し方をしたくせに、所有物は残すという、狙いの分からない行動。結社はますますキルズのしたいことが分からなくなった。
むしろ分からなすぎてキルズも分かっていないのでは無いかと考えている。
つまりキルズの誰かが勝手に行動しているということだ。それにもなんの目的があるのか分からないが。
もちろん今回の事件は大々的に報道された。混沌の世でも比較的安全な学校の中ですら、このような事件が発生したことは、民間人からすれば大きな不安になるニュースで、結社からすれば許すことの出来ないニュースとなり、反社からすれば暗黙の了解が取り払われたと歓喜するニュースとなった。
もはや学校すら安全ではなくなった今、結社も今まで以上に反社の鎮圧に力を入れるだろう。今までのような生かして捕らえるということも無くなり、反社ならその場で死刑、これが常識へと変わっていく。
キルズとしてはどうなのか分からないが、今回のこの事件の犯人がキルズということは知られていない。知名度を上げたいキルズからすればこれ以上にない売名のチャンスだったが、それと同時に多くの人々から恨まれることにもなるだろう。
そんなキルズだが、今は姿を消している。次にキルズが何かアクションを起こすまでは、結社も待機せざるを得ない。
「…………」
シアの姉であるハナは、一人自分の住んでるマンションから外を見る。その表情を伺うに何かを考えている様だった。
(あんなこと出来るのは、シアしかいない)
あんなこと、もちろんミカ殺しのことだ。直接あの現場を見た、第一発見者であるハナだからこそ分かる。肉片の断片を見ればナイフで切った痕がある。ナイフで骨すら砕き、木っ端微塵にすることができる人間など、キルズの誰かしかいない。そしてナイフを使うのはシアだけだ。
(でも、なぜ今更そんなことを、私が結社にいるって知ってるのに。いくら相手が反社だったとしてもあんな殺し方をする意味は無い。むしろあれは自分を異質で異常で異端と思わせるだけだ)
六階のマンションから街を見ると、約一キロ先から黒煙が上がっていた。それは一箇所だけではなく、点々と上がっていた。
まるで戦争中のようだ。こんな世の中で普通の生活を続けて行けるのだろうか。
…………ハナは悔しかった。キルズの持ってる【吸血鬼の力】があれば、いくらでも反社を倒すことが出来るのに、自分の持っている【幽霊の力】には限界がある。確かに暗殺に関しては最強だが、銃弾を避けることは不可能だし一対多となれば勝ち目は薄い。
なぜ自分ではなく妹に、その力が渡ってしまったのかが悔しくて堪らなかった。
しかしそんなことを言っても仕方がない。
ハナは素早く服を着替え外に出る。長い髪の毛を靡かせながら、悪を滅する為のナイフを手にする。それはいつも愛用しているナイフでは無く、投擲用に何個か隠し持っているナイフだった。
そのままマンションの廊下から地上のある場所を狙う。そこには何人かの反社が今まさに犯罪行為をしようとしていた。
よく狙い、投げる。回転しながら落ちていくナイフは、反社のひとりに突き刺さる。
ヘッドショット。いやヘッドスティックとでも言うべきか。
頭にナイフが刺さった反社はばたりと地面に倒れる。
近くにいた仲間はそれに驚く、どこから攻撃されたのか周りを見るが、もちろん敵の姿は見えない。ハナは戸惑う敵達に対し再度ナイフを投擲する。
三つのナイフはまるで自我があるように反社の元へ吸い寄せられていく。
そして見事に全てが頭に直撃する。
────────まさに神業。
これは吸血鬼の力を持っているシアにも不可能だろう。幼い頃、ナイフの使い方を教えたハナだからこそできる。
子供の頃はあんなに仲が良かったのに、いつからこんな風になってしまったのか。それは紛れもなくあの大事件の日からだろう。
あの日を境に妹は消えた。世界がおかしくなり始めた時から妹もおかしくなり始めた。純粋で無垢な妹は、殺伐とした狂人へと変わっていった。
正直に言うと、妹はただ反社になって好き放題暴れたいから家出をした、とは最近まで考えていなかった。それはキルズの今までの行動を見れば分かる事だ。
きっと何か狙いがあるのだと、ハナは考えていた。
例えば“自分達がdisasterとなって世界を元に戻す”など。
しかし今回の事件は普通の反社もしない非人道的な行為。その行為の意味をハナは理解出来なかった。
────力だけでは技術には勝てない。ただその技術すらも無意味にする圧倒的な力を持つなら話は別だが。
とにかく。
「シア、次に会った時は必ず殺す」
ハナの圧倒的なナイフ技術ならば、力無くとも反社を殺すことなど容易である。ハナはとっくに決まってた妹を殺すという覚悟を今回の事件でさらに強めて、反社撲滅の為に動き出す。




