17話 蝶光高校での捜索(5)
(…………んっ!)
ミカは目を覚ました。しかし目隠しされているのか、視界は真っ暗で何も見えない。
四肢は固定されているのか動かすことができない。
(最後の記憶は、拠点に戻ろうとして……戻ろうとして、思い出せない)
だが何が起こったのかは考えることが出来る。
(誘拐されたか)
ミカの頭の中には起きたその瞬間からこの考えが浮かんでいた。しかしそうなると犯人は相当の手練だ。戦闘には自信があるミカがいとも簡単に連れ去られたからだ。
自分より強い者には勝てない。この世界の自然摂理だ。特にこの反社が蔓延している今の時代においては、反社同士の抗争も弱肉強食で、強き者に捕まればそれまでだ。
自分を連れ去る者に心当たりがミカにはあった。
(キルズ、私が探っていることがバレたか……)
最初にキルズの存在を知ったのは今年の夏、いきなり拠点に侵入してきた時だ。当初は彼女達が何者なのかも分からなかったが、島内の監視カメラの映像と、元々本当にキルズを警戒していたからこそすぐに侵入者はキルズだと知ることができた。
仲間を殺したキルズを、反社であるミカは許すことなど到底できない。『死神堕天使』、それが彼女の所属している反社の名である。
堕天使はまず、キルズの通っている学校を特定した。顔は分かっているのになぜわざわざ学校を特定したのか、それは確実に殺すチャンスを得るためである。
キルズが只者では無いことはもちろん分かっている。奇襲なんてものは通用しないだろう。ならばキルズが一番油断するのはいつか。それはこの治安最悪な世の中でも比較的安全に暮らせる、学校の中だ。
それからは上手く生徒に紛れ込み、キルズへの接近を試みた。しかしどうやらバレてしまったらしい。
「やっと目覚ました?」
無機質で、殺しに対してなんの感情も持っていなさそうな声がミカの後ろから聞こえた。その声にミカは聞き覚えが無かった。しかし声だけで感じる逆らうことの出来ない圧力。
ミカの首筋に汗が流れる。
一言言葉を発しただけで、殺されるかもしれない。そんな思考が頭を埋める。しかしそれは杞憂なはずだ。なぜなら殺すならとっくに殺されているからだ。これから始まるのは尋問か、拷問か。
「……僕は殺し屋だけど人を痛めつける趣味はないから、素直に話してくれれば僕としてもありがたい」
想定通り、犯人は話を聞きたいらしい。それもどうせ堕天使のことに関してだろう。しかしこちらとで聞きたいことがある。
「あ、あなた何者ですか……」
「……さぁ、“今の僕は何者でもない”、ただの殺し屋」
その声色にはどこか哀愁が漂っていた。
しかし、素直にキルズという答えが返ってくると想定していたが、答えは意味不明の言葉だった。
「もう隠す必要なんてないですよ、あなたはキルズの一人なんでしょ?」
「これ以上の質問には答えない。そして私の質問に答え無かった場合、指を一本づつ切り落とす」
そこは普通爪を剥ぐだろう。やはりキルズは狂ってる。そうミカは考えた。まぁしかし、もちろん犯人の質問に対し、正直に回答を話すつもりは毛頭無かった。
それと同時に、ピッというまるでカメラの録画を開始させたような音がした。
「お前は何者だ」
「は? それはあなたが一番分かっているでしょ?」
────────ゴリっ。人間の体が破損する時の音、普通の生活では絶対に聞かない。だからこそ、その音を聞くだけで不快感が込み上げてくる。
そしてそれから襲ってくる、強烈な痛み。爪を剥がされた時の痛みとは比較にならない。さらにそれだけでは終わらない。血流の多い指が切り落とされれば、大量に出血する。それは生死に関わるほどになる。
「あぁぁぁ!」
切り落とされた人差し指が燃えるように熱い。
一体何が起こったのか、ミカには理解出来なかった。一本切り落とされただけでミカはパニックになった。
「質問に答えて、お前は、何者」
「はぁっはぁっ、キルズゥ! お前はなんなんだ!」
二本目。
「ア゛ア゛ア゛ア゛痛い痛い痛い!」
ミカの叫び声が響く。固定された手からは大量に血が床に垂れる。
「あのさ、キミ日本語分からないの? 今のお前には素直に質問に答える以外の選択肢は無いんだよ」
シアは冷酷だった。指を二本も切り落とされて、まともな会話を出来る人間などいない。ミカの鼓動は爆発しそうなほど早く動いていた。それでもお構い無しに、シアは問い詰める。『お前たちは何者なのかと』
「かっ、はぁはぁ、私は、死神堕天使、世界を地獄へ送る使者っ、あぁ」
「どうしてキルズのことを知っている」
「あなた達がっ、私達の拠点に来たからでしょおぉ!」
ミカは苛立ちを含む口調で答えた。
「……拠点はどこ」
「ここから一番近い海水浴場の近くだよっ」
そこまで聞いて、やっとシアはコイツがなぜ自分達に近づいたのかが合点がいった。そして次の質問はそれを確定させる質問だ。
「侵入してきたやつは、白髪だった?」
「あぁそうだよ! そんな分かりきった質問ばかりして、お前は何がしたいんだよ!」
三本目。
「どう……して? 質問には答えた、じゃん……」
「いや、僕の知りたかったことは知れたから」
何者かが自分達のことを探っていることはキルズも認知していた。しかしそのうち四人は警戒しても見逃してしまうほど潜伏するのが上手かったが。二人は隠れているつもりなのかと疑問に思う程分かりやすかった。
その二人はただの反社なのだと、シアはすぐに分かった。しかし、秘密結社ならまだしもなぜ反社が自分達の通う高校を特定出来たのかは分からなかった。
その理由も今の尋問から聞き出せた。つまりシロ、あいつが勝手な行動をして、勝手に恨みを買ったのだ。
(全く、あいつは何やってんだ……)
「何……もう私は用済みって……?」
ミカは脱力したように頭をガクッと傾けながら聞く。もはやミカを生かす理由など無かった。
「いいや、キミにはまだしてもらうことがある」
一度、いや五度程室温が下がった気がした。今までの雰囲気とはまるで違う。先程まで芽生えていた怒りや反撃するといった気持ちは一瞬にして消え失せた。
彼女はこれから自分を殺すのだろうと、ミカは分かっている。普通に考えてこれ以外の選択肢は無いから。それなのに、死とは違った恐怖がミカを包み込む。心臓の鼓動は限界を超えたのか、先程からヅキヅキと痛む。そのため指からの出血も止まることを知らない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
『死にたい』────ミカは心の底から思った。死んだ方がマシなくらい、今の時を生きるのが辛かった。今目の前にいるのは本当に人間なのだろうか。違うきっと怪物だ。そう、それこそまるでdisasterのような、あの大事件を平気で起こせるような、狂った悪魔だ。
「こ……かっ……」
…………! 声が出なかった。ミカの口から発せられたのは声にならない乾いた音だけ。
「僕は騙さなきゃならないんだ、キルズも、あの人も。だけど、あの人の信用を得るにはただ殺すだけじゃダメなんだよ」
シアはナイフを両手に持って回す。鋭く血の色の眼光がミカを捉える。
その姿はもうキルズが知るシアでは無く、殺し屋ですらなく────────
「私は『disaster』にならなくちゃいけないんだっ!」
シアはナイフの持ち手を握る。力が強すぎるのか、形が変形していく。そのままミカの体に向けて構える。ミカは目が見えなくとも犯人が今まさに自分を殺そうとしていることが分かった。
「ダメ! そんなことしても後悔するだけ! そんなバカなことしてdisasterになんてなれない!」
「覚悟は出来てる! それに、今更後戻りなんて出来ない!」
「やめろ! ダメだそれだけは許されない!」
「さよなら」
────────カメラは撮影していた。その地獄絵図を。
それは人間が行う所行では無かった。体は切り刻まられるなんて甘いものではなく、体の部位は切り落とされ、大量の血が部屋をどす黒く染める。内蔵はぐちゃぐちゃに引き裂かれ、吐き気を催す臭いが充満する。
たった20秒の攻撃で、ミカはなんなのか分からない物体へと変わった。そんなことはナイフ一本では到底不可能である。吸血鬼の力を持っているシアだからこそ出来たことで、それ即ちカメラで撮影したこの動画はシアが特別な人間だということを証明してくれる。
そんなカメラのスイッチをシアは切る。
「…………」
部屋に残ったのは一滴の血も付着していない、怪物一匹だった。
■
6時間後。
『いやぁ動画見たよシア君。あたしの感想だけど、あれは本当に君がやったことなのかい?』
シアは先日話していた人物と電話をしていた。口調は相変わらず余裕そうで、あの動画を見た人間とは思えない。
「はい」
『さすが、これが例の【吸血鬼の力】ってやつなのかな』
この映像を見て普通の人間が思うのことは『気持ち悪い』か〖よくできたCG〗かのどちらかだ。誰が冷静に映像を分析するか。
しかし、どうやら電話越しの相手はキルズの力について何かしらの知識があるらしい。この不可能を受け入れていた。
「はい、そちらの望む事は大抵の事はできます」
『そりぁ、心強いね。そんで報告だけど……合格だ。おめでとう、これで君も晴れて“私達のお仲間だ”』
乾いた声で相手は答えた。
『あたしの名前は青星プロキオン、改めてよろしく』
「……ありがとうございます」
シアは何の感情も篭っていないような口調で返事をした。しかし内心は穏やかでは無かった。なぜならこれでシアがキルズを裏切ることが確定するからだ。
『あぁ、明日改めて連絡して私達の元へ来てもらうよ、“世界を変えたdisasterのリーダーである彼女”も君と会いたがってるしね』
シアがキルズを裏切り、新しく所属する組織の名前は、【ハイパーノヴァ】世界を変えた反社である。




