13話 蝶光高校での捜索(1)
────────生徒が出入りする昇降口の上の壁には、大きな時計が壁に埋め込まれている。時計の針は八時二十分を指している。
その少し下、真っ白な校舎の壁に赤い雨筋が作られていた。それはどこからどう見ても血であり、血筋を辿り見えたのは……
「磔に……されてやがる」
蝶光高校の女子生徒一名は、磔にされて死んでいた。
(キルズっ! お前達はどこまでやるつもりなんだ……)
ヒカリは苛立っていた。今までキルズが殺してきた人間は全て悪に手を染めていた者達だった。しかし今日、ここまで非人道的な、まさしく反社のような行動をするとは思っていなかったからだ。
なにか裏があるのか、それとも本当に私達を脅しているのか、本当の狙いは不明だが、少なくとも私達のせいであの生徒が殺されたということだけは紛れもない事実である。
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事件から五日前の8月13日、放課後。
結社はいつもの部室にいた。幸い部室にはクーラーが付いており、熱中症で死ぬことはない。ここで疑問に思ったことがあるだろう。本来なら8月という月は夏休みの学校が多い。しかし結社もキルズも一般生徒も登校している。つまりこの学校には夏休みが存在しない。その理由は単純で基本的に今の世界の学校は自由登校だからである。
「さて、いつも通りの作戦会議を行う、と言いたいところだが今日は一味違うな」
長机の上には一冊の生徒手帳が置かれていた。
それは先日のコスモス展覧会で入手したキルズメンバーの生徒手帳だ。つまり、キルズを追い詰める大きな手がかりである。
「この手帳から、キルズメンバーを見つけ出す」
「ヒカリ……確かにこれは私達が初めて入手したキルズの持ち物だ、しかしな、これ一つでこの学校の生徒の中から、キルズを探し出すことが出来るのか?」
クゼツは生徒手帳を手に取りながら言う。
こんな世の中だ、個人情報保護のため顔写真はおろか名前も学年も書かれていない。もはや今の生徒手帳はその存在意義を失っていた。
そして、この学校の全校生徒は約1500人。なんの情報も無い生徒手帳一つからキルズを特定することは困難を極める。
「そうだな、本来なら『この学校の生徒』、という情報だけで満足すべきなのかもしれない。しかし、私達はそれではダメなんだ。初めてキルズに目をつけた時に予想した通り、“キルズは着々と知名度を上げている”」
結社がキルズを捕まえようとした当初は、まだキルズは全くの無名反社で、どこにでもいる反社の一つだった。しかし、月日を重ねる事にキルズはその名を轟かせていった。さらに、悪行のために反社の活動をしない、異質な存在である。
「これ以上野放しにしておくのは危険だ、何をするか分かったもんじゃない」
悪行をするために反社の活動をしない反社ほど、警戒すべき反社は無い。わざわざ反社をするということには必ず理由がある。多くの反社はせいぜい“何にも縛られず自由に生きたい”という理由で反社をしている。
それ以外の理由で危険が付きまとう反社をするということは、それに見合うほどの目的、成し遂げなければいけない何かがあるということだ。
もしかすれば、三年前の大事件のような災厄をしようとしているかもしれない。
「さて、話を戻してこれだけでどうやってキルズを見つけるかについて
だが、考えるしかないだろう。証拠をひとつたりとも逃すことなく、そして、片っ端から探すしかない」
幸い結社には【幽霊の力】がある。気付かれずに探すことは難しくない。
「なるほど、それが一番良い方法だと思いますよ、この学校にいることは間違いないんですから、それに私達は何度もキルズと戦ってきています。もしかしたら姿を見たら何となく分かるかも知れませんしね」
そう、何度もキルズと戦った結社だからこそ、顔を見ずとも雰囲気だけで分かるかも知れない。
「あぁ、私も賛成だ、そういうのは嫌いじゃないからな」
クゼツもアゲハの根性作戦に賛成する。残るはいまだ一言も話していないハナ。先日のコスモス展覧会ではキルズの一人が自分の妹であることを告白した。もちろん結社の三人も驚いた。それと同時に、今まで一度も話すことが無かったハナが結社になった理由が分かった。
ハナ曰く、自分の妹はあの大事件をきっかけに反社になった。その日に家出をして行方不明。ハナはそんな妹を野放しにする気は無く、そして捕まえる気も無かった。反社になってしまった妹は姉として責任を持って始末する。
「ハナはどうだ?」
クゼツは窓側に座るハナに聞く。
「そうだね、私もそれでいいよ……」
ハナは顔を向けることなくそう答えた。
「ハナなら特に、妹の姿を見れば分かるだろう。よし、では今からキルズの捜索を開始する」
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例の生徒手帳は新品とは言えず、どちらかと言えば長年使われたような見た目をしている。これから考えられることは二つ。
一つ目は『2年生、もしくは3年生の生徒のモノ』二つ目は『所有方法が雑な1年生のモノ』だ。
戦闘中に落としたということは、生徒手帳は常に持ち歩いている可能性が高い。ならばあれだけの戦闘をしていれば手帳が汚れる可能性は十分にある。
これがヒカリの考えた容疑者候補だ。さらに絞り込むと、キルズは仲間同士の仲が良く、学校でも四人で行動している可能性がある。
「とにかく校内から四人で行動していた生徒を探せ、さすがにキルズも生徒手帳を落としたということは分かっているはずだ。学校がバレるなんて致命的なミスを犯して、何も対策をしないはずがない。四人で行動していたのならそれをやめるだろう」
つまり最近四人行動をしなくなった者はキルズである確率が高い。
そして唯一正体を知れているハナの妹であるシアは、年齢から考えるに現在高校二年生であることは分かっている。しかしその他の情報は、情報保護の為学校の名簿にも書かれていない。
「二年生の中から四人組で行動していた人間を探し出せ、そいつがシアである可能性は高い」
「なるほど、おーけだ、とりあえず聞き込みから始めるか」
クゼツはやる気満々だった。同じくミミも、「私も学校の監視カメラから探してみますね」
「おう! 頼むぞミミ!」
「任せてください、私の目から逃れられる人間なんていませんから」
結社最強の天才ハッカーであるミミ、校内に限らず地球上全ての監視カメラをハッキングすることは難しいことでは無い。
「ハナもしっかり働けよー? いよいよってとこまで来たんだからな!」
明るく振る舞うクゼツに対し、ハナは落ち着いていた。
三階にある部室からグラウンドを見る。しかしそこに生徒の姿は無かった。逆に遠くの街見るとボヤが上がっていた。また反社が暴れているらしい。
「そりゃ私も探すよ、でもさ、正直私は見つからない可能性の方が高いと思っている」
「どうしてですか?」
ミミは質問する。
「……この生徒手帳が実は囮で、本当は全く別の学校の可能性もあるよね。他には既に学校に来ていない、これも考えられる。いやむしろこっちの方が普通。確実に学校にいる方が、私は少ないと思っている」
ハナの言っていることは至極真っ当な事だ。そんなに都合良くキルズが見つかる方が出来すぎていると考えるべきだ。
「全くハナの言う通りだ、今から始める捜索は無駄で終わるかも知れない。しかし、最初に言った通りやるしかないんだ。どんなことにおいても、やらなきゃ始まらないんだ」
「……そう、確実にこの学校にいるかなんてどうでもいい、どちらにせよ私達はキルズを見つけるまで戦い続けるからね」
ハナは三人の方を見ながら言った。
「よし! 絶対キルズを見つけるぞー! おー!」
クゼツの掛け声に乗る者はいなかった。やはりキルズに比べると団結力というのは少ないのかもしれない。しかし仲間を信じる気持ちは負けていない。
「んだよお前らノリ悪いなー」
「そんな子供みたいなノリやる方がおかしいでしょ」
「ハナ先輩の言う通りです、もう少し気持ち引き締めた方がいいんじゃないんですか?」
二人にツッコまれたクゼツはオロオロと隣に座るヒカリの元へと体を倒す。しかしヒカリは立ち上がりそれを避ける。
「全校生徒1500人からたった四人を探し出すのは相当大変な事だが、頑張ろう」
こうして結社はキルズの捜索を開始した。
クゼツはガックシと椅子に倒れ込んだ。




